ラカル村にばいばい
「王ってジョブレス王でしょうか?」
「いかにも。アルドレアの卓越した超魔術の力で助けられたという王族軍の兵士がたくさんいます。そして、何より王都での事件を我々は聞き及んでいます」
クーデターの件か。
「アルドレア殿はこの戦争においてもうひとつの戦場となった王城において大きな働きをしたと聞いています。他ならぬエフィーリア王女の言で」
「エフィーリア王女殿下……あの方はご無事なんですか?」
「ええ、ご無事ですとも。城は相当に荒れ果てた様子らしいですが……狩人協会から説明を受けていますから、敵の規模を考えれば城が崩落しただけで済んだと喜ぶべきですね」
エフィーリアも無事だったか。
俺は絶滅指導者にワンパンされたあとそのまま気絶しちゃってたから、あの戦いのことはよく知らないんだよな。まさか城が崩落していたなんて。絶滅指導者が力を振るうだけで桁違いの被害がでるのだと改めて実感させられる。
そんなこんなでテンタクルズは俺にドレディヌスの町への召喚に応じるように言って来た。戦場よりほど近いその町に王族軍は集められつつあり、王と王子、王女もまたかの地にいるのだと言う。
俺はすぐに召喚に応じたい旨を伝え、そのうえでエヴァのことを話した。
「なんと、エヴァリーン殿もご無事でしたか。それは素晴らしい報告です。キンドロ殿もきっとお喜びになられる」
キンドロ領の領地貴族。俺のじいちゃんね。
なんだかんだ会ったことないんだよなぁ。エヴァとは不仲だって話は知ってるし。
ドレディヌスに行けばいろいろと物事が進みそうである。
「アーク、ここにいるの?」
エヴァが村長の家にやってくる。
寝てるように言っておいたのに、この人も言う事聞かない人だなぁ。
まあ、おかげで呼びに行く手間が省けたけど。
「っ、テンタクルズ殿、本当にいらっしゃったのですね」
エヴァは相手のことを認識するなり、キリッと騎士の顔になった。
「エヴァリーン殿、ご無事そうで……」
テンタクルズは傷だらけのエヴァを見て、やや言葉尻をすぼめる。
「戦場での猛き活躍、聞き及んでいます。あなたの勇敢な戦いは皆を勇気づけた」
すぐに賞賛のことばにすげ替えた。やるな。
「傷が深そうですね、治癒霊薬は使われましたか?」
「いえ、それが、戦場から命から逃れてきたものですから」
「そうでしょう、辺境の村では治癒霊薬などを見つけるのは難しかったでしょう」
治癒霊薬、回復ポーション。
錬金術師が調合することで得られる品だ。
主には冒険者や騎士団などでしか使われない。あとは貴族の家庭科か。
元々、高価なうえに効き目のよいものはなお値が張る。
全治数カ月の怪我が10日程度で回復するくらいには効果はあり、高いポーションなら飲んで寝て起きれば、大きな傷口がふさがっていることもある。
もしポーションがあればエヴァに使いたかったのだが……。
「我々の荷物のなかに支援物資の一部を積んできています。ポーションもあります」
テンタクルズはエヴァにポーションを分けてくれた。
これでもう安心だ。
7日後。
エヴァの重症もすでに傷跡になって、彼女はすっかり回復していた。
テンタクルズらはすでにさらなる行方不明者を探して馬を走らせて行ってしまった。
俺とエヴァは歩いてドレディヌスへ向かう予定だ。
戦場で拾った馬がいるが、こいつはお世話になったお礼にラカル村にあげることにした。ドレディヌスはさほど遠い町ではないので馬がいなくても平気だからね。
「アーカム様、行っちゃうんですか?」
「ずっと村にいればいいのに」
「アーカムさま……」
ラカルで20日ばかりを共にした俺と同い年くらいの少年少女らは、寂しそうに言ってくれた。
「僕の生家はクルクマです。ここからなら5日、6日程度でたどり着けます。僕はいつだってそばにいますよ。だからほら泣かないで。旅立ちづらくなるじゃないですか」
涙ぐむ狩り人衆の村娘のひとりをなだめる。
はじめ突っかかって来た少女だ。
「狩りの腕を競ったライバルでしょう? 次会ったらまた勝負しましょう」
言って我がライバルと握手をかわす。
「そうだ、これ。あげますよ」
俺はポケットからペンダントを取りだす。
水色の透き通った結晶があしらわれた美しい品だ。
村の日々、仕事で忙しかったが、暇な時間も多かった。
なので俺は魔術の鍛錬をしている最中に、新しい技術を練習していた。
魔力結晶の形状を加工する技術である。
以前、アーケストレス魔術王国でゲンゼの業をコピーして魔力結晶を造り出せるようになったが、練度は未熟で、できあがった結晶はとげとげしく武骨な形状であった。もちろん世の中ではそれが一般的な標準的な形なので、まったく構わないし、エネルギー資源なので、形状は重要じゃない。
しかしながら、金属だったらインゴットを作るように、一定の製品としての規格があれば、貯蔵・運搬・取引もしやすいと思うもの。
魔力結晶100kgでズドーンっと倉庫に置いておくより、魔力結晶の延べ棒1kg×100本のほうがいろいろと便利だろうし。
将来的なことも見越して、俺は魔力結晶の形状をあとから加工して、変形させる術を練習した。
ペンダントは加工練習の副産物である。
なおポケットに同じのがあと20コくらい入ってるので、珍しいとかそういうことはない。
魔力結晶のペンダントを受け取ると、少女は頬を赤らめ、嬉しそうにぎゅっと握った。喜んでいるようでなにより。みんなも欲しがっているので配ってあげる。
「それじゃあ行きましょう、母様」
「恐ろしいわ、息子が気が付かないうちに天然ジゴロになっているなんて。どこでそんなこと覚えたの……? いったいどれだけの女の子を泣かしてきたの……?」
エヴァは迫真の表情でたずねてきた。
女の子はそんなに泣かせてきてはないと思われる。
まあ俺も昔比べればずいぶんと大人になったのだけどね、フッ。
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