第185話 「僕の好きな人は派手で地味目で美人でブスで」

(ひな)

 蒼汰君が旅に出てしまった。

 『少し時間を下さい。連絡はしないで欲しい』

 書き置きには、そう書いてあった。

 もう少し待ってくれれば、美麗先輩と決めた事を伝えられたのに……。

 書き置きの事を先輩に連絡したら、蒼汰君の部屋に来ることになった。


「本当に世話の焼ける子ね……」


 美麗先輩の一言で、二人で笑い転げてしまった。


「本当ですよね。二人の美女からこんなにも愛されているのに、逃げ出すなんて」


「もう、いっそのこと捨てちゃう?」


「本当ですよ。誰か他に良い人居ないかしら……」


「って、そんな事が出来るなら、私達こんなに苦労しなくて良いのにね」


「全くです……」


「それはそうと、居場所は分かる?」


「ええ、蒼汰君ドジだから、自分で入れたGPS追跡アプリを起動させたままです」


「ドジね……助かるけれど」


「全くです……。困ったワンコの様な顔しか浮かばないですね」


 二人とも覚えがある顔だったから、また笑い転げてしまった。


「あ、そうだ。ひなちゃん、私はこの前話した通り忙しくなるから、後はお任せするわね」


「え、ええ」


「それじゃあ、蒼汰君へのメッセージを言うから、撮って頂戴」


「はい」


 私は美麗先輩にスマートフォンを向けて、彼女からのメッセージを録画した……。


 ----


(蒼汰)

 俺は今、離島にいる。

 まあ、離島とは言っても、街中からフェリーに乗ると直ぐに到着する様な場所だ。

 この島の宿泊施設に泊まって三日目になる。

 この施設はかなり有名な観光地みたいで、海を臨む見渡す限りの花畑の景観を求めて、昼間は大勢の人が押し寄せて来ていた。

 でも、閉園時間を過ぎると宿泊客だけになるので、驚くほど静かになる。

 考え事をするには最適だった。

 海が見えるベンチに座り、夕日を見ながら二人との事を考えていた。

 俺が本当に好きなのは……。


 夕焼けを眺めながら、色々な事を思い出していた。

 『天野美咲です。皆さん宜しくお願いします……』

 『上条君は先に行って。私ゆっくり歩いて行くから……』

 『今日、倒れた私を抱えて、保健室に……』

 『叩いたりして、ごめんなさい……。でも、さようなら……』

 『どうしたの蒼汰君。ちょっと大胆過ぎない……』

 『ねえ蒼汰君。何でここに居るの? もしかして夢かなぁ……』

 『蒼汰君のお父様。改めまして、来栖ひなです……』


 俺の大好きな、美咲ちゃんことひなちゃん。


 『それともお姉さんのお膝に座る?……』

 『あ、ココアは大丈夫か……』

 『好きよ……』

 『だから、会うのは今日で最後……』

 『寂しくなるから、笑顔で見送って……』

 『無事で良かった……』

 『蒼汰君の彼女の美麗でーす……』

 『私は蒼ちゃんの事が大好き……』


 俺の大切な人、美麗さん。


 俺は誰に傍に居て欲しい?

 誰と一緒に居たい?

 そうだ、もし抱き合ったりとか出来なくても、一緒に居たいのは誰だろう……。

 俺はいったい誰の事が一番好きなんだ?

 考えて考えて、俺の頭にひとりの女性が浮かんだ。

 俺は有る事に気が付いて、苦笑いをしながら夕焼けが綺麗な海を眺めていた。

 そうか、そう言う事か……。


 そのまま夕日を見ながら座っていると、急に誰かに優しく抱きしめられた。

 大好きな香りがフワッと漂って来る。


「蒼汰さん……」


 驚いて振り向くと、おかっぱロングの黒髪に、顔中ソバカスだらけで、ヘンテコな眼鏡をして、地味な格好をした女性が居た。


「ひなちゃん?」


「来栖です」


 少し芝居がかった低い声をしていた。


「えっ、あ、来栖さん……。どうしてここに?」


「蒼汰さんはドジですね。GPS追跡アプリが起動したままですよ」


「あっ……」


「それで、待たせている女性への結論は出ましたか?」


「あ、あの、えっとですね……実はちょっと困っています」


「蒼汰さんは、相変わらず困った人ですね」


「ごめんなさい」


「実は美麗さんからのメッセージを預かって参りました。美麗さんとひなさんからの結論だそうです」


「えっ? 結論?」


「はい、結論です。しっかりと見て下さいね」


 来栖さんがスマートフォンを取り出して、動画を再生し始めた。


『コラッ! 蒼ちゃん! 二人の美女を置いて逃げ出すとは何事ですか! 私はそんなに情けない男に惚れた覚えは無いわよ』


『まあ、良いわ。蒼ちゃん。今から私が言う事をしっかりと聞いて……』


『私が今大学の何回生か分かってる? そう、四回生よ。私ね、もう就職先が決まっているの……』

 

 そう言えばそうだった、自分が未だ一年の授業を受けているから、みぃの学年を完全に忘れていた……。


『実はね。来栖先生の仕事の関係先に就職することが決まっているのよ。偶然じゃなくて、希望してそこに就職を決めたの。これからは長期で海外にも行くようになるのよ』


『だから、私は学生さんと遊んでいる暇は無いの』


 みぃの話を聞いて、胸が締め付けられた。

 俺がいつまでも結論を出さないから、みぃの大切な時間を浪費させていたのだ。


『それでね。ひなちゃんとも話したのだけれど……』


『あなた達が私と同じ土俵に上がって来るまで待ってあげる事にしたの。私はこの先忙しくて構ってあげられないから、二人で学生生活を楽しみなさいね……』


『但し、君がつまらないない社会人になってしまったら、その時は私もひなちゃんも、あなたとお別れします。蒼汰君、現実は厳しいのよ』


「えっ、え?」


 急にクールになったみぃ、いや、美麗先輩の言葉に驚いて、慌てて来栖さんを見ると、大きく頷いていた。

 俺は冷や汗をかいて来た。


『まあ、ひなちゃんも私と同じ様な進路に進むそうだから、あなたも頑張って! 来栖先生があなたの事を気に入っていたから、もしかしたら三人とも似た様な職に就くのかもね……そうなったら、第四ラウンドが楽しみね!』


『それと、もし途中でひなちゃんに捨てられたら、私のところにいらっしゃい。慰めてあげるから♥ でも、その時に私に素敵な彼氏が居たらゴメンなさいねー』


『じゃあ、そういう事で。蒼ちゃん大好きよ! またね!』


 みぃはいつもの様に、笑顔で小さく手を振っていた。

 みぃの優しい笑顔が胸に突き刺さる。

 俺は二人の事では無くて、自分の事しか頭になかった気がする。

 本当にダメな奴だ。

 そして俺は、またみぃに尻を叩かれてしまった。

 みぃは最初から俺の気持ちに気が付いていたのだ。

 だから、今の俺の気持ちを優しく汲んでくれた。


 『好きな人』と『大切な人』との違い。

 俺がもっと大人になったら、『大切な人』と人生を歩みたくなるのかも知れない。

 でも、今の俺には『好きな人』と過ごす時間の方が勝っている。

 きっと『好きな人』は、一緒に過ごすうちに、お互いに『大切な人』になって行くのだと思う。

 社会に出て本当の意味で自立してから、お互いに共に人生を歩む相手なのか見極める時期が来るのだろう。それこそ『本当に大切な人』として。

 みぃは「勝負はそれからだ」と言っているのだ。

 みぃありがとう。

 また期限付きだけれどね……。


 ----


 明るさが残っている空を見ながら、来栖さんの格好をしたひなちゃんとベンチに座っていた。

 俺はちゃんと伝えないといけない事があったから、ひなちゃんの方を向いて、姿勢を正して話を始めた。


「来栖さん、僕の話を聞いて貰えますか?」


「え、ええ」


「前にお話しした、僕が大好きな女の子の事、覚えていますか?」


「えっ? ええ、はい」


「とても優しくて良い子で、モデルさんみたいに綺麗な子なんです」


「ええ」


「いつも派手な服を着ているけれど、それが似合ってしまう凄い美人さんなんですよ」


「まあ、そうなのですね!」


「高校二年生の夏に、海辺のバス停でワンピースを着た彼女を初めて見た時から、俺はその子の事が大好きで大好きで、今でも好きで堪りません」


「はい!」


「でも……」


「えっ」


「でも、もうひとり。心から好きな人が居る事に気が付いたんです」


「そんな……」


「ごめんなさい」


「いったい誰ですか。やっぱり、美麗さん? もしかして、結衣ちゃん……」


 来栖さんが悲しそうに俯いてしまった。

 でも、俺は正直な気持ちを伝えないといけない……。


「その人は、俺の事をいつも気にしてくれて、いつも傍に居てくれて、俺が苦しんでいる時は優しく慰めてくれて。いつだって本当に優しくて素敵な女性だったんです」


「……」


「俺はその女性の事が、地味目でブスな容姿も含めて、本当に大好きだと改めて気が付いてしまったのです」


「えっ? えぇぇぇ」


 俺は来栖さんを抱き寄せて、ソバカスだらけでヘンテコな眼鏡をしたままの顔が愛しくてキスをした。

 その後、おかっぱヴィックと眼鏡を外して、綺麗なひなちゃんにキスをした。


「そ、蒼汰君。でも、それって、両方わたし……」


「だって、どっちも大好きなんだもん!」


「もう!」



 僕の好きな人は派手で地味目で美人でブスで……

            ……来栖ひなっていう素敵な女の子なんだ






      ---- END ----





作;磨糠 羽丹王(まぬか はにお)

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