超能力者ラインハルト・エクリプス
初老の男は視線を黒い巨人の遺骸へ向けると「臍帯は無事か」とつぶやく。
こちらへ向き直り、ミズル、俺と視線を移動させ、最後にキサラギを見やる。
眉をひそめ、怪訝な表情をする。
「EVE型アンドロイドがどうしてここにいるのだね」
「兄様、キサラギは怪しげな男に注目されています」
「答えへたまへ、それだけが気がかりだ」
「キサラギはキサラギです。EVE型アンドロイドと呼ばれることは初めてですと、キサラギはパーソナリティがあることを主張します」
「おかしな話し方をする。故障しているのだろうか」
「失礼なおじいさんです、とキサラギは憤慨します」
「まあ良い。全ては些事。諸君、名乗りたまへ」
初老の男は穏やかな声をしていた。
「人に名を聞くのなら、自分から名乗れ」
ミズルは静かな声で問い返す。
初老の男は「愚かな」と短くつぶやく。
「私は究極の善意で訪ねていると言うのに。烏滸がましい」
初老の男は手のひらを軽く返す。
彼の手元で浮遊していた奇妙なオブジェクトに変化があった。
衛星が星のまわりを回るようにゆったり回っていたソレのひとつが高速で弾き出されたのだ。
ミズルは目を見開いて、杖に手を置いた。
ミズルの近くをパタパタ飛んでいた水の鳥が向きを変える。
先ほどの戦闘ですでに展開していた水属性式魔術で編まれた鳥である。
魔術式が現象を引き起こした後、それを一定時間持続させるために、魔力獣と併用して使う高等魔術だ。ミズルはこの魔力獣に現象を付与して、自分の近くを彷徨わせておくことで、詠唱をスキップする裏技を持っているのだ。
鳥はミズルの意志によって槍となり、飛翔し、オブジェクトを撃ち落とす。
初老の男は続けざまに手元で浮遊するクルミのようなオブジェクトを発射。
追加で放たれた2つのオブジェクト、ミズルは今しがた打ち出した水の槍を、そのままに、射線上に壁を展開するように拡散させた。
オブジェクトは水の壁に命中、わずかに軌道をずれる。ミズルはその場で転がるように飛び退き、鋼のオブジェクトを避けた。
(手元に3発見えてるんだ。1発撃ち落とすだけで一詠唱分で動かせる魔術式を使い切るわけないだろう)
「お見事。しかし、落第だ」
ミズルに当たらずに地面に着弾したソレは、ブルブルっと高速で振動しはじめた。ミズルのその段階になって初めてオブジェクトに込められた強力なエネルギーの波動を正しく認識することになった。
オブジェクトの振動は一瞬で目にも止まらぬものに化け、一拍の後に巨大な爆発を起こした。見事に回避して見せたミズルを巻き込んでの炸裂だ
「取るに足らない」
初老の男はつまらなそうに言う。
土煙が破れ、水の槍が4本飛び出した。
破れた粉塵の隙間から、黒い浮遊物体の影に身を隠したミズルの青い瞳が見えた。
初老の男は表情を変えず、じーっと接近する水の槍たちを見つめる。
水の槍は男にある程度のところまで接近すると、見ない壁に突き刺さり、ピタッと静止してしまった。
ミズルは驚愕に表情を変える。異質な現象に鳥肌がブワーッと立った。
初老の男は手をわずかに動かす。
鋼の奇妙なパーツが集まってきて、ソレらは複雑に組み合わさり、クルミのようなオブジェクトを3つ再形成した。全てが最初の状態に戻ると、初老の男性はキサラギへ視線を向けた。
「外部ユニットを動かしたな、アンドロイド。創造主に反旗を翻すと言うのか」
「超能力者。お前の話し相手はキサラギじゃない」
アーカムは腰の杖に手を置きながら、ゆっくりと前へ歩みを進め、初老の男へ近寄る。男は「ほう」と呟き、好奇の眼差しでアーカムを見やる。その間にキサラギはさりげなく後退し、アリスを通路の影へとそっと下ろした。
「その呼称、随分と懐かしい」
「
「非常に興味深い。まさか、我々についてこれほど知っている存在がいるとは。狩人協会とやら、放っておくには利口すぎるか。して君、何者なのかね」
「お前を滅ぼす者だ。死ぬ前に目的を教えろ。それくらいの時間はやる」
アーカムは威圧的に真っ直ぐに男を見つめる。
初老の男もまたアーカムを見つめ返す。
「視線は揺るがず、手は震えない。勇敢だな若者よ。いいだろう、死にゆく若葉に最後の太陽は必要だ。━━私はラインハルト・エクリプス。マーカーを辿って様子を見に来れば、信者たちの大量殺戮に遭遇にした」
初老の男━━ラインハルトの周囲に不可視の力場が広がる。
小さな砂利がフワッと浮き上がり、岩が揺れ、地面が割れる。
「ゆえに狩人、宇宙の藻屑となりたまへ」
「答えになってねえだろうが」
「ヴォイドオブジェクト射出」
再び発射されるクルミのような鋼のオブジェクト。
アーカムは短く息を吐き、魔力を強力に練り上げる。
━━パキパキ、ィ
空気がひび割れ、空気中の水分が凍りつき、悲鳴をあげる。
アーカムの体内で純魔力から変換された氷の魔力は、高度な魔術哲学によって空中に砲弾として現象展開した。
砲弾の先端は尖り、運動力学上、最も対象を破壊しやすぐ特化する。
後の先とも言うべき、超高速の魔術展開は、積み上げきた鍛錬による技能向上と、超能力者と対峙した緊張によって、アーカム史上最速を記録する。
「無駄だと理解ができないのかね。非科学的な者たちだ」
ラインハルトは微動だにしない。
アーカムには理由がわかる。二人の間に目には見えないが超高密度のサイコキネシスのバリアが展開されているのだ。ゆえにラインハルトは回避行動を取る必要がないのである。
アーカムの放った絶凍の砲弾は超高密度の念動力の力場を砕き、破り、貫通する。ラインハルトは着弾までのごくわずかな時間に驚愕に目を大きく見開いた。
「なんだこの攻撃能力は━━ッ」
砲弾は命中、氷の大輪が咲き誇る。
超粒子運動を阻害する極低温と共に、巨大な破壊が訪れた。
サイコアーマーに致命的なダメージを与えられ、超能力によって空間固定されていたラインハルトの巨体は、容易く吹っ飛ばされてしまった。
「言わなかったか。お前を滅ぼす者だと」
アーカムは白い息を吐きながら、ボソリと溢した。
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