第24話 「私十七歳よ」

(美咲)


「こ、こんばんは……」


 突然の元気な挨拶に動揺してしまい、上手く返事が出来なかった。

 しかも、昨日まで『お手伝いさん』って呼んでいたのに、いきなり『来栖さん』になっていた。

 その後も、普段は殆ど話さない蒼汰君がずっと話しかけて来る。

 それに今日は食卓で食事するって言いだした。

 蒼汰君どうしたの? やっぱり変になっちゃった?


 蒼汰君が食事を始めたので、とりあえず他の仕事をすることにした。

 今日はあまり重たい物は持てないけれど、掃除や洗濯なら大丈夫。

 あまり足を上げずに歩けば、足首も痛まない。

 食事中に掃除は出来ないから、蒼汰君の食事が終わるのを時々確認していた。

 今日の食事の味は大丈夫かしら?


「あ、来栖さん。今日のご飯も美味しいです!」


 食事の味が気になっていたら、急に返事をされた。

 え? 私、いま声に出して聞いた?

 驚いて振り向いたら、左足に体重がかかってよろけちゃった。

 落ち着け。落ち着け。


 一呼吸置いて、今日の食事の説明をした。

 そしたら、急にお礼とか感動しているとか言い出してきて、驚いたけれどちょっと嬉しかった。


「蒼汰く……」


 あ、危ない。

 めて貰ったから、お礼を言おうと思ったら、蒼汰君って言いそうになった……。

 慌てて小声になったけれど、聞こえてない? 大丈夫?

 忘れてた。上条さん。上条さん。


 何とか落ち着いて、お礼を言えた。

 上条さんから『落ち着いている』とか『大人っぽい』とか言われている。

 自分の事をそんな風に思った事無いから、凄い違和感があるけれど、ちょっと嬉しいかも。

 でも、少し落ち着きを取り戻したと思ったら、とんでもない質問をされた。


「そういえば来栖さんって、何歳なんですか?」


 え?

 ちょっと待って、蒼汰君。

 その質問は想定して無かったわ。

 な、何て答えたら良いの。

 本当の年齢言ったら、絶対に変よね。

 色々聞かれるよね? 困ったわ。


 大体、女性に年齢を聞いてはいけないって、学校で習わなかった?

 いや、学校じゃ習わないけれど、今まで誰かにそう言われなかった?

 『女性に年齢を聞いてはいけません!』とか言ってみる?

 どうしよう、どうしよう……。


「い、いくつに見えます?」


 うわ、何この返し。

 最悪じゃない?

 どこかの年増としまのお姉さんじゃないんだから。この返しは無しだわ。

 完全に失敗した。どうしよう……。


「……さ、三十歳前後ですか? 分からないけど」


 えっ?!

 上条蒼汰くん?

 今、何とおっしゃいました?

 いくら何でも、それはあんまりじゃない。

 私十七歳よ。まだ高校二年生よ。

 三十前後って何よ。ひどすぎない?

 その辺の棒切れ拾って、叩きまわしてあげようかしら。

 『蒼汰、馬鹿じゃないの!』って、結衣ちゃんの声が聞こえてきそうよ。


 一瞬殺意がいたけれど、よく考えたらこの変装のせいね。

 この変装のせいよね? それなら仕方が無いわね。


「……ええ、まあそんなところです」


 気を取り直して、落ちついて答えた。


「そうですか。俺、母とか居ないから、余り女性の年齢とか分からなくて……」


 そっか、ちゃんと聞いた事はないけれど、昔からお母様が居ないって事だったわね。

 だから私がここで働けている訳だし。

 蒼汰君、結構寂しい思いをしてきたのだろうな。小さい頃からお母さん居なかったのよね。寂しいよね。

 独りぼっちの幼い蒼汰君が目に浮かんで来て、ちょっと泣きそう。

 年上に見られたぐらいで、腹を立ててごめんなさい。

 『幾つに見える?』なんて言った私が悪いのにね。

 うん。蒼汰君は何にも悪くないよ。


「最初、四十歳位かなって思ったけど、来栖さん三十歳かぁ。意外に年齢が近くて良かったです」


「……………………」


 その辺に棒切れ落ちてないかしら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る