第132話 「もしかして見えちゃった?」

(美咲)

 六月になって梅雨入りすると、一気に蒸し暑い日が続く様になって来た。

 独りで住んでいた時は、家中を下着姿で歩き回れたけれど、蒼汰君の家ではそういう訳にはいかないので、それなりに着る物に気を付けて過ごしている。

 今までは、割烹着かっぽうぎワンピの下に、黒やグレーのタイツを履いていたけれど、流石に暑くなって来たから履くのをやめた。

 これだけでも大分快適に仕事が出来るようになった。


 夜、仕事が終わった後に、蒼汰さんの部屋に本を借りに行く事がある。

 まだまだ読んでない本が沢山あるから、凄く楽しい。

 今日も何か面白い本がないかと、本棚を隈なく探していたら、蒼汰さんが本を戻しに来たので、何を戻しに来たのか見ようと近づいた。

 確認したら読んだことがある本だったから、すぐ横の棚を見ようと思ってしゃがんだ。

 横にいる蒼汰さんは他の本を探しているのかと思っていたら、何故かじっと私の方を見ていた。

 ヘンテコメガネのせいで、最初何処を見ているのか分からなかったけれど、蒼汰さんは私の顔じゃなくて……。


 私は慌てて座り込んですそを押さえた。

 見えちゃった?

 割烹着ワンピのすそが長い上に、タイツ履きに慣れてしまっていたから、ガードが甘くなっていた。

 見えた? もしかして見えちゃった? ねえ、蒼汰君、今見てた?

 蒼汰君の横顔をじっと見つめていたけれど、当然返事は無い。

 でも、明らかに挙動不審になっていたから、多分そうなんだと思う。


 私も失態を誤魔化す為に、適当に本を選んで部屋を出た。

 声も震えてしまったし、多分挙動不審になっていたと思う。

 部屋に戻ったあとも、恥ずかしくて転がっていた。

 蒼汰君。あれ、ただの布よ。布。着ている服と同じ。何て事ないただの布だからね!




 次の日、学校で蒼汰君と会うのが恥ずかしかった。

 もちろん、向こうは私だと分かって無いのだろうけれど……。

 生徒会室に集まって打ち合わせをして、私は買い物に行く為にひと足早く帰らせて貰った。

 貸倉庫で着替えて、そのまま夕食の買い物に。

 最近蒸し暑くて、蒼汰さんもお父様もお疲れ気味かも知れないから、今日は豚肉とアスパラガスのピリ辛炒めと、汁物ににゅうめんを付けて、デザートはグレープフルーツゼリーを出して完成♪

 うん!いい感じ。


 でも、買い物を終えて家に戻っていると、急に雨が降り出した。

 途中で土砂降りになってしまい、家に着いた頃には下着までずぶ濡れになってしまった。

 食材をキッチンへ運んで、急いで着替えを持って洗面所へ行く。

 でも、着替えようと思ったら、洗濯ネットを部屋に置き忘れて来た事に気が付いて、慌てて部屋に戻った。

 洗濯物とはいえ、昨日に引き続き下着を蒼汰君に晒す様な事は避けたかったから……。

 洗濯ネットを取って来て、直ぐに洗面所へと戻った。


 雨は更に強くなったみたいで、雷の音と雨音が凄かった。

 洗面台の鏡に映る私は、大きな濡れネズミみたい。

 急いで割烹着ワンピを脱いで、ブラを外して洗濯ネットへと入れる。

 ウィッグの替えが無くて、先に乾かそうと思い、上半身裸のままでウィッグを乾かし始めた。

 一応タオルで水気は取ってはいたけれど、ドライヤーの熱で繊維が傷まない様にゆっくりと乾かす。

 鏡に映るソバカスメイクに裸眼の顔が嫌で、思わずヘンテコ眼鏡を付けてしまった。いつもの顔だ。


 ウィッグがほぼ乾いたので、ドライヤーを置いてブラを付けようとウィッグの髪を背中に流した時だった。

 鏡越しに洗面所の扉が開いているのが見えて、そこにずぶ濡れの蒼汰君が居た。

 一瞬訳が分からなくて、硬直してしまったけれど、胸が見えている事に気が付いて、私は胸を隠してしゃがみ込んだ。


 慌てて扉を閉めた蒼汰君が、扉の向こう側から何度も謝っている。

 どうして鍵が開いたのか考えていたら、洗濯ネットを取りに戻った時に、洗面所の鍵をかけ忘れた事を思いだした。


「蒼汰さんごめんなさい。私が鍵をかけ忘れていました……。変な物をお見せして申し訳ありません」


 それから扉越しに、お互いに何度も謝った。

 でも、蒼汰さんがずぶ濡れだった事を思い出して、風邪でも引いたら大変なので、急いで着替えてバスタオルを蒼汰さんに渡して部屋に戻った。

 しばらくドキドキが治まらなかったけれど、気持が少し落ち着いて来て、気になっていた事を確認した。


 ウィッグの髪を背中側に流してみた。

 もう一度体の前に戻して、背中側に流してみた。

 何度やっても、体の前に残った髪の部分で、胸が隠れる事はなかった……。


 もう、こうなった以上は蒼汰君にお嫁に貰ってもらうしか無いわね!

 でも、見られたのは「変装ひな」だから……。

 蒼汰君が「変装ひな」と結婚式を挙げる光景を想像して笑ってしまった。


 ダメだけれど。どうせ見られるのなら、美咲の姿で見られたかったわ……。

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