第26話 「胸部中央から……」

(蒼汰)

 体育祭の前日の朝。遅刻ギリギリに結衣が教室に飛び込んで来た。

 そして、ホームルームが終わった後に、結衣の『あっ……やっちゃった……』というつぶやきが聞こえた。

 美咲さまが振り向いて、どうしたのか聞いている。

 今日も美しい美咲さまを見ていただけで、話しの内容を聞いていた訳ではないが、結衣の『寝坊して慌てて用意したから、ブラ付け忘れて来た』という衝撃の告白が聞こえて来た。


 何だと……。

 男子は体操服の胸の揺れ方ひとつで、ノーブラかどうかなど瞬時に見分けてしまうぞ。

 俺様は結衣のノーブラとか殆ど気にならないし、見ても何てことは無いが、眼だけオオカミの羊達はそうはいかないぞ。

 取りあえず、さり気なく結衣の胸元をチェック。

 うん、今は大丈夫だ。スクールシャツの胸元に異常は見当たらない。安心しろ結衣。

 おっと美咲さまに目線をキャッチされそうだ。危ない危ない。


 結衣と美咲さまは、何処かに連れだって行くようだ。

 一瞬、結衣と目が合った。

 『あんた、まさか今の話を聞いて無いわよね。殺すわよ』という感じの怖い目をしていた。

 止めて下さい。

 僕は女の子の話を盗み聞きするような男の子ではありません。

 それに、僕は美咲ちゃんという女の子にしか興味がありません。

 何かを探して結衣の胸元を凝視したりとか絶対にしませんよ。

 それに、たとえ何か見えた様な気がしても、それはきっと服のシワです。

 光の加減で偶然そんな風に見えただけです。

 僕は見ないし。気にもしないですよ。僕良い子だから。


 ----


 午後からは体育祭の最終練習だ。

 競技はしないが、用具の準備とか種目ごとの入退場の練習を行う。

 俺は靴紐くつひもを結ぶ振りをして、結衣が昇降口から出て来るのを待ち構えていた。

 変な目的じゃないぞ。もし万が一でも、結衣の体操服の胸元に異常が発見されたら、勇気を振り絞って今日の練習を休む様に説得するためだ。

 俺自身は結衣の服のシワを発見しても別に何て事はないが、幼馴染の女の子のお胸が好奇の目にさらされるのは何だか許せないのだ。

 これを放置するのは、結衣のお母さんにも申し訳ない気がする。

 うん。正義の味方なのだ。

 結衣のポッチを見たいとか、ちょっとしか……いや全然思ってないぞ!


 結衣が出て来た。

 大丈夫か? しっかりと目を凝らす。


 対象の胸部中央から三時と九時の方向に異常なし。よし!

 対象物の異常な揺れは認められず。安全を確認! よし!

 ちょっと揺れ幅が怪しいが、最悪の事態は回避できた様だ。


 でも、どうやって解決したのかが分からない。

 ま、まさか美咲さまのブラを借りて、美咲さまがまさかのノーブラ!?

 お優しい美咲さまなら、無いとは言い切れない。

 もし、美咲さまの胸元に異常が確認されたら、そのまま靴箱まで押し戻して、女子更衣室まで押し戻して、俺の体操服とかなんだかんだで、ぐるぐる巻きの簀巻すまきにしてでも、他の男共の視界に入らない様にするぞ。

 美咲さまのお胸は、俺が絶対に守り抜いて見せる!


 お、美咲さまが出て来た。

 眼がおかしくなるほどの眼力で胸を凝視する。

 大丈夫だ。

 何か付いていたが、良く見たら赤いてんとう虫だった。関係ない。

 うむ。良かった。

 それはそうと、俺はてんとう虫になりたい……。

 あれなら体操服の中にも入っていける!


「ふんっ!」


 結衣は横目で俺を見ながら、いつもより胸を張り怒り気味に通り過ぎて行った。

 

 何でだ?

 俺は結衣の事を心配していただけだぞ。

 それに、盗み聞きとかしてないから、何も知らないんだぞ。良い子なんだぞ。

 いったい何なんだ?

 美咲さまは美咲さまで、怪訝けげんそうな顔で俺を見て行った。


 今度は何でだ?

 いや。そう言えば脇目も振らずに美咲さまのお胸を見続けていたよ。

 流石に胸を見られている事に気が付いたよな……。

 しまった。

 これは結衣じゃなくて、俺の方が『あっ……やっちゃった』じゃん。

 つぶやいても、誰も助けてくれないけれどね。

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