もう一度、ふたりで
「そうですか。ノーラン・カンピオフォルクスは絞首刑が決まったと」
ゲンゼはホッと胸を撫でおろした。
これで彼女がこの数日間抱えていた巨大な不安はなくなることだろう。
「これからの魔力結晶を取り巻く主導権は随時エメラルド家とクリスタ家が引きついて行くことになると思います。両家とも失われた力が戻るので、とても喜んでいましたよ」
俺はゲンゼに契約書を見せる。
「暗黒の末裔たちと両家との魔力結晶の取引にはアルドレアが名義上の仲介をすることになります。暗黒の末裔たちはいままで通り、魔力結晶をつくるとそれはアルドレア家へ売られ、アルドレアはエメラルド家へ商品を流します。エメラルドのマチルダ婆さんは、気難しい老人ですけど話はわかります。フバルルトも形式上、僕が説得したら、一応のOKはもらえました」
「本当ですか? あのフバルルト・クリスタが?」
実際はそう簡単な話ではない。
二日ほどクリスタ家へ足を運んで、エメラルド家も交えて今後の流通経路やら、カンピオフォルクス家が残した商売ルートやらもろもろを話し合うなかで、フバルルトと暗黒の末裔の話をした。
フバルルトは厳格たる態度で「そこだけは譲れません。暗黒の末裔の魔力結晶はあつかいません」と俺の眼を見て言って来た。
ただ、書類をいくつか作成していくうちに契約書に不備があることがわかった。
というのも、フバルルトが作成した契約書では製造者としてアルドレア家の名がついた魔力結晶ならば、クリスタ家は取引を行えるようになっていたのだ。
いわば抜け道で、暗黒の末裔たちのつくった魔力結晶を「これはアルドレア産です」と言えば、クリスタは買ってくれると言っているのだ。
当然、フバルルトがそんな露骨に嘘つきロジックを許すとは思えないので、俺の直観はこれがフバルルトの譲歩だと判断した。
もし俺が「この契約書、大丈夫ですか? 俺、暗黒の末裔の魔力結晶のことアルドレア産として売りつけますけど?」など言おうものなら、フバルルトはわざとらしくハッとして見せて契約書を訂正するだろう。
俺が言及しなければ、このままにしてくれる。
つまり体裁的には、貴族家としては、やはり暗黒の末裔などと関わるつもりはないが、俺、つまりアルドレア家が多少のリスクを背負い、覚悟をするのなら、別に口うるさくはしないという意思表示であるのだ。
まこと貴族と言うのは面倒くさいものだ。
そんなこんなでアルドレア家は名前だけを貸し、魔力結晶の製造元としてこれからは魔術王国でひそかにじわじわと名を知られていくことになるだろう。
クリスト・カトレア王家へ出した手紙がブラスマント城に届けば、1年か、2年後くらいにはわんわん産魔力結晶も流通しだすはず。たぶん。きっと。
いや、してくれないと困るんだけどね。
フバルルトにはそういうことで話をつけているんだから、流石に「やっぱり無理でした」では、向こうもちゃぶ台返ししてくるだろうし。ぜひ、カイロさんたちわんわんには頑張ってもらいたい。最悪は俺が魔力結晶つくって「これはクリスト・カトレア産です」と嘘ついて売るけど、どこかで破綻する気がする……。
「アーカム……なにからなにまで、本当にありがとうございます。あなたのおかげでこの子たちは救われました。もちろん、わたしもです」
言ってゲンゼは「それで、ですね」と、改まった様子になった。
「アーカム、ひとつお願いがあるのです」
「なんですか。なんでも言ってください」
「暗黒の末裔たちをクルクマへ連れて行ってあげることはできますか?」
「みんなを、ですか?」
「はい」
ゲンゼは憂いのこもった眼差しで皆を見やる。
「わたしは怪物派遣公社に狙われる身です。これまではノーラン・カンピオフォルクスによってある意味、怪物派遣公社から隠されていましたが、もうそうはいかなくなりました。暗黒の末裔たちのコミュニティがあれば、必ず彼らは嗅ぎつける。そして、わたしのもとへやってきてしまうでしょう」
ゲンゼの白い手が俺の手を握る。
「だから、アーカム、わたしはまた逃げなくちゃいけないんです」
「また長い旅に……?」
「それが運命みたいです。だから、暗黒の末裔たちを、彼らのことを守ってあげられる人に託したいのです。アーカム、無理を言ってるのはわかっていますが、受けてくれますか……?」
俺はすぐに答えを返すことができなかった。
ゲンゼの蒼穹の眼差しをみつめかえす。
彼女は相変わらず悲しみのなかにいる。
悲観と諦観。決して未来に多くを求めず、むしろなにかを失う恐さから逃げるように、多くを持ち過ぎないように、これ以上、傷つかないように。
俺はかつての無謀な自分の勇気を褒めたたえたかった。
なにも知らないで「好きだ!」など、告白できていた頃の若き日の自分の奔放さがすごく羨ましかった。
簡単ではない。
背負う覚悟を必要とする。
苦難の道となるだろう、困難の連続が訪れるだろう。
だけど、希望はある。
悲しみのなか、すべてを諦めた彼女に、いまの俺ならば光の糸をたらし、ともすれば引き上げることができるかもしれない。
「ゲンゼ、僕はこれからローレシア魔法王国に戻って、狩人協会の協会員になるつもりです。師匠いわく狩人はすごくお金を稼ぐことができるらしいです」
「はい」
ゲンゼはちょっとぽかんとしながらも相槌を打つ。
ああ、違う、俺が言いたいのはこう言う事じゃない。
だめだ、言葉がうまくまとまらない。
「怪物派遣公社、きっと狩人が意識して戦っている組織のひとつだと思います。その公社にゲンゼが渡ることは、やつらの目的達成を進めることになりますよね。だから、狩人協会はきっとゲンゼを公社には渡したくないと思うんです」
「そうですね。彼らはわたしを器に恐ろしい儀式をするつもりらしいですから」
「ですよね。だから、その……僕がゲンゼを守ります。ゲンゼを公社の手には渡しません。狩人として、守り抜いてみせます」
「…………。あっ、もしかして、それは告白しているんですか?」
ゲンゼは驚いたような表情でたずねてくる。
顔がかぁーっと熱を持っていくのが自分でもわかる。
「ゲンゼに言われた通り、僕は大人になっていろいろと世界を見て回りました。女の子ともセックスしました」
「そんな報告聞きたくなかったですけど、全然、本当に聞きたくなかったのですけど……いま、恐ろしく恥ずかしいことを言っている自覚はありますか、アーカム……」
ゲンゼはムッとして怒った顔になり、頬を膨らませ、ふわふわの尻尾を抱きかかえ寄る辺ない感じでそわそわする、
「ゲンゼがもっと女の子を知れみたいなこと手紙に書いてたから……言った方がいいかなって……」
「セックスの報告をしろなんて言ってないです……」
「…………すみません」
「もういいです……あーもう、どうしてわたしがこんな変な気持ちにならなくちゃいけないんですか、アーカム」
「僕も変な気持ちなのでおあいこと言う事で。イーブンですよ」
「アーカムのは自業自得でしょう。わたしはとばっちりです」
「こほん。とにかく、ゲンゼ、僕は狩人として必ず、協会レベルでの保護を約束します。狩人協会に身辺警護されれば、怪物派遣公社もうかつには手を出してこれないでしょう?」
「成長してますます論法は小賢しくなりましたね……たしかに、アーカムの言うとうりな気がします……」
「なので、ゲンゼ、いっしょにいてくれますか……その、保護、的な意味でも、ほかの意味でも……」
ゲンゼは自分の尻尾の毛並みを撫でながら思案げな顔になる。
ふと、半眼になり、いたずらな表情になった。
「でも、セックスの報告してくる男性ですからねぇ……」
ダメだこれ。
一生からかわれてしまう気がする。
返す言葉もなく弱っていると、ゲンゼはくすりと微笑み「冗談ですよ」と、俺の手を握って来た。
「いいですよ……また一緒によろしくお願いします……その、やり直すという意味で、まずはお友達からお願いできますか? アーカムはわたしのことが好きで好きでどうしようもないかもですが……」
「いや、そんな達観されても……俺の純情、弄ばれてませんか」
「だって、告白してきたじゃないですか。わたしのこと大好きなんですよね、ふふ」
「まさか。告白と勝手にとらえたのはゲンゼですよ。僕は告白なんて言ってませんもん」
「ッ、そ、そんな、もしかして、8年間、気にしていたのはわたしだけだったんですか……?」
8年間、気にしてくれてたの?
「ちょっと、その話もうすこし詳しくお願いできますか」
「もういいです! アーカムなんて、アーカムなんて……わたしがどんな思いであの日、クルクマを去ったと……」
「ゲンゼ、怒ってます……?」
「フラッシュ助けてください! アーカムがえっちなことしてきます!」
ゲンゼが大声をだした。
ゲンゼさん、それは卑怯ってもんじゃないですかねぇ。
あーあ、もう、フラッシュさん、単純だから起動しちゃったし。扉蹴り破って「待ってたぜ、この
「アルドレア、表にでろ」
「いや、あの、義兄さん、話をしましょう──アンナあああ! 助けてえええ!!」
直感で雷神流の怒れる斬撃をよけながら、相棒の名をさけび逃げだした。
俺にも用心棒がいてくれたおかげで、この後フラッシュに凹されずに済みました。
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