絶望の再臨


 転移の魔術。そんなものが実在するのか疑問は尽きない。

 複数人が証言しているので嘘じゃないとは思う。

 でも、存在を認めるとしたら凄い魔術だ。

 なにせ俺は転移など聞いたこともないのだから。

 ああ……まあ、事故として何かと転移は経験はしているか。


「エフィーリア王女殿下、転移の魔術なんてあるんですか?」

「古い伝説ではたしかにそう言ったものを使った魔法使いがいるとされていますが、どうでしょう、わたくしでは理論も扱えそうな魔術師もまるで見当がつかない領域です」

「アーカムは使えるよ、たぶん」

「こら、アンナ、あんまり適当なこと言わないでください」


 使える訳ないでしょ。

 

「転移の魔術……そんなものを行える魔術師が貴族派にいるとしたら何かまだ恐ろしいことを企んでいるかもしませんわ。警戒を続けましょう」


 エフィーリアの言はもっともだ。

 とはいえ、俺としてはあの男の妙な発言はひっかかる。

 赤い大地。血の河。死と生の蔓延。地獄のような光景。


 それらの言葉が導き出す情景に俺は心当たりがある。

 俺はそれを知っているのだ。

 それを考えるだけで、指先が震えて、冷たくなっていく気すらする。

 その先を考えることを生理的現象として拒否しているかのようだ。

 

 だが、逃げてはいけない。

 ああ、考えるほどにそれは明確な風景として蘇る。

 身の毛もよだつ悪寒が背筋をスーッとなぞる。

 冷汗が止まらない。喉が急速に乾いて張り付く。


 そうか。

 あの時の情景か。

 ということは……


「……まさか」

「アーカム?」


 直観の叫ぶままに、俺はアンナを押しのけ、玉座の間を走った。

 嫌な予感は打ち鳴らす鐘のようにうるさく、心臓が跳ね上がりそうなほど鼓動ははやく刻まれる。


 ストームヴィルの遺体を探し、視界にとらえる。

 その傍らに人影がしゃがみこんでいた。

 茶色い外套にハットをかぶった洒落た服装の男。

 明らかに騎士ではない。王城にもいるのも不自然な風貌だ。


 その男はストームヴィルの傷口を指で撫で、血を舌で舐める。


「すこし目を離していただけなのに。人間とはかくも脆い。これではなんためにわざわざ我が血界を解き放ったのかわからなんだ」


 言って男はたちあがり、こちらへふりかえる。

 ハットの影からのぞく眼差しは恐ろしい深紅に輝いていた。


「だが、想像を絶する収穫も時にはある。まさか生きていたとは。アーカム・アルドレアよ」


 名を呼ばれた瞬間、全身が恐怖に震え、逃げろと告げて来た。

 生物としての生まれ持った差が絶望的だと理性ではなく本能が知っている。

 

 まさか、こんなところで出会ったしまうなんて。

 二度と会いたくなかった、悪夢のような絶滅指導者に。

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