第6話 「仕事」

 次の日にキコさんに連れられて、平町たいらまちに行きました。

『平町』とは、丘に挟まれた平地の事で、陽が昇る方の丘を『日の丘』、陽が沈む方の丘を『夕日の丘』と呼んでいて、キコさんの家は『日の丘中の流れ道上の三』という住所だそうです。

 平町に来た目的は、鍛冶屋さんの仕事を紹介してもらう為。

 鍛冶屋の大将の前で『クラフト』スキルを使い、何度かつちで金物を叩きました。


「腕は未熟だが使えねーことは無いな。明日から来な」


 キコさんの紹介で仕事に就くことが出来たのです。

 しかも、仕事でお金が入ってからで良いからと、服や下着も買い揃えてくれました。本当に何とお礼を言って良いのか分かりません。

 お金が入って来たら必ずお礼をしようと、心に誓います。


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 キコさんの家にお世話になりながら、鍛冶屋の仕事を全力で頑張りました。

 大将は厳しいけれど、とても丁寧に『鍛冶』を指導してくれます。


「おめーの『クラフト』には、未だ深みがねえな。土は土、金属は金属、木材は木材としか認識してねえ。もっと深く感じろ」


 働き始めてから数ヶ月は、毎日この事を言われて過ごしました。

 なかなか理解できないで居ると、ある日大将に「自分と同じ鎚を作って見ろ」と言われ、大将の目の前で鎚を作成する事に。

 大将が作った後に同じ鎚を作成しました。見た目は全く同じで、木と金属で出来た普通の鎚。


「じゃあ、これではがねを千回ずつ打ってみな」


 大将に言われて、赤々と熱せられた鋼を打ってみました。

 大将の作った鎚で打ち切った後、私の作った鎚で打ち続けます。

 幾度も打って行くうちに、私は違いに気が付かされました。私の鎚で打ち続けていると、次第に鋼の芯を打ち切れなくなっていたのです。


「良いか。『クラフト』する時には、それが何に使われるのか、どの方向に使われるのか、どの素材と組み合わされて使われるのかを考えろ。そして、素材の粒子の方向、他の素材と接する箇所の親和性しんわせい。そこを突き詰めて行けるようなら、おめーの『クラフト』は一流になって行く素質はある。それが出来なけりゃ、一生鍋の修理でもしてな」


 この日から、私の『クラフト』は急激に変化し始めたのです。


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 キコさんの家にお世話になり始めてから半年が経ちました。

 鍛冶屋で働いたお金が入ったので、安宿やすやどにでも移ると言いましたが、キコさんは家の事はそのままで良いと言って聞いてくれません。

 結局、キコさんの言葉に甘えて、ポコと一緒に三人で暮らしていました。


 ある日の夜のこと、キコさんに一階の倉庫の様な部屋に連れて行かれました。

 一階の部屋は、実はここに来てから一度も入った事が無い部屋なのです。

 部屋に入ると、驚いた事に鍛冶の設備が揃っていました。

 でも、長年使われていない様子で、すすけて蜘蛛くもの巣が張っています。


「レイちゃん」


「はい」


「私がそろそろ結婚する事は話したわよね」


「ええ、お聞きしています」


「私の嫁ぎ先は、かなり遠い街なのよ」


「そうなのですね」


「それでね。この家を手放すつもりで居たのだけれど……」


「ええ」


「あなたがある条件を受け入れてくれるのなら、この家をあげようと思っているのよ」


「えっ? ええええ!」


「条件はね。ここで『鍛冶』を継いで欲しいの」


「どういう事ですか?」


「私の祖父は腕利きの鍛冶屋だったのよ。でも、私も父も能力を受け継いで無くて。祖父が死んだら、そのまま廃業してしまったのよ」


「キコさんのお爺様が鍛冶屋さん?」


「ええ。だから、あなたが荷馬車の修理をしてくれた時に、素晴らしい『クラフト』スキルの持ち主だという事がひと目で分かったのよ」


「……」


「ここで鍛冶屋をしなくても良いの。祖父の使っていたつちを受け継いで、ここで素晴らしい『クラフト』をしてくれれば良いのよ」


 キコさんはすすけた机の引き出しを開けると、一本のつちを取り出して私に手渡しました。持った瞬間に特別だと感じられる鎚。

 良く見ると鎚の金属の部分にめいが打ってあります。


『アマツマラ』


 鍛冶の神様の名前です。これが本物なら、いえ恐らく本物ですが、この鎚はこの世に二本と無いと言われている『アマツマラの鎚』です。 

 もし私が『クラフト』スキルを極めて、この鎚を操る事が出来たら……。

 世に名がとどくほどの逸品が完成するかも知れません。


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 それから三ヶ月後に、キコさんは遠くの街へととついで行きました。

 どの様な幸運の巡り合わせかは分かりませんが、追放によって奴隷から解放された私は、いつの間にか仕事と家と稀代きだいの鎚を手に入れてしまいました。


 一階の平らな屋根の上に椅子を置き。私はポコを抱っこしながら、今日も美しい街の夕暮れを眺めています。

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