川越霧隠城のお姫様と妖怪伝説

桃もちみいか(天音葵葉)

霧隠城伝説『世禰姫と妖怪ヤナ』第一話

『――妖怪ヤナ。

 柳田國男の『山島民潭集』にも出て来る妖怪じゃ。

 霧を吹き、雲を起こし、風を吹く。

 暗闇を呼び、水を操る。

 妖怪ヤナは一人の武士もののふと出会ったのじゃ。

 武士と友達になった妖怪ヤナは、戦から彼と家族と領民を守った。

 そんな優しい、伝説の妖怪ヤナのお話をしてやろうかの――』





 むかしむかーし。

 武蔵野の川越という地に、殿様が城を建てたいと思った。

 平和な世にするために、殿様は友達の妖怪ヤナに力を借りることにした。


 妖怪ヤナは心優しき妖怪じゃった。

 殿様の前にしか姿を現すことはなかったのだが、遠くから領民や殿様の家族を見守とった。


 ある日、妖怪ヤナは殿様の愛娘の世禰姫よねひめがお忍びでこっそり仮屋敷から出掛けたのを見かけた。


 お転婆な世禰姫は、白馬で野駆けをしていた。

 妖怪ヤナは俊足を活かし、あとを追った。

 世禰姫はお供を誰も連れていなかった。

 やがて世禰姫は盗賊たちに出遭い、愛馬ごと捕まった。

 妖怪ヤナは噴火した山の如く怒った。


「許さんぞー! 姫様を返せー!」


 妖怪ヤナは盗賊たちを水と風で責め、追っ払った。

 

 世禰姫は、初めて妖怪ヤナを見た。

 父には力強い妖怪の友達がいるとは聞いていた。

 見た目はただの、よく日に焼けた肌を持つ健やかな男子おのこに見えた。


「ありがとう」

「なに、気にすんな。俺はヤナ。もう一人では出掛けんな。……出掛ける時は俺が連いていってやろう」

「あなたが? わたくしと?」

「そうだ。もう日が暮れるぞ。また厄介な連中がお前を襲うかもしれんぞ。俺が屋敷まで送ってやる」

「きゃあっ!」


 妖怪ヤナは白馬ごと世禰姫を両手で抱え上げ、草原を谷を山を疾走した。

 嵐で吹く突風のように、ビュンッビュンッと走り駆け抜けた。


 凄まじい疾さにも関わらず、世禰姫は楽しかった。

 恐ろしさなど微塵もなかった。


 世禰姫はそれから、父君や母君に隠れて妖怪ヤナとこっそり遊ぶようになったのじゃった。



           続くぞよ





 

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