第4話 魔女3
魔女が沸かしてくれたお湯は濃い茶色で、鼻の奥がスースーする変な匂いがした。こんなお風呂は初めて見たよ、色も匂いもすごい。やっぱり僕って嫌われているのかな?
「なんか、すごいドロドロしてる……」
試しに手を入れてお湯をかき回してみると、温かいそれはもったりとしていて、ただのお湯じゃあないみたいだ。なんだか、まるで泥遊びしているみたいで楽しい!
――と思ったのも束の間だった。薪割りで斧を振るたびに皮がむけてマメが潰れた手の平がズキズキ痛くなって、慌ててお湯から引き抜いた。
水やお湯が傷に沁みることは今までにもあったけど、こんなに痛いのは本当に初めてだよ。
「うわあ、どうしよう……僕、手の平以外も傷だらけなんだよね――」
森を駆け回れば木の枝に体を引っかけるし、運が悪いと狼に襲われることだってある。村を歩けば子供に石を投げられるし、あの気持ちの悪いお姉さんに意地悪されるのが嫌で、逃げれば引っかかれる。
家でも――僕があまりにも仕事のできない
体中どこもかしこも血が滲んでいて、痩せて浮き出たあばら骨も、へこんだお腹もみすぼらしくて気持ちが悪い。手足も骨に皮が被さっているだけだから、これは大人に叩かれだけですぐに折れ曲がっちゃうはずだよね。
白かったはずの肌はいつの間にか茶色く汚れていて、場所によっては紫や黄色、赤に変色している。
すごく沁みるからこのお風呂には入りたくない、けど――でも、ちゃんと体を洗わないと魔女に嫌われるよね。
「――よ、よーし……頑張るぞー!」
僕はギューッと目をつむって、ひと思いに茶色くてドロドロのお風呂に頭まで浸かった。すぐに全身の傷が沁みてツンと鼻の奥が痛くなったけど、必死に我慢して、お湯に潜ったまま頭をガシガシ洗う。
やっぱり投げられた石でケガしてるから、頭も沁みて痛い――! でも綺麗にしないと魔女と話せない、頑張らなくちゃ!
段々息が苦しくなってきて、ようやくお湯から頭を出す。ぷはっと息を吸い込めば、やっぱりお湯から変な匂いがする。変な匂いだけど、でも、あんまり嫌じゃないかな? 村に居た薬師のおばあさんがつくる〝しっぷ〟っていうのに似ているかも知れない。
「うわわわ、お湯から出た方がもっと痛い……!」
ゴシゴシ洗って頭はスッキリしたけれど、お湯の中に潜っていた時よりも、外に出た時の方がもっと痛い。温かいお湯の中に入っていたはずのに、急にスーッて冷たくなって傷がヒリヒリする。
でもまだ、体を洗うのが残ってるんだよね――。
僕は大きく息を吸い込むと、両手でほっぺたをぺちんと叩いた。お湯が痛すぎて涙や鼻水が止まらなくなっちゃったけど、ちゃんと綺麗にするぞー!
「――魔女も僕のことが嫌いなの?」
「藪から棒になんですか?」
全身を洗い終わってお風呂から上がった僕は、裸のまま立ちすくんで「痛い」って泣いた。痛いのには慣れていたはずなのに、このお湯はそんなレベルを超えていた。
汚れは落ちたけど、ゴシゴシしすぎて傷が開いたのか血が出てくるし、服を着たくても着られない。というか、気付けば僕が着ていた服が全部なくなっちゃっていた。
どうすれば良いのか分からなくて途方に暮れていると、いきなりぶ厚いカーテンが開かれて、大きなタオルを持った魔女がやって来た。僕、裸なんだけどなあ――。
魔女は僕の裸なんて全く気にしてないみたいで、タオルで全身の水気を拭きとってくれた。伸ばしっぱなしの長い髪はすぐに乾かないから、別のタオルを頭にぐるぐるーって巻いて留めた。真っ白だったタオルは血の赤と膿の黄色で汚れちゃって、僕はなんだか魔女にすごく申し訳なくなった。
でも申し訳なくなるのと同時に、すごく嬉しかった。お風呂上りに僕の身体を拭いてくれる人なんて、今までに居たことないんだから。
「だってなんか、すごく痛いお風呂に入れるんだもん……」
「あれは薬湯です。確かに、これだけ創傷が多ければ痛みも強いでしょうけれど……君は傷の手当てが下手すぎるんです。傷口を洗いもせずに汚れたまま放置するなんて――敗血症を起こして死にますよ」
「ソーショー……ハイ、ケツ、ショー」
「分からなくて結構。……さあ、出血している部分の処置と、内出血箇所には湿布。あとは炎症止めを服用していただきますから、こちらへどうぞ。お代は君が着ていた
「ええ!? ぼ、僕、裸で追い出されちゃうの……?」
「あとで私の服を貸してあげますから」
大きなタオルに巻かれたまま魔女に手を引かれて、お風呂場から最初の部屋へ戻って来た。村のお姉さん以外に手を引かれるのは初めてで嬉しい。だけど僕はもう嬉しい気持ちよりも、魔女とお別れしないといけないことが辛くて仕方なかった。どうしてもお家に置いてはくれないのかな? 嫌だなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます