第8話 「私、一文無しじゃん!」

(美咲)

 職員室を出ると一緒に呼ばれていた一色さんから誘われた。帰り道に学校の付近を案内してくれるらしい。

 一色結衣さん、良い人みたいで良かった。

 それと、一緒に呼ばれた男の子は上条蒼汰君という人で、一色さんの幼馴染らしい。

 あまり話さない人みたい。クールなのかシャイなのか良く分からない。

 まあ、明日からクラス委員の仕事を一緒にするから、徐々に慣れて話してくれると思う。


 二人が街を案内してくれて、色々と教えて貰って楽しい時間を過ごすことができた。

 帰りもバス亭まで送ってくれて、一緒にバスが来るのを待ってくれた。

 何だか登校初日から良い人達に巡り合えた気がする。

 嬉しくてバスの中から手を振ってしまった。

 結衣ちゃんは元気に手を振り返してくれている。

 上条君は緊張した様な表情でてのひらを私に向けていた。

 やっぱりシャイなのかな? 可愛いかも。


 それはそうと、昨日バス停で見かけた男の子は上条君かな? 何となく似ている気がする。


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 家に帰ると固定電話に留守電が入っていた。きっと母からだ。父と会えたのかな!

 出国前の母の説明では、新政府は元の政府と関係の深かった国とは国交を断絶して、ほぼ鎖国さこく状態。

 市民生活にはそれほど混乱はないらしいけれど、海外につながる情報インフラは全て遮断しゃだんされて、ジャーナリストも通常の手続きでの入国が認められず、新政府が発表する情報以外はほとんど分からないらしい。

 直接入国するのは無理な状況なので、母も隣国から国境を越えて入国すると言っていた。


 母は不在の間に私が独り暮らしになる事を心配していたけれど、食事を作ってみせて自炊が出来ることを証明して、母を安心させて送り出した。

 母は当座の生活費を私の口座に振り込んだと言っていた。もし滞在期間が多少長くなっても、その他にかかるお金は両親の口座から引き落としになるので心配ないらしい。大丈夫、大丈夫。


 母からの嬉しい報告を期待して、留守電の再生ボタンを押した。


来栖くるすさんのお嬢様でしょうか?」


「大変お伝えしにくい事なのですが、アルシェア共和国に入国をされたお母様が、お父様と同じく拘束こうそくされたとの情報が入って参りました」


「他にもお父様の横領疑惑に関しまして、アメリカなどから調査が入っておりまして……」


「その辺の事も含めまして、お伝えしたいことがございますので、留守電を聞かれましたら折り返し頂けますでしょうか。こちらの番号は……」


 嬉しい報告を期待していた私は、母まで拘束されたと聞いて目の前が真っ暗になった。


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 折り返しの電話で分かった事は、政情不安で渡航とこう制限が出されていた国に非正規ルートで入国し拘束された母を、国として表立っては救助が出来ないということ。

 但し情報は得ており。父も母も軟禁なんきん状態で生存が確認されているということ。

 横領疑惑に関して、マネーロンダリングの疑いもあるという事で、両親と私の口座も合わせて全ての銀行口座が凍結されたということ。

 もちろん冤罪えんざいだと信じてはいるが現段階では手の打ちようが無い、という事を伝えられた。


 拘束されたと聞いて最悪の事態を覚悟していたけれど、両親が無事だと分かって安心した。

 電話を切った後、私はへたり込んでしまった。


 その場で色々考えていたら、あることに気が付いた。

 両親と私の銀行口座が全て凍結されたという事は……。


「私、一文無しじゃん!」


 慌てて財布の中を見てみる。

 一万五千円。

 これが私の現在の全財産……。生活費を稼がないと生きていけない。

 直ぐにアルバイトを探す事にした。

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