神の墓

 危険思想を持つウィーブル学派を倒す必要がある。

 その旨をアディたちへ伝えた。


「アリスはイカれた魔術師どもに捕まってるっていうのか」

「落ち着いてください、父様。大丈夫、必ず俺たちが助け出します」

「お兄ちゃん、エーラにできることはないの?」

「その気持ちで十分です。この先には何が待っているかわかりません。エーラたちにまで危険な目に遭って欲しくないんです」


 二人を説得するのは苦労したが、一応、納得はしてくれた。

 テラ、ニーヤン、アディ、エーラはウィーブル学派の探索拠点で俺たちの帰還を待ってもらうことにした。


 戦力的にテラは連れて行きたかったが、ここはダンジョンの中であり、また待機する場所もさっきまで敵対的勢力がいた場所なので、気持ち的にもテラには残ってもらうことにした。


 俺とキサラギはミズルと共に不穏な穴へと降りる。

 探索拠点にウィーブル学派の使っていたランタンがあったので、それを拝借して俺たちは暗闇を照らした。松明より安定した光源であり、また魔導具『火種』の役割もあるらしく火力が高い。先ほどの火の賢者も使っていたやつだ。


 神の墓は薄気味悪い、不快で不衛生な空間だった。

 全体的に湿っており、洞窟の中なのにうっすらと青白い霧が立ち込めている。

 通路は狭くなったり、広くなったりと落ち着きがなく、壁からは気の根っこが露出している。土肌が見えるせいで、腐敗した遺体が埋まっているのも視界にたびたび映った。恐るべきは人骨も腐敗した遺体も微かにうごめていることである。


 土肌の洞窟通路を抜けるとたまに人工的な部屋に出たりもした。

 石レンガで壁も床も天井も覆われ、柱によって支えられている大きな空間だ。

 錆びた汚らしい鉄の柵なども随所に見つけられ、文明的な者たちが、この空間を建築したことには疑いはなかった。


「古い時代があった。神の時代だ。墓には神秘が満ちている。当時生きていた人間たちはその神秘によって悠久を与えられた。神の墓とは亡者どもによって拡張が続けられている天然の迷宮ことだ。ほとんど異空間と化しているとも言われている。生きては帰れないかもな」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「アーカム・アルドレアでも恐怖を抱くのか」

「当然。ミズルさんは恐怖を感じないんですか」

「死ぬ覚悟をしている時にはなかなか死なないものだ。ふとした時、人は死ぬ。だから私は恐怖を絶やさないんだ。覚悟を忘れたら本当に死に追いつかれてしまうからな……ん」


 ミズルが足を止める。

 石レンガで建築された空間の奥。

 カンカンっと打ち鳴らされる音が聞こえて来た。

 彼女は唇に指をたて、静かにというジェスチャーをする。

 音を頼りに歩くと、骨と皮だけの亡者たちを発見した。

 ピッケルをひたすらに振り下ろして、壁に穴を掘っている。


「なんだ、学派員どもではないのか」

「亡者ですね」

「亡者は迷わず叩け」

「亡者、はですか?」

「学派員は容赦なく叩け、他に質問は」

「ないです」


 ミズルは「よし」と言い、腰の杖に手を添える。


「水の女神よ、清涼なる神秘を与えたまへ」


 高速詠唱。一呼吸の間に詠唱を終える。近くにあった汚水の水だまりがバシャンっっと飛沫を上げて、水鉄砲を発射した。亡者たちはこちらへ振り返ることすらない。強力な攻撃は5人の亡者をまとめて砕いた。

 

「やつらは生ある者を食いに来る」

「キサラギはひとつ疑問を抱きました」

「言ってみろ」

「キサラギちゃん、静かにしててくれますかね」


 俺の直感は告げている。

 キサラギは自分が亡者にとって生きている判定なのか、生きていない判定なのか気になってしまったのだと。


「遠慮なく聞いてくれて構わないが」

「いえ、キサラギちゃんはたまにおかしなことを言い出すので、どうかお気になさらず」


 キサラギをグイッと引っ張って耳打ちする。


「説明が面倒なので静かにしててください」

「了解しました。キサラギはキサラギの抱いた疑問をさりげなく、静かに検証することにします」


 ライトグリーンの瞳がキリッとする。

 あんまり信用ならないけど、信用してあげるほかない。

 

「こちらは亡者が活動していた。おそらくウィーブル学派は通っていない道だ」

「墓の亡者たちはウィーブル学派にとっても脅威なんですか」

「墓への侵入者全てに対して攻撃的な様相を見せる」

「なるほど。どうりで奴らはあれほどの数の用心棒をつれているわけですね」

 

 ウィーブル学派を追いかけるには、亡者のいない方へ進めば良いということになる。ミズル曰く墓は無限の広さを持っているため、来た道には道標をつけて置いて、しっかりと手がかりを持って進むことが大事とのことだった。


 いざとなれば直感でパワープレイできるが、おおよそ直感の消耗が激しいと思われる。なのでしっかりと氷の刃を壁に突き刺しておくことで帰り道をわかるようにしておいた。ここはうすら寒いくらいなので簡単に氷が溶けることはない。


「亡者が始末されている」

 

 俺たちは大量に横たわる遺骸がある部屋を見つけた。

 中には黒いローブを着た者たちの遺体もある。

 大規模な戦いの痕跡だ。


「死体は冷たい。時間は経っているが、この先で間違いなさそうだ」


 痕跡を頼りに俺たちは不気味な神の墓を進んだ。


『いる』

「います」


 俺は直感の言葉を口にする。

 ミズルは眉根を顰め、キサラギはじっと壁を見つめた。


「熱源探知。17名。ウィーブル学派の者と推測しました。身長からアリスの存在は確認できません」


 索敵の結果、曲がり角、2つ向こうの、直線距離20mに一派がいるとわかった。場所がわかればこちらのものだ。

 俺はウェイリアスの杖に手をおいて、風属性式魔術を行使する。

 風は不定形ゆえにコントロールに優れる。直線上の攻撃能力なら氷属性に劣るが、曲がり角の狙撃を行うならこちらが最適だ。実績もある。


「アルドレア、お前、風属性も扱えるのか……」


 ミズルは目を丸くする。

 先ほど氷は見せているので、俺の適性を氷だと思っていたのだろう。


「一応、火と水も専門です」

「……」

「そんな顔しないで。ほら、少し下がっててください」


 俺は風を圧縮し、槍の形状にし放った。

 2秒後。曲がり角の向こう側で爆発音が聞こえ、墓が少し揺れた。


 現場に足を運ぶと、衝撃波に叩かれ、うめいている者たちが散乱していた。

 

「何人かだけ生かせばいい。残りは案内人に使おうか」

「その必要はないかもしれません」

「なんだと?」


 ミズルの言葉を遮ったのには理由がある。

 俺は道の先へ視線をやった。

 石レンガからなる地下通路、その先に黒鉄の頑丈そうな扉がある。

 扉は開け放たれ、奥へいくつかの足跡と血痕が続いている。


『ウィーブル学派は目的の物をすでに見つけたようだ』

「この先に聖体が? この血痕は?」

『急いだほうがいいかもしれない』

「近づいている……? わからない。黙るのかお前……? ──先に進みましょう」

「お前の兄は独り言の多い奴だな」

「天才とは病的なものです。少し頭がおかしいくらいが天才っぽくてカッコいいとキサラギは民意から主張します」


 ランタンを高く掲げ、足早に先へ進んだ。

 扉の先はしばらく細い通路が続いた。

 駆け足だったが、すぐに俺は足を止めた。


 背後の2人へ目配せし、マナスーツを狩猟モードへ移行する。

 俺はランタンを放り投げた。投げる前に大量の魔力を注がれたランタンは大爆発を起こす。火属性四式魔術を行使し、爆炎で闇を照らす。


 闇が焼かれ、同時に影が急接近してきた。

 白い毛をたずさえた獣、否、手足がある。獣人だ。


「見えてなかったよなあ!?」


 振り抜かれる剣。

 アマゾディアを斜めに合わせて受け流す。

 

「白狼のロレンスか」

「ちがうって言ったら」

「そうだろうが」

『絶対そうだ!』


 続く二連撃をアマゾディアで弾く。速い。

 狩猟モードについてくる。こいつさっきのよりずっと……。


「上手いじゃねえか!」

「お前はリスクがあるな」


 俺はロレンスの剣を鍔迫り合いで受け止める。

 空気を焦がす炎はまだ残っている。

 火を触媒として定義し、魔力を込め、さっき修得した剣の魔術で浮遊する炎剣を3本つくりだし、ロレンスの背後から放った。

 完全なタイミング。真正面からの不意打ち。


「てめえッ!」


 しかし、ロレンスは咄嗟に剣を押し込んで俺をふっとばすと、押し出した反作用で自分は大きく身をのけぞらせた。


 そこへ水の魔力が弾丸となって放たれた。

 俺のファーストセッションは十分な時間を稼いだ。

 ゆえにミズルの攻撃体勢が整った。


 弾丸は速さにウェイトを置かれて放たれていた。

 ロレンスは剣を横にして、鎧圧をまとわせてガードする。

 防いだ。上手すぎる。こいつ五段剣士だ。確信する。

 そして安堵する。手数はこちらが上回っていたことに。


「キサラギすらーっしゅ」

「ッ!?」


 俺の影からキサラギが飛びだし、ロレンスへ斬りかかる。

 ロレンスは剣を振ろうとする。だがミズルの隙間を埋めるような射撃がそれを許さない。


「クソがああ!」


 結果、キサラギの高周波ブレードというもっとも回避しなければいけない攻撃へ対処できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る