監禁少女

西羽咲 花月

第1話

本屋のアルバイトが終るのは閉店時間と同じ、夜の8時頃だった。



学校が終わって夕方4時半から出勤、8時退社。



週に3回。



曜日も決まっている。



あたしはまだ残っている社員さんに挨拶をして、従業員入口から外へ出た。



11月に入ってから急激に気温が下がってきていた。



外に出た瞬間、あたしは薄手のコートの首元を閉めた。



夜にもなると12月並の寒さが体を覆い尽くす。



今年の冬は寒波が訪れると天気予報で言っていたのを思い出す。



家までは徒歩5分。



とても近いけれど、街灯の少ない裏路地を歩かなければならなかった。



夜8時といえどあたりは真っ暗だ。



あたしはスマホを取り出し、歩道を照らしながら歩き出した。



「お腹空いたなぁ」



学校が終わってすぐにバイトに入るため、お昼から何も食べていない。



足は自然と早くなっていく。



もう少し。



あと少しで家が見えてくる。



そう思い、スマホの明かりを消した。



その瞬間だった。



不意に音もなく黒塗りの車があたしの真横に停車したのだ。



思わず歩調を緩めてしまう。



一体誰?



そう思って車内を確認する。



運転手の顔が見えるかもしれない。



そう思った次の瞬間、後部座席から覆面を被った人間が飛び出して来た。



咄嗟のことで声をあげる暇だってなかった。



あたしは白い布で顔全体を覆われていた。



「なに!?」



ようやくそう声が出たのに、鼻の奥に刺激的な臭いが入って来た。



布になにかが染み込ませてあったのかもしれない。



そう思ったが、抵抗することもできず、あたしはそのまま意識を手放してしまったのだった。


☆☆☆


目が覚めたあたしは知らない部屋の中にいた。



6畳ほどの部屋の中だ。



天井にはオレンジ色の裸電球が見える。



部屋の中央には背の低い、白いテーブル。



その向こうの壁にはドアがあった。



体を動かそうとしたときに、手足がそれぞれ手錠で拘束されていることに気が付いた。



その瞬間、ようやくボンヤリとしていた頭が覚醒してきた。



そうだ。



あたしはバイト帰りに突然襲われたんだ。



夜の中でもしっかりと見えた黒光りする車を思い出して鳥肌が立った。



もしかして、誘拐……?



手足を動かしてみると手錠のチェーンが音を鳴らす。



自分の鼓動が早鐘のように打ち始めた。



誘拐。



あたしは誘拐された!



ジワジワと背中に汗が流れて行く。



ここはどこだろう?



犯人はどこにいるんだろう?



目覚めてからの情報が少なすぎて、頭の中は混乱するばかりだ。



「あたしは岡内スミレ」



試に声を出してみたら、いつも通りの自分の声が聞こえて来た。



その事にひとまず安堵する。



口は塞がれていなかったから、もしかしたら声帯を奪われているかもしれないと恐れていたのだ。



「部屋の中にはテーブルと裸電球だけ。他にはなにもない。ドアは2つ。きっと、1つは外へ通じているドア。もう1つは……わからない」



あたしは状況を整理するため、1つ1つを声に出して行った。



テーブルの向こう側にあるドア。



そして、あたしの背中側にあるドア。



手足を拘束されたまま、あたしはなんとか上半身を起こした。



床はフローリングになっているけれど、冷たさは感じない。



バイト帰りにあれほど寒かったから、ここは暖房がきいているのかもしれない。



そう思った時だった。



不意に、テーブルの向こう側のドアが開いたのだ。



差し込んできた白い光に一瞬目を細める。



「誰!?」



警戒心から威嚇するようにそう叫んでいた。



部屋に入って来たのは覆面を付けた男だった。



その姿にハッと息を飲む。



あたしを襲って車に押し込めた奴だ!



咄嗟にそう思い、身構えた。



しかし相手はあたしのことなど一瞥もくれず、テーブルの上に食パンと牛乳を置くとそのまま部屋を出て行ってしまった。



唖然として部屋のドアを見つめるあたし。



テーブルの上に残された食べ物へ視線を向ける。



なにも付けられていない、焼かれてもいないそのままのトースト。



牛乳は拘束されたままでも飲めるようにストローが付いている。



これがあたしの食事ということなんだろうか?



なら、あたしはやっぱり誘拐されたの?



途端に心臓が早鐘を打ち始めた。



「誰か……!」



誰もいない空間へ向けてそう声を上げた。



「誰か! 誰か助けて!!」



覆面男が入って来たドアへ向けて叫ぶ。



「誰かぁ! 誰か助けてぇ!!」

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