第13話 「不気味な笑顔」

(美咲)


「こんばんは。海辺の派遣社から参りました来栖くるすと申します。遅くなってしまい申し訳ありません」


 声でバレない様に出来るだけ低い声色こわいろを使う事にした。

 少し芝居がかっている感じにはなるけれど仕方が無い。


「ああ、どうぞどうぞ。散らかっていて申し訳ない」


 これが上条君のお父様か。あまり似て無いわね。


「初日に遅刻してしまい、本当に申し訳ありません。早速お仕事始めさせて頂きます」


 部屋を見渡すと。家中に物があふれ返っていた。ゴミではなさそうだけど、至る所に荷物が置き放しになっている。


「いやー、ゴメンなさいね。家中こんな感じで。掃除をしながら少しずつ片づけてくれれば良いから」


「あ、はい」


「前の家政婦さんも頑張って片づけてくれていたけど、重たい荷物を持った時に腰をやってしまったらしくて。本当に申し訳ない。決して無理はしないで下さいね」


「はい。ありがとうございます」


「取りあえず、今日は台所の洗い物と洗濯をお願いしますね」


 前の家政婦さんが頑張ってくれていたお蔭で、台所と洗濯機がある洗面所は綺麗だった。

 持参したエプロンを付け、台所の洗い物を済ませた後に洗濯をしに洗面所に戻った。

 洗面所の扉を開けると、上半身裸でパンツ姿の上条君が居た。

 洗面台の鏡越しに驚いた上条君の顔が見える。


「も、申し訳ありません!」


 慌てて扉を閉めて、扉の前で何度も謝った。


「ご、ごめんなさい。家政婦さんは今日休みだと思ってたから。こ、こちらこそ、お見苦しいところを……」


「いえ、失礼しました。お風呂から上がられたら声をかけて下さい。台所のお掃除をしておりますので」


「りょ、了解です。二十分くらいで上がると思うので、声掛けにいきます」


「はい。お願いします」


 必死で声色を変えて、何とかその場を切り抜けた。多分、気が付いてないはず。

 そういえば上条君と普通に話すのは始めての様な気がする。まあ、普通には話してないけれど……。

 普段は私とは殆ど話さない。でも、結衣ちゃんとは普通に話している様だし。

 もしかして、私が問題なのかな?


 台所の掃除をしていると、お風呂から上がった上条君が声を掛けに来てくれた。

 私とバレないか緊張したけれど、私を見てギョッとした顔をしただけで、そのまま部屋に行ってしまった。

 一瞬『何で?』と思ったけれど、自分がヘンテコな変装をしている事を思い出した。

 本当に最悪だわ……天野美咲だとバレるのも困るけれど、この姿で私だと気が付かれる方があれよね。


 それから洗濯とリビングの掃除をしたけれど、リビングに置いてある大量の荷物はまだまだ片付きそうにない。

 上条君はカップ麺にお湯を入れに来ただけで、その後は一度も部屋から出てこなかった。


 帰る前に上条君のお父様から日当の入った封筒を渡されて、それとは別にお金が入った財布を渡された。


「明日からの夕食の材料代が入っています。三人分の食材を買って来て下さいね」


「三人分ですか?」


「ええ、あなたの分も買ってきて下さい」


「え? 私の分もですか」


「この時間帯のお仕事だとお腹が空くでしょう。ついでに食べて行けば良い。ここで食べるのがあれなら、持って帰れば良いし」


 上条君のお父様優しい……。

 本当はお断りするべき事なのかも知れないけれど、生活費の事を考えると本当に助かる。


「それでは、お言葉に甘えてそうさせて頂きます。ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げ、笑顔でお礼を言った。

 上条君のお父様は一瞬ギョッとした顔をしたけれど、笑顔を返してくれた。


 帰りがけに、洗濯機がちゃんと乾燥を始めているか確認しに行った。

 洗面所に入ると、洗面台の鏡に私が写っている。

 何となく笑顔を作ってみた。

 自分でギョッとしてしまった。何この不気味な笑顔。怖い……。

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