募る想いと綻びと

第142話 「綻び」

(美咲)

 今日はすごく憂鬱ゆううつ

 この前の「補習サボり」の件で、結衣ちゃんへのお詫びとして、蒼汰君が結衣ちゃんと二人で買い物に行く事になってしまったから。

 該当者は三人なのに蒼汰君ご指名って、結衣ちゃんは、ちゃっかりしているわね……。

 そして今日の放課後が、その買い物に行く日。

 すごく憂鬱……。


 補習の後に予定が無い日は、貸倉庫で夕方まで時間を潰さないといけない。

 やる事が無いから、嫌な事ばかり考えてしまう。

 今日の夕食は、鳥レバーに牛レバーの煮物、デザートはレモンの輪切りに決定♪

 全然良い感じじゃない……。

 蒼汰君が結衣ちゃんと一緒にいると思うと、やっぱり胸がチクチクする。

 やっぱり結衣ちゃんは、蒼汰君の事が好きなのだろうなぁ……。


 進まない時計と戦い、やっと夕方になったから、ひなに変装して食材の買い出しに。

 いつものスーパーで買い物をしていたら、一番会いたくない人達に会ってしまった。

 蒼汰君と結衣ちゃんが楽しそうに買い物をしていたのだ。

 一台のカートを押しながら、ラブラブのカップルみたいで楽しそうだった。

 今日の結衣ちゃんは、黒のカットソーに、お尻が見えそうなデニムのホットパンツを履いて、足が長くて綺麗に見える少しヒールが高いサンダルを履いていた。

 元気で露出の多いちょっとHな女の子っぽくて、男の子の目を引く格好だ。

 結衣ちゃん、なかなかやるわね……。


 私は気が付いていない振りをしながら、会話に聞き耳を立てていたら、花火大会と夏祭りの話が出た。

 やはり結衣ちゃんは蒼汰君を誘った……。

 途中から「皆で行こう」と言っていたけれど、最初のニュアンスは蒼汰君と二人きりで行く事を期待していたはず。

 蒼汰君の微妙な返事に何か感じて、準備していた第二案を出したのだと思う。

 本当は蒼汰君がスパッと断ってくれて、二人きりで行きたかったけれど、かなり難しそう……。


 聞き耳を立てながら、色々モヤモヤと考えていたら、結衣ちゃんがとんでも無い事を口走った。


「……私の家に来てブラのホックを外した続きでもする?」


 何ですって!

 ブラのホックを外したですって? 誰が? いつ? どこで?

 家で続きって……いったい何の続き?

 え? なにその話!


 一瞬パニックになってしまったけれど、蒼汰君が直ぐに否定したから多分冗談。

 冗談よね……「今日帰りが遅くなります」とか連絡来ないわよね?

 余りに動揺して買い忘れを沢山してしまい、後でもう一度買い物に来ないと行けなかった。

 二回目の買物を終わらせて家に帰ると、蒼汰君はちゃんと帰って来ていた。

 部屋に行って抱きしめたいぐらい嬉しくなる。

 蒼汰君は私と一緒に居れば良いのよ……。


 ----


 ヤキモキする日々が続くけれど、自分の気持ちとは裏腹に、私は蒼汰君に気持ちを伝えた事が無い。

 蒼汰君に片思いの人が居ると知っているから、拒絶されるのが怖くて踏み出せなかった。

 それに、もし蒼汰君と恋人同士になれたとして、私は『美咲』と『ひな』の問題をどうするのだろう。

 想いが通じて上手く行ったとして、その先は?

 両親の事、偽名の事、変装の事、進学の事……。

 どこでこのほころびをつくろうのだろう。

 ここまで嘘を重ねてしまうと、とても繕えない気がする。

 私は周りの優しくて大切な人達を、ずっと騙して生活をしている。

 最初から偽名を使わずに生活を始めていたら……。

 そう思う事もあるけれど、それだと今のアルバイトが出来なかったから、どこかでお金が尽きて高校を退学して、家も無くして路頭に迷っていたかも知れない。

 必要悪だったと言うのは楽だけれど、この綻びはきっと蒼汰君や周りの人を酷く傷つける事になると思う。


 実は進学の事も深刻な状態。

 進学したいとは思うけれど、両親が行方不明のままでは、受験料と入学金はギリギリ払えたとして、その後の学費は払えない。保護者が中途半端に行方不明では奨学金の申請すらできないのだ。

 私が成人するまでは、親の世帯収入や外国在留中の証明等がないと必要書類が揃わない。

 いつまでこの状態が続くのか分からないから、一応推薦試験を受験して状況が好転していたら進学しようと思ってはいるけれど、全く期待できる状況ではない。

 あと受験や合格者発表も問題。

 当然名前が『来栖ひな』になる。

 受験票を知り合いに見られてはいけないし、合格しても合格者の中に天野美咲の名前はなく、皆が知らない来栖ひなの名前が載る事になる。

 卒業証書も来栖ひなだ。

 考えれば考えるほど、綻びが大きくなるばかりだった……。


 それともうひとつ、ジャーナリストの槇田さんとの話で、悩んでいることがある。

 槇田さんは、アルシェア共和国の状況が少しでも改善したら、現地に取材に行くと言っていた。

 私に何が出来る訳ではないけれど、もし可能なら一緒に現地に行って両親の事を探したいと思う気持ちが強くなっている。


 私には色々な事のタイムリミットが迫っていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る