さよなら、ダンジョンヒブリア
ダンジョンの地下に続く神の墓にて、恐るべき超能力者とぶつかってから10日後。ダンジョンヒブリアに狩人協会の増援部隊が到着し、密かに神の墓の調査が始まった。
俺とミズルは続々とダンジョンへ乗り込んでいく学者たちと狩人を見送る。
「ウィーブル学派が発見した墓は、今後は狩人協会の研究対象になる。有益な発見を我々にもたらしてくれるだろう」
「まるで暴君ですね」
「我々は大義のもとに動いている」
「そう信じてます。……ミズルさんは行かなくていいんですか」
「冗談はよせ、アルドレア、過労死させるつもりか。私はしばらくは休暇をもらう。新しい相棒も見つけなければならない。そう言うお前はどうするんだ。お前ほどの実力者、休んだら休んだ分だけ人類の損失につながる。もっと働け」
「ようやくこれでひと段落って感じなのにひどい言種ですね。数年前からまともにゆっくりしていないんですけど」
俺とミズルは狩人の部隊を見送り、雑多としたダンジョンヒブリアの通りへ紛れる。
「ようやく全てが普通に戻りそうなんです。父も母も妹たちも。少しゆっくりしたいと思います」
「ゆっくりできればいいな」
「なんです、その言い草」
「超能力者とか言ったか。アースと呼ばれる異次元より来る怪物。厄災の怪物に指定されることは間違いない。それに対抗することができるのがお前だけとなれば、そうそう休めることはないだろう」
ミズルにはこの10日間でいろいろなことを話している。
7歳の頃にクルクマで緒方を倒し、超能力と魔術を融合させた封印式を編み出したことや、都市国家で俺が超能力者3人を撃退したこと、これまで彼らを倒すことを使命として考えてきたことなど。
「お前の情報は狩人協会本部にもじきに届く。というか、私も届けるつもりだ」
「なんです、僕に休暇を取らせたくないんですか」
ミズルはおかしそうに笑む。
谷底にあるダンジョンヒブリアの急な斜面をのぼろ、谷の上までやってきた。
谷上には黒い外套を纏った怪しげな男たちが数名たむろしており、何かを口にしながら待機している。狩人たちだ。
「それではな、アルドレア。引き継ぎは済んだ。私は本部へ今回の事件の顛末を報告する。お前の活躍も伝えておいてやる」
「そうしてくれると嬉しいです。僕は協会内じゃやっかみがられているので」
「すぐにそんなもの無くなる。安心しろ」
ミズルは馬にひょいっとまたがる。
待機していた狩人たちもそれぞれ馬に飛び乗る。
「では、またいつか、どこかで生きて会おう」
「はい。お元気で」
ミズルと狩人たちは馬の腹を蹴り、駆け出した。
遠ざかる背中を見えなくなるまで見送った。
「さて、俺も帰るか」
アディとニーヤンの賭博場へ戻る。
「閉店」と書かれた板の立てかけられた扉を開く。
「タスク『姉と野菜』を実行します。お姉様、口を開けてください」
「いや、いいよ、野菜はアリスが食べなよ……! エーラ、それいらない!」
「キサラギは野菜嫌いのエーラに食べてもらえるよう工夫うを施しました。お姉ちゃんの気遣いです、とキサラギは実質的に自分が長女であることを暗示します」
いやいや言うエーラをキサラギが羽交締めにして、アリスは緑のシャキシャキしたサラダを強引に口に押し込もうとしている。パッと見いじめの現場であるが、姉妹で仲良く戯れていると思えば平和なものだ。
「無理して食べさせなくていいんじゃないか」
「お兄ちゃん! お兄ちゃんがああ言ってる!」
「お兄様がそう言うのならば仕方ありません。タスク『姉と野菜』を破棄します」
「兄さまはお兄ちゃんポイントを稼ごうとしているのだとキサラギは推測━━」
「静かに、キサラギちゃん、静かに」
この10日間でちょっとずつエーラと仲良くなってきてるんだから、そうメタ的なこと言わないの。めっ、キサラギちゃん、めっ。
「ありがと、お兄ちゃん、妹と姉を名乗り出したキサラギさんに殺されるところだった……」
そこまではされてないと思う。
━━しばらく後
俺たちはダンジョンヒブりアを出発した。
テラとニーヤンの二人は10日の間に店を売り払い、クルクマへ移住するつもりらしく、俺たちの帰路に同行してきた。時間を共にした仲間と一緒に入れるのは嬉しいが、クルクマで何をするつもりなのか……賭博場で金儲けしようとしていた猫だし、窃盗癖があるとのことなので村を治める側としてはやや不安ではある。なお、テラに関しては心配していない。彼女は口数こそ少ないし、意思疎通をしておかないと何をしでかすかわからない怖さがあるが、話せばわかる、とても良い人だ。
20日の旅をして、俺たち一向はクルクマへ帰ってきた。
「ただいま、エヴァ」
「アディ……?」
アルドレア邸の敷地をまたぐなり、庭で剣を振り回していたエヴァが俺たちの帰りに気づいた。
アディは駆け出し「エヴァ!」と叫ぶ。エヴァもまた駆け出す。
二人はぶつかるように抱き合会おうとし、アディが力負けして吹っ飛ばされた。
実に平和だ。
「お母さま!」
「エーラ、よく無事で帰ってきたわ!」
「アリスがしっかりしてたから平気だったよ、お父さんは頼りなかったけど」
エーラの容赦ない攻撃。アディは気まずそうにする。感動の再会だと言うのに、すでに不憫だ。お父さんポイント足りなかったね、
「お母様、無事なようでアリスは嬉しいです」
「アリスよく頑張ったわね、お父さんの分までしっかりものでえらいわ」
「お父様は懸命でした。精一杯、アリスたちのことを守ってくれました。ただ、コミュニケーションが少なかったので、過小評価されぎみです」
「アリス……っ!」
アディは涙を溢れさせ、口元を抑える「そうだよな、俺、頑張ってたよな……!」と、自分の陰ながらの努力が認められたことに、感極まっている。よかったな、アディ。アリスはしっかり見ててくれてたよ。
「……わかってるもん、エーラだって、そう思ってたもん。でも、なんか、そういうこと言うの、嫌だもん」
エーラはつーんと俯いて、ボソボソと言う。
その声は隣にいた俺以外、誰に届くこともない。
彼女も理解していたのだ。アディの苦労を。
面と向かって「ありがとう」なんて言えるのはまだ先だ。アリスが大人すぎるだけだ。否、大人だって難しい。感謝をしっかり言葉にするのは。
「にゃにゃあ、よかったにゃあ。感動の再会だにゃ〜」
「え? ニーヤン……?」
「にゃ、エヴァも我のことを覚えててくれてたにゃ」
「いや、喋る猫なんて忘れないわよ。ちょっと待って、テラもいるじゃない」
「懐かしい」
テラは無表情のままスッと手を差し出し、エヴァと握手する。
「相変わらずね、テラ。見た目、昔のままだけど……やっぱり、ダークエルフって寿命長いのね……」
「うん。長いよ。だいぶ」
家族と旧友が温かい輪を作る中、俺はちょっと外れたところでこちらを見てくる梅髪を発見する。賑やかな輪から外れて、梅髪の元へ。
「アーカム、おかえり」
「ただいま帰りました、アンナ。心配しました?」
「まるでしていないよ。何か面白いことはあった」
「色々ありましたよ。神の墓を暴いたり、狩人と闇の魔術師を処理したり、超能力者を見つけてしまったり」
「ずいぶんハードだったみたいだね」
「そうでもないです。十分に対処可能でしたから。それにしても意外ですね」
「何が?」
「驚かないんだなって。結構なハプニング祭りだったんですけど」
「聞いてたからね。ミズル・ミカって知ってる」
「どうしてその名前を。現地で一緒に戦った狩人ですよ」
「その人が随分前に来て、色々報告してくれたんだ」
ミズルさんめ。ネタバレされてたのかい。
「おやおや、これはこれはあのウィーブル学派をやっつけた英雄くんのおかえりだあ」
軽薄な女性の声が聞こえてきた。
あんまり振り返りたくないなあっと思いながら振り返る。
ほっぺたをぷにっとされる。
アンナより意地悪そうな顔の美人が、ニヤニヤして「おかえりー」と言ってきた。
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