幕間:首席エルフと不穏な情勢



 アディフランツという男は若き日、天才に憧れ、彼らとの人脈づくりに時間を費やしたことがあった。

 レとレシア魔法魔術大学は世界屈指の名門魔法学校といういうだけあって、多くの偉人たちが生まれ、いまも魔法界で卒業生たちが多数活躍している。

 アディフランツは王都に来るたびにそうしたかつての憧れであり、いまはもう諦めてしまった領域の者たちの顔を拝むことにしていた。


 宮廷魔術師スフィア・ラートもまた、アディフランツにとっての英雄のひとりだった。


「久しぶり。元気にしてたか、スフィア」

「はぁ、わざわざ会いに王都まで来るなんて。未だに私のことが好きで好きでたまらないのね。なんて身の程知らずで憐れな男なのかしら……」


 言って、悲しげにスフィアは力なく首を横に振る。

 緑の長髪をしたエルフ族のこの女性は美しく、聡明で、高飛車であった。

 ローレシア魔法魔術大学を首席で卒業し、常にその才能を遺憾なく発揮してきた

彼女にとってヘラヘラして厄介ファンのようにいつも付いて来た若き日のアディフランツ青年は、腐れ縁の仲である。

 どういう訳かいっしょに冒険者パーティを組み、なんの間違いか、1年ほど交際をしたり……なにかと付き合いの長いふたりだ。


 今日はそんな憐れな男が王都に来ていると、これまた学生時代の友人オズワール・オザワ・オズレより聞き及び、王城前の貴族御用達の格式ある喫茶で、茶くらいなら一緒に飲んでやっても構わないと、スフィアは城を出て来たのである。


「いや、俺はもう結婚してるからさ。あれ、でも、たしかスフィアさんはまだ──熱ッ?!」


 淹れたての茶をぶっかけられ死にかけるアディフランツ。

 スフィアは何でもないように新しい紅茶をポットから注いでいる。


「お、恐ろしいエルフだな……っ、森の教えはどうしたんだ、あまねく生物に優しく、だろ?」

「その生物のなかにあなたは入っていないわよ、アディ。あなたは木っ端。木くず。学生時代からそうだったようにね」

「そんな口悪いから結婚相手見つからないんじゃ──熱ちゃああッ!!?」

「どうやら茹でガニのように真っ赤にならないと学習できないようね」

「す、すみません……勘弁してほしいです……」


 アディフランツは必死になって服をパタパタ冷ます。


 ソフィア・ラートは昔から今までずっと変わらない。

 性格も、言動も、見た目も。


「エルフはいいなぁ」

「エルフの女だったら誰でもよかったんだぞ。俺はお前を好きだったわけじゃないって遠回しの嫌味のつもり?」

「深読みしすぎだって。ソフィアは全然変わんないからさ」

「いろいろ変わったわよ。すこし前に宮廷魔術師になったもの」

「え? そうなの? すご……」


 宮廷魔術師と言えば、エリート魔術師のなかでもとりたてて優れたもにしか至れない最高の職のひとつだ。

 宮廷魔術師となれば一族は騎士貴族の家系となれるし、魔術協会の上層とも繋がれる。とりわけ、ローレシア魔法王国の宮廷魔術師は隣国の魔法魔術の起源といわれるアーケストレス魔術王国にも名を認められ、賓客として招かれることもある。


「きゅ、宮廷魔術師ってなにするんだ?」


 まさか元カノが大出世していると思わず、アディフランツは緊張感を取り戻す。

 

「いまは10人の宮廷魔術師がいるけれど、そのなかで唯一のエフィーリア王女付きの魔術講師をしているわ」

「王女付き魔術行使? なあ、いまから俺たちやり直さないか?」

「ふふ、なにバカなこと言ってるの。エヴァに斬られる覚悟をしてからいいなさいよ」


 アディフランツの冗談を鼻で笑って受け流すソフィア。

 

「ああ、そういえば、あんたと違って素晴らしい才能を待ったって言うあの子……残念だったわね」

「アーカムは精一杯生きたよ。あいつは一時も休まなかった。常に全力で……きっと、ベストを尽くしたんだと思う」


 アーカムの話を挟むとなんだか塩らしい雰囲気になった。


「もし知っていたらで構わないのだけれど、あなたのとこのキンドロは最近どうかしら」

「どう? どうってなんだよ」

「そうね。直接に言えば──国家転覆とか狙ってない?」

「はあ? 国家転覆って……エヴァのお父さん、そういう感じの人じゃないだろ。というか、いきなりなにを突拍子もないことを」

「いえ、意外と思うかもしれないけど、これはまじめな話よ。思い出してもみて、まさしくあなたは当事者のようなものだったじゃない」

「当事者?」


 アディフランツは記憶を遡る。

 はて、なにか国家転覆に関わるような重大なことがあっただろうか。


「あ……エフィーリア王女……うちに立ち寄った理由、暗殺未遂事件のせいだったな……」

「ええ。そうよ。あなたの息子さんが救ったエフィーリア王女の命。実は王都に帰還したのちの6年間で5回も暗殺されかけているのよ」

「そんなに? 何者かが積極的にに動いてるってことか?」

「大方予想がついているのだけどね」

「じゃあ、さっさと犯人締め上げればいいじゃないか」

「そうもいかないのよ。相手があの大貴族ポロスコフィン領地貴族さまではね」

「ポロスコフィン卿が暗殺を?」

「おそらく、だけど。アディたちも一応貴族の端くれみたいなのなんだから、あんまり軽々とは口にしない方がいいわよ。どこの誰が”あっち側”かわからないのだから」

「そうするよ、気を付ける。しかし、物騒だな。どうしてその……王女暗殺なんかを?」

「『奴隷取引に関する人間法』……16年前、奴隷に関するあらゆる取引を規制することを大国間で同意した人間族間での普遍の法、でも、実態はほとんど意味のないものだったわ。奴隷はいまも上手く隠蔽された闇のなかにたくさんいるし、現にレトレシアでは元・奴隷、その子供は入学できないようになってる。エフィーリア王女はこの問題に対処している第一人者よ。奴隷受け入れ派リーダーとも言えるかしら」

「王女が狙う理由は貴族派にとってはありすぎるほどにある、ってわけか……」


 アディフランツはかつてを思い出す。

 迫害の末にクルクマに逃げて来た暗黒の末裔の少女を。

 彼女にとった自分の行動を。


 問題の本質は同じであるように思えていた。

 

「なにか俺にできないかな?」

「辺境のクソ雑魚お貴族に?」

「いや、口悪……」

「ないわよ。なにもないわ。ただ、敵にならないでくれればそれでいいわ。……ここだけの話、きっと近いうちに動きがあると思う」

「動き、か」

「ここ何年も貴族たちの力が強い時代が続いてるわ。王家の威光は水面下で弱まりつつある。王族派のキンドロ領で吸血鬼が暴れてくれたのも王家の力を削ぐのに好都合に働いてる。このままじゃ、国家の分裂も時間の問題。エフィーリア王女が暗殺されかけてて、なにもできないのも、貴族派筆頭のポロスコフィン卿を糾弾しようにも、その配下にいる貴族たちの集結した力が大きすぎるからなの。でも、国王さまもこのまま黙って見ていることはできない」

「…………それって、もしかして」

「思ってる通りよ」

「動きって……戦かよ」


 アディフランツは青ざめた顔をして頭を抱えた。


「勘弁してくれ、ようやく再生しようとしてるのに……戦になったら、エヴァも、俺も出兵しないといけないってのか?」

「その時が来たら諦めなさい。貴族の務めを果たす時が来たってね。心の準備が出来ているだけ、あなたは恵まれているわよ」

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