ウルト・ソリス

 アーカムは首を傾けて上を見上げる。

 巨大な湿った影が転がるランタンを光源に照らし出されている。


「これは聖体……? ミズルさん、一体何が起こってるんですか」

「私にわかるものか。とにかく動き出そうとしているのは間違いない」

「キサラギは理由を知っているかもしれません」

「「え?」」

「先ほど義眼の老人が『狩人どもめ……大人しくやられて、たまる、か……』と言いながら、あの黒い湿った巨人に接触し、何らかの魔術を使って融合していました、とキサラギは報告します」


 キサラギは丁寧に声真似をして、白身の表情でアーカムとミズルへ情報を共有する。


「キサラギちゃん、ちょっとだけ報告遅かったかなぁ」

「キサラギは兄様とアリスの再会の瞬間を邪魔したくありませんでした」

「俺のたちのためだったの。うん、その気持ちはありがとう」


 アーカムは「さてと」と動き出そうとしている黒い巨人へ向き直る。


「キサラギちゃん、ちょっとアリスをお願いします」


 キサラギはアリスを受け取る。

 

「キサラギさん、また会いましたね」

「お久しぶりです、アリス。でも、いいですか、キサラギはもう三姉妹の長女ですよ。序列はしっかりしておきましょう、と先制で釘を刺しておきます」

「お兄様、キサラギさんが何を言ってるかアリスにはわかりません。説明を求めます」

「ちょっと二人とも静かにしててね。ミズルさん、あれを無力化しても構いませんか」


 ミズルは険しい顔をする。


「アルドレア、お前さっきから大魔術を連続で使用しているが大丈夫か?」

「問題ありませんよ。魔力量には自信があるので」


 アーカムはウェイリアスの杖に手を置き、巨大な黒影を見上げる。


「アルドレア……? アルドレア、だと……!」


 広々とした空間全体を震わせる大声が響き渡った。

 凄まじい振動に洞窟が崩れそうになる。


「そうか! 貴様が、あのアーカム・アルドレア……! 先の戦争で、英雄だのと謳われていた、あの、アーカム・アルドレア、かぁぁ!」

「聖体との融合。闇の魔術に属する神秘か。その不浄の連鎖、ここで止めておこうか」

「ふざけ、るな、貴様ら如きに何ができる! これは本物の、正真正銘のいにしえの時代を生きた巨人だぞ、狩人如きにどうこうされるものか!」


 黒い影は地面に寝たまま、片腕を大きく振り上げた。

 ミズルは杖に手を置き「アルドレア!」と急かす。


 アーカムは火の魔力と水の魔力を高度に操作することで元素を抽出し、核融合反応を誘発させる。最も操作性に優れる風の魔力でもって超高気圧を外側から内側へかけることで密封し、極めてエネルギー量の高い魔力の凝縮体を作り出す。


 擬似太陽魔術ソリス。

 アーカムの生み出したオリジナルスペルは、かつては練度ゆえに《イルト・ウィンダ》《イルト・ウォーラ》《イルト・ファイナ》の三式魔術の合体でしか繰り出すことができなかった。

 しかし今、彼の果てしない才能によって、ソリスを構成する2属性で四式魔術式が集まっていた。ウィーブルの五角、炎剣の使い手火の賢者ララより学んだ《イルト・ファイナ》、狩人ミズルよりこっそり学んだ《イルト・ウォーラ》。


 四式魔術を採用することで同じ魔力量をこめた際の現象の威力は格段に上昇する。それはもう三式魔術のオリジナルスペルではない。その先に辿り着いた。


「━━《ウルト・ソリス》」


 アーカムは震える手で押さえ込んでいた魔力の超凝縮体を発射した。

 とてつもない速度で放たれ、巨人の腕が振り下ろされるよりも先に着弾。

 アーカムは手のひらをバッと大きく開く。


「なんだこの魔術は、この魔力量は……っ! アーカム・アルドレア、貴様!」

「過剰火力とばかり思ってたが、でかい的にはちょうどいい」

「滅ぶ、滅んでしまう、だめだ、だめだ! こんなところで、終われない、我々の探求は、終われないいぃいいいッ!!」

「いいや、ここでお前たちはおしまいだ。━━砕けろ、太陽」


 アーカムは呟き、手のひらをぎゅっと閉じた。

 直後、暗い洞窟内に巨大な光源が出現し、全てを真っ白に照らした。

 暗黒のなかに太陽が出現した。


「アルドレア、お前、どこまで……!」

「お兄様、流石です」


 大爆発が起こり、轟音と衝撃波が駆け抜ける。

 粉塵が盛大に巻き上がり、視界を一気に覆い隠す。


 全てが収まる。

 アーカムは天井を見上げる。

 直感から空間に致命的なダメージが入らないことはわかっていたが、それでも地下空間で大爆発を自ら誘発させるのはドキドキするものだった。


「お前は素晴らしい狩人だな」

「ありがとうございます」


 アーカムはミズルの声の方へ視線を向ける。

 黒い巨人の上半身が失われた遺骸が横になっている。ミズルはその傍に立っている、周囲には黒い大きな残骸が飛散している。地面に残る赤く熱り溶解した地面が、アーカムの行った攻撃の凄まじさを物語っていた。


「義眼のウィーブルめ、どうやらいくつかのプランを用意していたらしいな。きっと当初の予定では、聖体との結合なぞ望むものではなかったに違いないが……まあいい、聖体もウィーブルもこれで始末できた。この上ない戦果だ」

「これでミズルさんの任務も完了ですか?」

「ひとまずはな。ありがとう、アルドレア、お前がいなければこれほどの結末には辿り着けなかっただろう」


 ミズルは満足げにうんうんっとうなづく。


 ━━パチパチパチパチ


 鷹揚に打ち鳴らされる拍手の音。

 どこからともなく響いてくる。


「お見事だ、協会の狩人たちよ。賞賛に値する」


 演技がかったよく通る男の声が、土埃の向こうから聞こえてくる。

 皆の視線がそちらへ集中した。土埃が不自然に、見えざる力で払い除けられ、ブワーッと左右に裂けた。


 土埃の向こうから豪奢な格好の大きな男がやってくる。

 黒い背広に黄金の刺繍が入った、荘厳な雰囲気の初老だ。

 軽く持ち上げられた手のなかでは、クルミのような形状とサイズをした、奇妙な鉄のオブジェクトが3つほどくるくる回っている。

 最も言及するべきは、彼がわずかに地面から浮いていることだ。


 アーカムの夜空の瞳は魔力の流れを明瞭に捉える。

 数々の経験・相手の魔力の流れから、それがこの世界の魔術的技術体系からは逸脱した類いのものであるとすぐにわかった。


「しかし、全ては徒労に終わる。宇宙の前では君たちはちっぽけすぎる」


 初老の男は厳格な声で言った。

 まるでそれが揺るぎない世界の法則を語るかのように。

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