第3話 魔女2

 魔女の家の中は、外から見た時の感想通りに小さかった。もしかしたら、僕が居た家よりも狭いかも知れないけれど――たぶん1人きりで暮らしているから、これくらいがちょうど良いんだろうな。


 部屋の真ん中には、机が1つと椅子が2つ。壁にはすごく背の高い棚があって、小さな引き出しがいっぱいついている。中に魔女の薬の材料が詰まっていたりするのかな?

 奥の方には、天井からカーテンみたいなぶ厚い布が垂れ下がっている。あの先に寝る場所があるのかも。家に入ってすぐのところに立ってキョロキョロしていると、魔女が僕を振り返った。


「とりあえずお湯を沸かすので、入ってください」

「……わあ、もしかして煮る? 煮るの? 僕はたぶん油で揚げた方が美味しいと思――いや、分かった! 骨から出るダシ的なことだね!? きっと僕でも役に立てるはずだよ!」

「普通にお風呂に入ってください! ……そのあと、傷の手当てをしますから」


 魔女はとっても可愛い顔をしているけれど、ちょっとだけ怒りっぽいみたいだ。

 それにしても、お風呂に手当て? どうしてそんな面倒なことをするんだろう。お風呂はまあ、美味しく食べるためだと思う。野菜と一緒で、泥で汚れている時よりも洗った方が美味しいだろうからね。

でも、手当てなんてしたところで味に変わりはないと思うな。むしろ薬の味がして美味しくなさそう。いや、魔女は薬の味が好きなのかも?


「ねえ、どうして手当てなんかするの? 僕平気だよ、慣れっこだし……」

「そんな次元の話ではないんです」

「えっと……よく分からないけれど、お湯は僕が沸かすよ? 薪割りもお湯を沸かすのもやったことあるし、母さんからはよく鈍間のろまって怒られていたけど、できると思うんだ」


 思ったままを口に出してみたけど、魔女は僕を睨みつけて「それ以上喋ると、今すぐに追い出しますよ」って言ってきた。また怒らせちゃったなあ、これじゃあ愛されるなんて夢のまた夢だ。やっぱり僕ってダメダメなんだね。


 魔女は、さっさと部屋の奥――カーテンの向こう側へ行っちゃった。寝る場所かと思っていたけど、あのカーテンの向こうにお風呂があるのかも? きっと魔女は、綺麗好きなんだろう。家の中を汚しちゃあいけないと思って、僕は玄関に立ったまま魔女がお湯を沸かし終わるのを待った。




「……なんで椅子があるのに、立ちっぱなしなんです?」

「え!? いや、だって僕泥だらけだし、汚いし……?」


 しばらくしてから戻って来た魔女は、僕が玄関口に突っ立っているのを見ると、眉根をギュっと寄せた。僕は何を怒られているのか分からなくて、慌てて背筋を伸ばした。

 だって家では、母さんの許可なく勝手に入ったら叱られたし、家具イスを使ったら「汚い!」って家具ごと外に放り出されたこともある。


 魔女は僕の顔をじっと見つめたあとに、大きなため息を吐き出した。


「その風貌と体の傷から見て、何となく察してはいましたけど……君、家族から虐待でも受けていたの?」

「……ギャクタイ? よく分からない、僕は呪われてるから、何をされても仕方がないって言われてた」

「呪い……それは、どのような?」

「この真っ白な髪と――あと目。生まれつき変なんだ、呪いとか化け物とかって言われてたよ」


 僕は、顔にかかる長い前髪を手でどけた。僕の〝呪い〟は白髪だけじゃあなくて、このうさぎみたいに赤い目もそうなんだって。確かに村の人は、黒い髪に黒い目だった。外の人は知らないけれど、でもこの魔女だって黒い髪に黒い目をしている。

 だからきっと、こんな人間は他に居ないんだと思う――呪われていない限り。


 僕の顔を見た魔女は、フッと小さく鼻を鳴らした。その笑い方は、まるで僕を――いや、僕の村全部をバカにしているみたいだった。


「それはそれは、随分と可愛らしい呪いですね。そんな理由で村八分にされていたとは……まあ、閉鎖的な村ではよくある事です。秘薬を求めて訪ねて来た男性も、随分と妄執もうしゅう的な感じがしましたから」


 魔女の話す言葉は難しくて、ほとんどよく分らなかった。ただ最初に言われた言葉を聞いて、僕は目を輝かせた。


「――かっ、可愛い!? 僕、可愛いの? じゃあ食べずに愛しちゃう!?」

「……君の思考回路は、一体どうなっているんですか? 本気で追い出しますよ」

「あ! うん、分かった、静かにしてお風呂に入るね! そのあと魔女の話を聞かせてね!」

「私の話はしません、手当てをしたらすぐに追い出しま――」

「お風呂どこ!? あっちかな、お邪魔します! 行ってくるね!」

「ちょっと!」


 魔女がまだ何か言っていたけれど、僕はもう舞い上がってカーテンの奥めがけて走り出していた。

 だって魔女は村の人達と違って、ちゃんと僕を見てくれるんだもん。愛してくれなくても、食べてくれなくても、例えこのまま追い出されたとしても、なんだかもう思い残すことはないなって思っちゃったよ。


 ――だって死ぬ前に、こんな可愛い魔女と目を見てお話できたんだからね。

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