第143話 「白いワンピース」

(蒼汰)

 長かった補習も終わり、夏祭りと花火大会の日がやって来た。

 お祭りの日は、午前中から夜の花火大会まで、色々な催し物が続くのだ。

 海辺から神社に続く通りが、朝八時から夜十時まで車両通行止で歩行者天国になり、その通り沿いに屋台が立ち並ぶ。

 その通りから、元々のお祭りの起源となっている高台の神社の境内けいだいまで赤い提灯ちょうちんがぶら提げてあり、昼間の雰囲気も良いけれど、夜は赤く光る提灯の列が幻想的で綺麗なのだ。


 そのお祭りに合わせて、夜七時頃から海辺の会場で花火大会が行われる。

 まだ明るい時間帯はカラフルな色煙が楽しめる昼花火が上がり、夜八時頃から鮮やかな花火が上がり始め、夜九時半頃まで打上げが続く。

 そして夜十時になると提灯が一斉に消えて、通りの交通規制が解除され、華やかなお祭りの一日が終わるのだ。

 この街に住む人達は、この盛大なお祭りが大好きだし、近隣の街からも大勢の人が参加しにやって来る。


 このお祭りの一番最初の出し物は、各地域の子ども神輿みこしだ。

 地域に住む小学生の子ども達が、先ずは自分達の校区内を神輿を担いで回り、その後通りに出て神社を目指す。

 神社には参道から境内までの石畳の階段の他に、高台を大回りしながら登れる緩やかな坂道がある。

 子ども神輿はその道を通って境内に向かうのだが、沢山の子ども神輿が坂道を上って行く姿は、祭りの始まりを思わせてワクワクする。




 賑やかな掛け声と共に家の前に来た地域の子ども神輿に、来栖さんと一緒に『清め水』を掛けてあげた。

 小学生の頃に航と一緒に担いだのが懐かしい。

 とにかく暑くて、水を沢山掛けられるのが嬉しかったのを覚えている。

 来栖さんは神輿に水を掛けたりするのが始めてだったらしく、凄く楽しそうだった。

 来栖さんの容姿を見て、子ども達から「水属性の魔法だー!」とか言われていたのが面白かった。

 まあ『清め水』だから回復系魔法だな。アンデッドじゃなければ大丈夫だ。


 その後、来栖さんは用事が有るらしく、早々に外出してしまった。

 皆との待ち合わせは四時だけれど、家に独りで居るとそわそわしてしまい、俺も三時過ぎには家を出てしまった。


 お祭りの通りは既に大賑わいで、様々な団体のパレードが行われている。

 道沿いは凄い人混みだけれど、俺の目は一点に集中していた。


『サンバカーニバルのお姉さんの衣装がズレてお胸が見えてる! キター!』


 いや、そっちじゃなくて、通りの反対側を歩く女の子の姿だ。

 白いワンピースに、赤い足首に絡みつく様なデザインのサンダル、向日葵ひまわりの飾りが付いた麦わら帽子。

 あの夏の日に見たままの彼女の姿。

 すれ違った男共が振り返るその女性は……もちろん美咲ちゃんだ。

 俺は人とぶつかる事など気にせずに、人混みを掻き分けて美咲ちゃんに駆け寄った。


「美咲ちゃん!」


「あ、蒼汰君!」


 振り向いて笑顔で俺を見つめている。

 美咲ちゃん綺麗過ぎる……。

 真正面からあの瞳で見つめられて、俺は本当に腰が砕けてしまい、目の前でつまずいてしまった。

 そして、躓いた勢いで思いきり抱きついてしまった。

 あの日と一緒だ……。

 流石に振り払われると思ったら、美咲ちゃんはギュッと抱きしめてくれた。

 周りから舌打ちや溜息ためいきが聴こえる。

 少し汗ばんだ美咲ちゃんの大好きな香りがして、頭が一瞬でとろけた。

 このまま抱き付いていたいと心底思ったけれど、嫌われてしまうかも知れないと思い、頑張って離れた。


「どうしたの蒼汰君。ちょっと大胆過ぎない?」


 美咲ちゃんが少し照れたような顔をしていた。


「ご、ごめん。つまずいちゃって……」


「ふふ、嘘うそ。大丈夫?」


「うん。抱きついてしまってごめんね」


「大丈夫だよ。こんにちはのハグだね」


 美咲ちゃんは首を傾げながら笑顔で見つめている。

 余りの可愛らしさに、また腰が砕けそうになった。


「み、美咲ちゃん。い、行こうか」


 手を差し出すと、美咲ちゃんは普通に手を繋いでくれた。

 本当はこのまま二人きりで過ごしたい。

 実は、美咲ちゃんを誘った時に、二人で花火を見ながら勇気を出して告白しようと思っていたのだ。

 でも、結衣に皆で行こうと誘われてしまい、いつものメンバーで集まる事になってしまった。

 結衣からの誘いを美咲ちゃんが断ってくれたら、俺も断ろうと思っていたけれど、美咲ちゃんは喜んで行くと答えていた。

 なかなか、思い通りには行かないな……。

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