相棒になる覚悟

「キサラギ?」


 キサラギは声を発さず、身動きもしない。

 これはスリープモード? 


「数日前からこの感じ。アーカムにこれを渡すようにって」


 アンナはノートを一冊渡してくる。

 キサラギはスリープモードに入る前に指示書を残したらしい。

 

 ノートの書かれた内容は要約すれば「エネルギーがギリギリなので寝ます」「修復に必要な素材を調達してください」「素材さえあればクラフトして自分で直します」ということであった。

 絶滅指導者にマナニウム電池をぶっ壊され、胸に穴を開けられてしまっている。

 どれほどの修理が必要になるかは想像もつかない。


 とりあえず必要な素材自体はわかる。

 素材のレベルが銅、鋼、金、ネオジウム、コバルト、タングステンなど、元素レベルで書かれている。

 半導体だの、高性能モーターだの書かれていたら俺じゃ無理だが、元素ならあるいはなんとかなるかもしれない。キサラギは全部計算済みで指示書を残してくれたのだろう。


「しかし、ネオジウムなんてどこで手に入れるか……」

『クルクマに戻るのだ! あそこにすべてがそろっている!』


 あぁ、なるほど。確かに”あそこ”ならイケる。


「どう、アーカム、キサラギは直るの?」

「まだなんとも。でも、希望はあります。必ず直して見せます」

「アーカムくんって頭がいいんだね、本当にね。そんな未知の、訳の分からない絡繰りを直せるなんて。戦うより技術者のほうが向いてると思うけど」

「お姉ちゃんの戯言は気にしないで。行こう」

「ああ、いますぐに直せるって分けじゃないんです。ちょっと行かなきゃいけない場所があって」


 事情を説明して、クルクマに行く必要があると伝えた。


「エレナさん、アンナをまたしばらく借りてもいいですか」

「ん? 普通にだめだけど?」

「……」

「って言ったらどうする?

「それでも借りて行きます」

「強情だね、本当に君は。でも、そういうところが可愛いかも」


 エレナはベッドの上で足をパタパタさせながら「うーん」と考えるそぶりを見せる。


「狩人はさ、二人一組で任務にあたることが多いんだよね。中にはひとりを好むやつもいるけど、最初はひとりじゃどうやっても死ぬから、怪物1体を2人で倒す。だからみんな相棒を持つんだ」

「お姉ちゃん、私の相棒はアーカムだって言ったよね?」

「うんん、アンナちゃんの世話はお姉ちゃんがしたいんだぁ。だって、アーカムくん、弱いじゃん」


 この人は思ったことをすぐに言う。


「アーカムくんなんかに任せてたら私の大事な妹が死んじゃうよ。弱すぎて話にならないもん。ね、そうでしょ、アーカムくん弱いもんね」

「だったら、証明すればいいんでしょう」


 俺はウェイリアスの杖に手をそっと置く。

 直後、俺の視界は反転していた。

 膝から崩れ落ちたらしいとわかったのは倒れたあとのことだった。

 

 直観で攻撃されるとわかってるのに、挙動も魔眼で見えてるのに、反応ができない……。つま先で撫でられるように顎を打ち抜かれた。


 アンナがエレナに殴りかかるが、一発交わされて、強烈な肘を顎へ、横から叩きこまれてしまう。糸の切れた人形のように倒れてしまう。あのアンナをしてこの様だ。


「うっ、お、お姉ちゃん……ッ」

「ふたりとも、よわ」

「まじで、性格悪いですね、エレナさん」

 

 アンナも大概だったが、彼女のそれは純粋の類だ。

 エレナの性悪は悪意を持って行われるものである。

 姉妹なのに性質が違う。


「アーカムくんが私に勝てたらエレナの相棒になっていいよ」

「……わかりました、勝つまで挑ませてください」

「うーん、ダメ。もし次、私に挑むなら剣で頭を叩き落とすつもりだから、その覚悟をしてきてね」


 無理じゃん。

 俺が返す言葉を失っていると、エレナは無邪気な笑顔をうかべた。

 目端に涙を浮かべて笑っている。


「あはは、そんな怒らないでよ。冗談だってば。アンナちゃんもまた殴りかかろうとタイミングを計らなくていいよ。私は良い人だからね。本当にね。だからさ悪い人を見る目で見てほしくないなぁ」


 俺とアンナはふらふらと立ちあがる。

 

「アンナちゃんには強い相棒と組んで欲しいと思っているのは本音だよ。いまのアーカムくんは忖度なしに判断しても、狩人のなかじゃ中の下。5回任務に出たら50%くらいの確率で死体になってるかな。だからさ、いまのままじゃ相棒になってほしくない」


 エレナは冷たい声で言った。

 眼差しには冗談の色などまるでない。

 ただ静かに俺の闘争者の評価を述べている。

 

「でも、いいよ、アーカムくんはアンナちゃんの相棒にもっとも相応しいのも事実だしね」

「どっちなんですか……」

「言ってることめちゃくちゃだよ。それで無意味にアーカムのこと蹴ったの?」

「アヴォンがそうしてたからね。レザージャック流の教育方針なのかと思ってさ」

「師匠はそんな酷い事しなかったよ、お姉ちゃん」


 アンナさん、それは嘘かもしれません。

 あの人も大概暴力じじいの面はありましたよ。


「アーカムくんの良いところはね、いろいろあるよ。ひとつ目、流行が味方してる。狩人協会は剣士と魔術師を組ませたい時期なんだよ。レザージャックの爺さんの残した論理をようやく真面目に審議しはじめたってことだね。ふたつ目は、見えないんだ。どういう強さにたどり着くのか。最終形態っていうのかな。私はさ、嫌なようだけど、だいたいの剣士はどこまで強くなるかなんて見ればわかるんだよ。魔術は専門じゃないけど、そいつにセンスがあるかどうかわかる。アーカムくんには底知れぬものを感じる。だから面白い。アンナちゃんの相棒”魔術師部門”ならまあ、全狩人中でも上位だよ。もっとも魔術師の狩人なんて珍しすぎて競争率クソ低いんだけど」


 エレナは饒舌に語り、俺の肩に手を置いて、耳打ちしてくる。


「アンナちゃんが死んだら私が君を殺すね」


 エレナは肩をぽんぽんっと叩いて部屋を出ていく。

 

「お姉ちゃんはなんて」

「……死ぬ気で頑張れって激励されました」

「絶対に嘘じゃん」


 妹大好きなのは微笑ましいが、なんというか、尊さよりも恐怖が勝つね。


 俺はアンナと今後の旅の予定を話し合い、部屋をあとにした。

 外に出れば日が落ち始めて、薄暗くなっていた。


 今夜はエフィーリアに夕食へ招待されている。

 俺に会いたがっている者たちがいるのだとか。

 

 ただ、まだしばらく時間がある。

 それにもうひとつ予定も入っている。

 

 アンナの宿屋から向かうのは酒場だ。

 会っておかないといけない人がいる。

 酒場の奥の席へ足を向け、目的の人物を発見した。

 銀髪オールバックの男が酒を静かに嗜んでいた。

 

 アヴォン・グッドマン。

 はっきり言ってエレナより倍しんどい人だ。

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