罪と誇りの道
アーカムはピザンチアの眼をまっすぐに見つめる。
迷いはない。納得のできない悪徳に従順ではいられない。
アーカムはずっと昔に決断したのだ。理不尽、卑怯、欺瞞、不幸、いじめ、だのなんだの。陳腐な言葉で語るならば、己の誇りをかけたひとりだけの闘争なのだ。
アーカムは負い目のない人生を選んだ。
手の届く範囲、そこにいる大事な友を守るのだ、と。
「お引き取りを、ピザンチア卿」
「私に指図するのか? このピザンチア・カンピオフォルクスに?」
「はい、だからさっきからそう申し上げています」
「……これは我々と我々が飼う穢れた一族のあいだの話だ。どこにお前の指図を受ける道理がある」
「道徳的矛盾はそちらにあるように僕には思えます。……彼女はなんで殴られたのですか? 子供がどうして泣いている……? あんたにどんな正義があるって言うんだ」
「痴れ者が……不愉快だ。お前たち身柄を拘束しろ」
王立魔術騎士団の騎士たちが動こうとする。
それを受けて、アーカムを守ろうとアンナは反応する。
しかし、アーカムは視線で彼女を制した。だめだ、と。
この先は危険だと言外に伝えていたのだ。それは武力的な危険ではなく、社会的な危険である。アーカムはそれを負う覚悟を相棒にさせるわけにはいかなかった。
「どこの魔術師か知らんが、このことは協会に報告させてもらう。お前のような木っ端、簡単に吹き飛ぶぞ、塵のようにな」
騎士たちがアーカムの脇を固めるように立つ。
ピザンチアは満足し、再度ゲンゼディーフへ手を伸ばそうとした。
瞬間、アーカムは杖を抜いた。
ピザンチアへ突きつけられた。
「貴様、なにをしている!」
騎士と魔術師たちが動いた。
アーカムを腕を押さえ、杖を取り上げようとする。
風がうなり、収束していく。
「な、なんだ、こいつ詠唱もせず……!」
収束した風は解放される。
魔術師たちは、ごく至近距離で風の放射を喰らい、吹っ飛ばされてしまった。
騎士はパニックになったのか、剣を抜き、斬りかかる。
アーカムは半身に身をひいて避ける。
(この全身鎧、魔法の武具か。厄介だな)
『アーカム、こいつらの防御力は尋常じゃない! 魔術カット率もあるだろう! 魔術は効果的とは言えないぞ!』
再び剣を振り上げ、アーカムを叩き斬ろうとしてくる騎士。
アーカムは杖を放り捨て、剣が加速され振り下ろされる前に、騎士の手首を受けとめる。そのまま、関節を極めると、騎士はたちまち剣を手放した。
アーカムは剣を奪う。
『後ろだ!』
そのまま奪った剣で、もうひとりの騎士の側頭部を思い切りぶんなぐった。
フルプレートアーマーを着ていようと、剣の腹を使った打撃ならば、内側にダメージが通る。
殴られた騎士は、脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちる。ぴくぴくと痙攣している。もう脅威ではない。
武器を取り上げられた方の騎士は「貴様ぁ!」と激昂して、素手でアーカムを羽谷締めにした。
アーカムは素早く重心を落とし、ほとんどしゃがんだ姿勢なると、勢いのまま背後の騎士を前方へ放り投げた。
それは通常の剣術流派にはない
アーカムはかつてローレシア魔法王国バンザイデスの騎士団駐屯地で、狩人流剣術を四段まで修めた。この狩人流剣術はメインたる剣術のほかに拳術・柔術を含む。
アンナは剣術の大天才であるし、次点の拳術・柔術も達者だ。だが、テニール・レザージャックをして史上最高の天才と認めた、全方位完全狩猟術の体現者たるアーカムはそのすべてにおいてアンナを上回る武術の天才でもある。ハイパーモードが使えなくなった今であろうと、アーカム・アルドレアという狩人見習いの実力は、エリートとうたわれる王立魔術騎士団の一介の騎士が及ぶところではないのだ。ステージがまるで違うのである。
王立魔術騎士団のなかでも、最優と称される者たちだけが魔法のフルプレートアーマーを纏う事を許される。
最上級の騎士たちであった。
それが瞬く間に倒された。
ピザンチアはアーカムの圧巻の制圧劇に口をパクパクさせていた。
「……き、貴様、こんなことをして、許されんぞ、許されるわけがない、必ず後悔させてやる」
ピザンチアは怒り心頭しながらも、ゲンゼディーフたちへそれ以上の危害をこの場で加える事が危険だと判断した。
眼前の名も知らぬ少年に恐怖を禁じ得なかった。
「騎士と貴族への暴力的行為は正義のもとに裁かれる。いっしょに来てもらうぞ、貴様……!」
ピザンチアは溜飲を下げるため、ゲンゼディーフの代わりにアーカムを連行することにした。
アーカムは背後で険しい顔をしているアンナと、へたり込み目を丸くして言葉を失っているゲンゼディーフを見やる。
アーカムはどこまでやるか、をわずかな時間で判断し、その結果、これ以上の武力行使をやめることにした。
(今は俺にヘイトを向けさせた方がよさそう)
アーカムは杖を拾い、ベルトに納めると「わかりました」と、大人しく連行されることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます