超能力者狩り

 現象が完結する。ラインハルトの全身を極低温の波動が駆け抜けて万物をゼロにする。超粒子は超常的な威力を喪失し、超能力者の持つすべての力が失われることになる。


(この男は待っていたんだ、すべてを知った上で、準備を怠らず、いずれ来るであろうその時に備えていたんだ)


 ラインハルトは恐怖した。

 敵が想像を遥かに越える脅威であることに。

 超能力者という存在を知るだけでなく、それに対して明確に、特別な攻略法を編み出していた。いついかなるタイミングであろうと、出逢えば最後、その息の根を確実に止める、そう思えるほどの迫力を側前の狩人に感じた。


(我々は認識されていた、この青年に、これほどの力、そうか、今確信したぞ。神々の円卓のメンバー3名がペグ・クリストファ近郊で消息を絶った、その理由を、お前たちはすでに我々の喉元に牙を届かせていたのだ)


「まだだ、まだ終わらない!」


 ラインハルトは架空器官を全力で動かし熱を持たせた。

 

(シナプスが焼き切れるほどの演算だ、ここでオーバーヒートしても構うものか、次に繋げなければ、ここで狩られることなど許されるものか!)


 凍てつく波動が全てをゼロにするより速く。

 ラインハルトのテレポート能力は発動する。

 腹部を貫通させられている状態では、身体ごとの瞬間移動は不可能だった。ゆえに自分を起点とはせず、空間座標で持って、歪みの中に己を吸い込ませた。


「ッ!」


 アーカムは目を見開く。

 目の前で虚空に姿を消すラインハルトを目撃したからだ。


(馬鹿な、ゼロ距離接着状態からのウルト・ポーラーを回避できるのか?)


『右斜め前方32.33mの位置にいる気がする!』


 もはや気がするでは済まされない精度で超直感が作動する。

 アーカムはすぐに視線を向ける。


 ラインハルトがいた。

 胸部から下を失い、左肩から先を失った状態で。顔色はひどく悪く、汗が滲んでいる。目つきは狼のように鋭く、アーカムを睨んでいる。

 周囲の重力を操っているためか、胴体は宙に浮び、周囲には大量の血と臓物が、宇宙を漂流するデブリのごとく漂っている。

 

(あいつ、まさか凍てついた胸から下を空間ごとちぎり落として逃げたのか、架空器官と脳みそさえあれば、超能力を運用できるから?)


 人間では到底思いつかない常軌を逸した行動だった。同時にアーカムの攻撃から逃れるための最適解でもあった。

 

(だからって実行できるのかよ、胆力、思考力、冷静さ、それに超能力のクオリティ……)

 

「お前もまた宇宙の担い手か」


(近距離未来視の使い手、あるいは噂に伝え聞く超直感シックスセンスかも知れないな。原始人なのにどうして超能力が使えるのか、あるいは選ばれし者が、第3の船で送り込まれてきたのか……? 疑問は絶えない、わかっていることは、ひどく厄介な存在だということだ……カテゴリー5である私が選択を迫られるとは)


 ラインハルトは悔しさに歯噛みし「いいだろう」と呟いた。

 黒く濡れた黒い巨人の遺骸へ手を伸ばし、腹部のあたりにある臍帯を掴むと、力づくでちぎった。


「臍帯は手に入れた」


 つぶやくラインハルト。

 身構えるアーカム。


「っ、いや違う!」


 アーカムは一瞬遅れて、慌てて踏み込んだ。

 魔術を行使、氷の砲弾を撃ち出した。ミズルもまた水の四式魔術を用意し終え、再度攻撃に移行する。

 キサラギも横から攻撃を仕掛ける。


 三方向からの攻撃が満身創痍のラインハルトを包囲する。

 

「超能力者狩りよ、今はお前の方が強い」


 それだけ言い残し、ラインハルトの姿が一瞬で消えた。

 氷の砲弾と水の槍が着弾し、キサラギが空振りする。

 キサラギとミズルは周囲を油断なく、鋭い視線で睨みつける。

 しかし、ラインハルトの姿は見つからなかった。


 キサラギは「索敵開始」と複数のセンサーを使ってテレポート先を探す。


「兄さま、ラインハルト・エクリプスの反応、消失しました」


 アーカムはキサラギの報告を聞いても驚きはしなかった。

 

「なにを企んでいるのでしょう」

「逃げたんですよ」


 アーカムは悔しげに言葉をこぼした。


「超能力ヒーリングはパッシブ系の超能力です。自然体ならば勝手に発動する。やつはテレポート直後から身体の再生をしていなかった。それはヒーリング能力をオフに切り替えたということ。架空器官の消耗と脳の演算能力を他に回していた……」

「遠距離、短距離、両方のテレポートを行える。なるほど、自分の体の再生より、遠隔地への転移にリソースを回していたと。キサラギは完全に理解しました」

「最悪だ。あの能力……仕留められなかった」


 アーカムは痛恨の表情で頭を抱えてしまった。

 

(遠距離テレポートだと? 危なくなったら敵の追いつけない場所へ逃げればいい。そんなやつどうやって倒せばいいんだ? 今しかなかった。もし倒せるとしたら、今この瞬間だけだったんだ。奴が俺の能力を知らず、甘えのある攻撃をしていたタイミング、奇襲的な反撃を行えたこのタイミングしかありえなかった……!)


「あいつは俺のことを調べ出す。考えるだろう。能力の検討をつけ、対策を講じ、その上で絶対的に安全に対処してくる……あいつはもう俺を舐めていない」

「兄さま」


 キサラギはじーっとアーカムのことを見つめる。

 アーカムは見返し、小首を傾げ「なんです」と疲れた顔で問い返した。


「なんとかなります、とキサラギは人間の情緒を高度に分析した励ましの言葉を兄さまへ贈ります」

「……」


 アーカムは背後を振り返る。

 瓦礫の影で横たわるアリスの姿があった。

 疲れ切っているのか、穏やかな顔で眠っている。


「恐ろしい男だ」


 ミズルは険しい顔でアーカムたちの元に来る。


「奴も。そしてお前も」

「ミズルさん……」

「狩人協会は絶望的な脅威を退けてきた。今度だって必ず退ける。怪物を打ち倒すのはいつだろうと人間だ」


 アーカムは息を吸い、長いため息を吐いた。


「そうですね。なんとかなると信じましょう」


(今はそれでいい。大事なものを守れた。もうダメだと思っていたアリスを助けることができた。ああ、そうだ、今はまったくそれでいい)


 その後、撤収が始まった。

 ウィーブル学派の生き残りがいないかのチェックが行われ、すべての敵性存在がいなくなったことが確認された。

 

「ラインハルト・エクリプス……逃がしはしない」


 アーカムは超能力者のいなくなった虚空を見つめ、静かにつぶやいた。

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