第2章 魔女の森と番人

第1話 アレクシスは考える

 魔女の住む森は、本当に豊かですごい。

 大きな木ばかりでちょっと薄暗いけど、足元には草やコケがたくさん生えていて、裸足で歩いても痛くない。すごくフカフカだ。村ではずっと裸足で生活していたから、例え砂利道を走ったとしても、そこまで痛いとは思わないんだけどね。


 もちろん、慣れるまでは痛かったし血も出たけど、今じゃあ人よりも少しだけ足の裏の皮が分厚くて、硬くなっているみたいだ。雑草だって踏めば踏むほど強くたくましく伸びるって言うし、きっと僕もそれと同じなんだと思う。今はもうケガもあんまりしないし、足の裏だけは強い。

 僕は森にできたわだちを辿りながら、ハッとした。


「そう考えると、僕の足の裏はに近いのかも知れないな……!?」


 痛いのを我慢した結果逞しいクマに近付いたのなら、いっそのこと全裸で過ごすのも悪くないかも知れない。全裸で地面を転がりながら移動するようにすれば、全身がクマになるのでは――? たぶん、服や靴で体を守っている間は、クマみたいに強くはなれないんだろうな。


 それにしても――馬車に乗ったのは今日が初めてだったけど、こうして車輪が掘ってえぐれた地面を見て歩くのも初めてだ。僕は12年間、村と森を行き来していただけだから。

 試しにしゃがんで土を触ってみると、一番深くえぐれてみぞみたいになっている場所は、地面がすごく硬くなっている。その両脇に押しやられるように盛られた土はもろくて、しかもちょっと水気が抜けているのか、指で押すとホロホロ砕ける。


 同じ場所の土なのに、どうしてこんなに違うんだろう? 深く掘ったら下の方に硬い土がある? 水っぽい土の方が硬い? 盛られた方の土は、車輪で踏み固められていないから脆い?

 理由はよく分からないけど、なんだか面白い。


 今まで毎日生きるのに必死で「なんでだろう」なんて考えている暇がなかった。ぼーっとする暇があったら家の手伝いをしなきゃいけないし、何か食べないと生きていけないから、森で食べ物を探した。ただでさえ要らない子だったのに、ぼんやりしていたら殺されていたかも知れない。


 僕は立ち上がって、周りを見渡した。

 木はどうしてあんなに背が高いんだろう。葉っぱが緑なのはどうして? 空が青いのはなんでだろう、鳥に手がなくて羽しかないのは?


「……僕はどうして〝アルビノ〟で、どうしてあんなにも村の人から嫌われたのかな?」


 僕を産んだばかりの頃は、母さんと父さんも村の皆から嫌われていたらしい。でも、僕の後に黒髪のジェフリーが産まれた。

 そこで初めて、母さんと父さん呪われていないって分かった――なんて話を聞いたこともある。人と違うことって、本当はすごく怖いことだったんだな。


 ――12年も生きてきたのに、なぜだか今初めてアレクシスが目を覚ましたような気がした。

 僕はもう、痛いことも嫌なこともやらなくて良いんだもんね。自分で考えて好きなように生きても、誰にも何も言われないんだ。


 分からないことは、これからひとつずつ知っていこう。とにかく死なないように生きて、大人になって――できればウサギからクマになって、キツネの魔女と結婚するんだ。

 育てるのが大変だから、子供は2人で我慢しよう。父さんも母さんも、僕とジェフリーでいっぱいいっぱいだったからね。いや、だけど魔女がたくさん育てたいって言うなら、何人居ても良いかな。クマになった僕がたくさん働けば良いだけの話さ!


 僕は段々楽しくなってきて、また轍を辿って歩き始めた。

 でも歩き出した途端にお腹がぐうって鳴って、そういえばずっとお腹が空いてたんだってことを思い出した。

 魔女にもらった包みに顔を近づけると、やっぱりいい匂いがする。――うーん、番人のことは気になるけど、まず先に腹ごしらえしようかな。


 轍の道を少しだけ外れて、僕は太い木の根っこに座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る