イレカワリ

西羽咲 花月

第1話

よく晴れた7月の朝だった。



少し汗ばむくらいの陽気の中、あたしは走って学校へ向かっていた。



起きたのは8時。



のんびりと朝の時間を過ごしている暇はなく、朝食もとらずに大慌てで家を出て来たのだ。



走るたびに鞄の中のお弁当箱があっちへいったり、こっちへ行ったりしているのがわかる。



お昼頃お弁当を開けるのが少し怖い。



だけど今はそんな事を期して手歩調を緩めている場合でもなかった。



あたしは小高い丘の上から学校を見下ろした。



ここからジャンプしてあそこまでいければいいのに。



そんなバカな事を考える。



だけど、あとはあの石段を一気に駆け下りれば学校裏に出られる。



あたしは石段へ向かって走った。



狭い石段だけれど見晴らしはとてもいい。



特に、今日は天気がいいからここから駆け下りたら空を飛んでいるような気分になれるだろう。



勢いよく石段に差し掛かった時、横から人影が見えた。



あたしと同じ修立高校の制服を身に付けた男子生徒。



あたしと同じように走ってきた男子生徒は驚いたように目を見開いた。



と、同時に互いの体が強くぶつかる。



「あっ……」



思わず声を上げる。



しかし、次の瞬間あたしの体は石段から落ちていた。



体のあちこちをぶつけながら、止まるすべもなく長く細い石段から落下していく。



その間はまるでスローモーションのように見えた。



空が見えて、灰色の石段が見えて、同じように落下している男子生徒が見える。



不思議と体の痛みを感じる事はなく、あぁ、大丈夫なのかもしれないな。



と、ぼんやりと考える。



しかしあたしは自分の体の落下を止めることもできず、そのまま地面に打ちつけられた。



突然階段から落ちて来たあたしと男子生徒に、近くにいた近所の奥さんたちが目を見開き、悲鳴をあげた。



大丈夫です。



痛みはないから。



そう言おうとしても、声にならなかった。



視界は歪み、意識が朦朧としてくる。



あたしが最後に見たのは、目を閉じた男子生徒の姿だった……。


☆☆☆


あたしの名前は木津マホ。



修立高校に通う高校2年生。



17歳になったばかりだ。



2年A組には親友のカレンがいて、今日もカレンと一緒に昼ご飯を食べる約束をしていた。



そんなあたしが目を覚ましたのは、学校の保健室のベッドの上だった。



何度か利用したことのある場所だから、ここが保健室だと言う事はすぐに理解できた。



ひどく頭が痛くて顔をしかめる。



なんでこんな所にいるんだっけ?



無理矢理体を起こして状況を把握しようとしてみるが、何も思い出せない。



それ所か体中のあちこちが痛くて仕方がなかった。



保健室のベッドに寝かされているというのにカーテンは開け放たれているし、保険の先生は見当たらない。



一体何があったんだっけ?



あたしはますます首をかしげた。



その時だった。



横のベッドがモゾモゾと動いたため、あたしはビクッと身を縮めた。



びっくりした。



隣に誰かがいるなんて思わなかった。



隣のベッドで寝ている生徒は白い布団を頭までスッポリと被っている。



とにかく、あたしは授業にでなきゃ。



そう思い、ベッドの横に置かれていた鞄を手に取った。



しかしすぐに違和感があった。



この鞄、あたしのじゃない。



あたしの鞄にはカレンとお揃いのぬいぐるみが付けられているんだ。



じゃぁ、この鞄は誰の?



そう思いながらも、あたしの視線は隣で眠っている生徒に注がれていた。



きっと、この生徒の鞄なんだろう。



あたしの鞄は隣のベッドの横に置かれていた。



なにかが起きてここへ連れてこられたときに、間違えておいたんだろう。



そう思い、あたしはベッドから抜け出すと自分の鞄を取るために隣のベッドに近づいた。



ベッドの中の生徒を起こさないように、そっと近づく。



その時だった。



生徒が寝返りを打ち、布団がずれた。



長い髪が見える。



この子も女の子なんだ……。



そんな事を思いながら鞄を手に取ったのだけれど……女の子が髪につけているヘアピンに見覚えがあり、あたしは立ち止まった。



彼女がつけているイチゴ柄のヘアピンは、あたしも持っている。



といっても珍しいものではなく、近所の雑貨屋さんで購入したものだから誰が持っていても不思議ではないけれど……。



そう思いながらあたしは自分の髪に触れた。



瞬間、ゴワゴワとした髪質に驚き自分の手をひっこめた。



え……?



もう一度、今度は恐る恐る自分の髪に触れてみた。



髪の毛一本一本が太く、癖がある。



なんで?



あたしの髪は細くてストレートなのに。



撫でるように髪に触れると、その長さが肩にも届かない事に気が付いた。



「なんで!?」



思わず声に出してそう言うと、ベッドの中の生徒がビクンッと身を震わせ、起きてしまった。



だけど、申し訳ないなんて思っている暇はなかった。



あたしの髪、どうしちゃったんだろう。



眠っている間に何かあったのかもしれない。



その時だった。



ベッドにいた生徒が布団をどかし、あたしと目が合った。



途端に、お互いに硬直してしまう。



ベッドの中で眠っていたのはとても見覚えのある生徒だった。



「あたし……?」



あたしはベッドの中の生徒を指さしてそう呟く。

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