留置所の一幕




 アーケストレス王立魔術騎士団に連行され、俺は留置所に叩きこまれた。

 抵抗してもよかったが、いくつかの懸念が俺にあれ以上の反撃をさせなかった。

 第一に暗黒の末裔たちがどれくらいの規模感でこの町にいるかわからない以上、ピザンチアたちがやけになった場合、犠牲がどれほどに膨れ上がるかわからなかった。

 まだギリギリの秩序のなかで向こうにも対応してもらう必要があった。秩序のなかでの対話とちょっとした暴力沙汰である以上、向こうも究極的な処刑にはなかなか踏み切らないものだ。死者の発生こそが、法と社会のなかでの戦いにおいて、最も状況を悪化させてしまうということだ。俺たちは怪物ではないのだ。


「へへ、兄ちゃん、新顔か」


 汚れた服の痩せた男が話しかけて来た。

 頬骨が出っ張っており、視線がいやに慎重である。

 この留置場には8人ほどがまとめて放り込まれており。

 俺はルームメンバーのなかでも一番の新人だ。


「こんな留置所のなかだ。仲良くしようぜ」

「いいですよ」

「あいつら兄ちゃんのことすごく恐がっていたじゃないか。騎士さまとあろうものが。へへ、なかなかにああいう反応で拘束される野郎はいないぜ」

「騎士といざこざがありましてね。剣の腹でぶん殴ったら、一発で捕まりましたよ」

「そりゃそうだろう、ははは! こいつは傑作だぜ!」


 痩せた男は快活に笑う。

 

「まわりは俺を器用なモビって呼ぶ」

「器用なモビ? なにがどう器用なんですか?」

「それはな」

「あーいや、当ててあげましょうか」

「え?」

「僕は直観が良いんです。そうですね。鍵開けの達人でしょうか」

「へへ、やるじゃねえか。だが、それは俺のひとつの側面に過ぎないぜ、兄ちゃんよ」

「世渡り上手と言ったところでしょうか。それと裏切り上手」


 俺は声をすこし低くして言った。

 器用なモビと名乗った男はスッと目の色を変える。


 俺の勘がささやくのだ。この男は俺の命を狙っていると。

 その事実を踏まえたうえで、慎重に状況を整理すれば、仕組まれた状況に気づくことができた。


 どうやら俺は殺される予定だったらしい。


「あなたの仕事はこの留置所に入って来た奴に話しかけて親しくして隙を伺って殺すとか。あたかも留置所内でも喧嘩に見せかけて。そうすれば事故死扱いできる」

「……。なるほど、勘が良いとは言ったものだ。どうしてわかったんだ?」


 俺は牢屋のすぐ外を見やる。


「俺の戦力を知ってるのに騎士がこの牢屋を見張ってない。それは暴力の現場を目撃するわけにはいかないから。騎士が来るのは俺が死んだあとじゃないと」

「……(それだけで? なるほど、確かにおかしなほどに洞察力があるガキだな)」

「あんたの職業は? 暗殺者ですか?」

「へへ、答えると思うのかい」

「答える必要はないです。殺し屋ギルドの暗殺者ですね。勘でわかります」

「……」

「そして雇い主は神経質そうな魔術貴族さんだ」

「……ふむ」


 器用なモビはつまらなそうな顔をして壁に深く体重をあずけて寄っかかった。


「なるほどなるほど。兄ちゃん、暗殺者ははじめてじゃないのかい」

「一度暗殺にあってますから」


 牢屋の前、騎士がやってくる。

 

「……なんで生きてる……。まあいい、おい、アルドレア、牢を出ろ」


 牢屋の前でたちどまり、騎士は目を丸くして言った。

 相部屋の子悪党どもが「あんちゃん、はえーな」「さっき来たばっかじゃねえか」と、速攻の出所に驚いている。 

 頬骨のでた痩せた男は、音の鳴らない拍手をしながら、ニヤニヤして俺を見送ってくれる。


「またすぐに会えそうだよ、兄ちゃんとは」

「だとすれば、すぐにお別れすることになると思いますよ」

「はは、恐い恐い」


 俺は言って留置所を出た。

 留置所の外、湿った地下牢があるフロアから階段をあがって地上へ戻ってくると、あの男が待っていた。神経質そうな魔術師だ。

 ピザンチア・カンピオフォルクス。悪徳の男である。


「ほう、元気そうだな」

「おかげさまで。牢で楽しい友達もできました」

「チッ……兄上がお呼びだ。無詠唱の魔術師アーカム・アルドレア。来い。兄上直々にお前にチャンスをやるそうだ」


 ピザンチアはえらく不機嫌な顔で、俺にそう言った。

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