第8話 「ハナちゃん」

 今日は平町たいらまちに買い物にお出かけです。

 先ずは鍛冶に必要な素材を買いに市場に。

 この街は本当に豊かで、市場には様々な物が並んでいます。


「レイちゃん! この前話していた、磁石じせきが入荷したぞ。見て行きな!」


「これね……まあ凄い! いい物ね」


 実は『クラフト』スキルを突き詰めていると、派生で『解析かいせき』というスキルが身に着いたのです。

 物に触れると、その物質の事が感じ取れる様になりました。


「じゃあこれを二箱と、鉄を……」


「いつもありがとうな。物は後でポーターに届けさせるよ」


 素材屋さんをひと回りして、必要な物を買い付ける事ができました。

 仕事に必要な物の買い付けが終わったら、今度はポコと私が大好きな美味しいパンや食材を買いに行きます。

 食材も安くて豊富。本当に暮らしやすい街です。

 ポコが喜ぶ顔を想像しながら、美味しそうなパンを選んでお買い物は完了。

 この後は市場の端にある眺めが良いテラス席でお茶をします。




 私が仕事をしている鍛冶屋は、大将の信条なのか一般的な道具や器具しか製造も修理もしません。武器や防具は扱わないのです。

 でも、私の家の鍛冶場が再開できると知ってから、その手の依頼があると私に任せる様になりました。

 道具類の『クラフト』も奥の深い世界だけれど、武器や防具の世界は違う奥の深さがあって、大きな学びがあるという事でした。


 大将の言う通り、武器と防具の『クラフト』は終わりの見えない探求の連続でした。

 武器と防具の最も大切な要素は「バランス」と「馴染なじみ」。

 この要素を欠く様な「持つ者の身の丈に合わない装備」は、結果的に隙を生み死を招く事になるのです。

 戦利品の装備を直ぐに身に着けた冒険者達が、その装備の実力を発揮できずに倒されるのは、実はこれが大きな原因のひとつ。

 優秀な冒険者は、獲得した装備を持ち帰り『クラフト』の専門家に調整を依頼するのです。

 そして、調整をしても自分に合わない様なら、どんなに凄い装備であっても決して身に付けずに処分するのです。

 私はその事を理解してくれるお客様の依頼しか受けない様にしています。


 そうしているうちに、私はいつの間にか街で人気の鍛冶屋のひとりになっていたのでした。


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 テラス席から市場の活況を眺めていると、端の方で座り込んでいる娘さんに気が付きました。

 姿は冒険者の様ですが、うつろな目をしながら市場の食料品を見つめています。

 しばらくすると、その娘は何かを諦めたかのように頭を下げ、そのまま横になってしまいました。

 どうしたのかは分かりませんが、横になったままの娘さんが心配になり、傍に行き声を掛けます。


「大丈夫ですか?」


「……お、お腹が空いたにゃー」


 その娘は猫耳が付いた可愛らしい獣人でした。実は空腹と疲労で動けなくなっていたのです。

 道端で食べ物を与えるのは失礼な事なので、家に連れ帰る事にしました。


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「美味しいご飯をありがとう!」


 猫耳をピコピコさせながら、猫族の娘が嬉しそうに頭を下げます。


「私の名前はハナと言います。助けて下さったお礼をしたいのですが、お金とか何もありません……」


「私はレイです。この子はポコ。お礼なんて必要ないですよ」


「申し訳ありません。またパーティを首になってしまい、ギルドで私を雇うパーティなど無くなってしまって……」


 ハナちゃんは、大剣使いに憧れて冒険者になった事や、戦闘では初撃をかわされると全く役に立たずパーティを次々に首になった事。そして一文無しになり市場に座り込んでいた事を話してくれました。


 ハナちゃんは可愛くて明るくてとても良い子。今もポコをとても可愛がってくれています。

 実は私はある事が実現できそうで、嬉しくなっていました。


「あのね、ハナちゃん……」


 ハナちゃんに、冒険者を一時お休みして、私のお手伝いをお願いしてみたのです。

 実はお店を開きたいと思って居たのです。

 鍛冶業で頂いたお金で、空き家になっていたお隣の家を購入し、『クラフト』でリフォームして眺めの良い素敵なお店を作っていたのです。

 ハナちゃんにそこで働いて貰えれば、私が鍛冶の仕事で忙しい時でもお店を閉める必要がありません。

 それにお店の二階の部屋がいくつも空いています。

 ハナちゃんには、住居と食事と幾ばくかのお給料が手に入り。私は素敵なお店を始める事ができるのです。

 話を聞くと、ハナちゃんは喜んで抱きついて来ました。契約成立です。


 ハナちゃんを抱き締めながら、私はある事が気になっていました。ハナちゃんの体型と持っている大剣の事です。

 私が考えにふけりながら大剣を見つめていると、ハナちゃんが泣きそうになりました。


「レイさん、ごめんなさい。この大剣だけは手放せないの。ゆるして下さい」


「えっ。何のこと?」


 ハナちゃんは、この話の対価として、私が大剣を取り上げると思った様です。

 この大剣はハナちゃんの一族が大切にしていた宝剣。確かに素晴らしい剣ですが、それが猫族の体型には全く合わない装備だという事が直ぐに分かります。

 恐らく、どこかで入手した物を、猫族には扱えないので飾って大事にしていた物なのでしょう。


 鍛冶の経験で学んだ事を話し。この剣を素材にしてハナちゃんに合う装備を作る事を提案してみました。

 彼女自身も、自分に扱いきれない事は身に染みて分かっていた様で、喜んで提案を受け入れてくれました。

 どの位の時間が掛かるのかは分かりませんが、ハナちゃんの事をもっと良く知ってから、彼女に相応しい装備を作りたいと思います。


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 それから数日後。私の作ったお店がオープンしました。

 ですが、こんな丘の中腹にお店を作ってもお客さんは来ません。

 そこで考えたお店のコンセプトは『装備バランスを見て貰える、冒険者向けのお店』。

 ハナちゃんの愛らしさと、このコンセプトが口コミで徐々に広がり。お店は日に日に繁盛する様になっていきました。

 そしてこのお店は、私に沢山の出会いを運んでくれる事になったのです。

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