わからせる



 町を散策し、風情ある古都をひととおり見てまわり、俺は宿への帰路についた。

 日が落ちる頃、宿まで戻ってくると、入り口の前に見覚えのある人物を発見した。


「ようやくお帰りなのね。こんな時間までどこをほっつき歩いていたのかしら」


 コートニーさんだ。

 軽蔑の眼差しと受け取れるほど冷たい視線が突き刺さってくる。


「この私を待たせるなんていい度胸しているのね。軽蔑するわ」


 軽蔑されてた。


「コートニーさん、今日の学校は終わりですか」

「ええ。さっき終わったところよ」


 ”さっき”なら、そんなに待っていないのでは。

 これは語るに落ちているというやつではないだろうか。

 いや、あえて指摘するまい。それが優しさよ。


「私はいまあえて論理的な破綻を見せたのだけれど。それすら気づけないなんて──」

「はい、余裕です、余裕、全然気づいてました」


 舐めるんじゃねえ、このメスガキャあ……。


「どうしてここへ。僕に会いに来たとかですか」

「その言い方だと他意を含みそうだから、訂正してくれる」

「いかなる事務的用事で立ち寄ったんですか」

「ノーラン教授からの届け物よ」

「ノーラン教授? もしかして魔力結晶ですか? はやいですね」

「早とちりしないことね。結論を急ぐものは探求者として見くびられるわよ」

「別に探求者じゃないですけどね。無詠唱魔術だってさして苦労して身に着けたわけじゃありませんし。ああ、すみません、コートニーさんはその無詠唱魔術にお負けになられたんでしたね。これは失敬」

「……面白いわ。アーケストレスでは礼儀知らずは土に埋めて踏みつぶせと教育されるのよ。さあ杖を抜きなさい」


 そんな恐ろしい教育があるものか。


「僕はディフェンディングチャンピオンなので勝負を受ける旨味がないです。敗者とはやりたくありません」

「本当にいい度胸をしているわ。いいわ、あなたが勝ったらなんでも言うことを訊いてあげる」

「ほう。コートニーさんが勝ったら?」

「土を詰めて埋める、かしら」


 だから、物騒なんだって。


 ──5分後


「本当に憎たらしい男だわ……いったいどんな術理が無詠唱なんて馬鹿げた魔術を……!」


 無事に第二回戦を制した俺は、決闘魔法陣の植え込みに頭からつっこんでしまったコートニーさんを立たせてあげようとする。

 体勢のせいでスカートのなかが見えていて大変に助かる感じになっているが、なにも言わないのが吉だろう。


 コートニーさんは立ち上がり「魔術師としての腕前だけは……認めるわ。不本意だけれど。ええ、本当に不本意なのだけれど」と眉根をひそめて言った。

 

 コートニーさんは手紙を渡してくる。

 これがノーラン教授からの届け物か。

 内容はごく簡素だった。

 十分な品質の魔力結晶を見つけるのに時間がかかりそうだ、という旨が書かれていた。

 律儀な人だな、ノーラン教授は。


 これで彼女のおつかいミッションは完了だろう。

 なんか踵を返して帰ろうとしてるし。

 だけどね、そうは問屋がおろさない。


「コートニーさん、待ってくださいよ。僕が勝ったらなんでもするって言ってましたけど」

「覚えていたのね」

「利益は逃さないようにしてるんです」

「あなた目がすごく不気味だわ。もしかして酷いことをする気ね。……いやらしい男。最低」

「まだなんにも言ってないです」


 うーん、別になにかして欲しいこともないけど。

 しいて言うならお金だが、カツアゲして弱者を虐げているみたいで俺のポリシーに反する。


「そうだ。なにか珍しい魔術を知らないですか」

「珍しい魔術?」

「はい。ドラゴンクランの学生であるならば知っていると思って。それを僕に教えて欲しいんです」

「教えてどうするのかしら。魔術の修業は一朝一夕でなるものでないのは、あなたクラスの魔術師ならとうに理解していると思うのだけれど」

「過ぎた謙遜は嫌味になるのではっきり言いますが、僕は天才ですよ。とびきりの。見ればだいたい使えると思います」

「そんなことあるわけじゃない。バカも休み休み言いなさい。脳細胞にカビでも飼っているの」

「まあ物は試しということで。属性式魔術以外の、こんな感じのユニークな魔術だと嬉しいです」


 俺は無視して、魔力獣をつくりだし、手のひらに乗せる。

 青白い毛並みをしたちいさな狼だ。

 魔力獣という魔術ではいろいろな動物をつくれるらしいが、俺がこの夜空の瞳で読み取った術式がカイロさんのものだったので、俺は狼たちしか作り出すことは出来ない。


「それは魔力獣ね。もう十分に珍しい魔術を習得しているじゃない」


 コートニーさんは怪訝な顔をする。


「無詠唱の魔術を持っていて、魔力獣まであつかえる。それほどの能力を持っていて満足しないのね」

「まるで足りませんよ。こんなんじゃ。なにもかもが不足です」


 今の俺では恐らく届かない。

 カテゴリー5。荒垣シェパードの超常的な力を前に俺一人ではどうにもならなかった。

 超進化生物・人類の到達点たる超能力者たちには、まだまだ先がある。

 そして『神々の円卓』はなんらかの手段できっとそいつらをこの世界へ呼び込む。


 ”彼女”のいるこの世界を。

 アディ、エヴァ、エーラ、アリス──大事な家族がいるこの世界を守る。


 それに、いまじゃキサラギという亡き父から託された妹もいる。

 ほかにも多くの大切な人に出会った。

 

 存外、満足していたつもりだけど、振り返ればろくでもない前世を送った俺だからこそ、ぬくもりと信頼を手放さず生きると決めた。

 そのためのベストを尽くす。


「……アルドレア君。あなたはとても憎たらしい魔術師ね。あなたの言葉は本当に聞こえてしまうもの。ここよりも遥かに大きなところを目指している。そう聞こえるのよ」

「目指すだけならタダなので。できるかはわかりませんけど」

「そうね。あなたの言う通りだわ。……それじゃあ天才を自称するいけすかない生意気なローレシア人にこれを教えてあげる」


 コートニーさんはそう言うとバサッと袖から細い白腕をだし、おもむろに俺へ拳を突きだして来た。

 まだやるか、このメスガキ! と思ったが、拳は俺へ届いていない。

 というより、俺のすぐ目の前で空間が波紋のように歪んでいる。

 コートニーさんの腕は手首ほどまで歪みの中へ入っていた。


「これは収納魔術。魔力を付与できるオブジェクトに魔術をかけることで、自分だけの異空間ポケットをつくれるのよ」

「すごい……空間に物をしまうんですか」

「あなたの驚く顔が見れて満足だわ」


 コートニーさんはそう言って手を引き抜く。

 異空間ポケットから抜いた手には直剣を握っていた、

 

「危なっ」

「ふふ。護身用に持ち歩いているの。杖を落とした時や、杖を取り上げられてしまった時のためのね」


 そう言って、彼女は指輪を見せて来た。

 この指輪に収納魔術を付与しているということだろう。


「それでどうかしら。ドラゴンクランでは五回生から受講できる講義で学ぶ高等魔術なのだけれど」


 夜空の瞳で魔力の流れは見えた。

 超感覚はそれを学習し、俺の意志を魔力粒子ひとつぶひとつぶに伝達させる。

 

 俺はポケットから手ごろなマニー硬貨を取り出し、それに収納魔術を付与してみる。


 ああ、なるほど、そんな感じか。


 マニー硬貨は無事に魔術的なオブジェクトへと変化した。


 俺は空間を開いて、腕を突っ込んでみる。

 深い。腕一本くらいなら入りそうだ。

 なるほど武器を隠すには持ってこいという訳だ。

 これは便利な魔術だな。


「嘘でしょ……そんな馬鹿なことが……」


 コートニーさんは額を押さえて、具合悪そうにする。


「想像を絶する才能だわ……こんなのがいるなんて……」


 こんなの。聞こえてます、コートニーさん。


「あ、なるほど。アルドレア君、あなた元から使えたのでしょう、収納魔術」

「いえ、初めてですよ。僕の眼と第六感はどこかおかしいんです。昔の僕はここまで天才じゃなかったんですが……どうにもここじゃ神がかってる」

「さらっと恥ずかしいことを言うのね。事実だからどうにも反論しずらいのがなおさら腹が立つわ。なにかあなたに勝てることはないかしら」

「別に勝たなくてもいいじゃないですか。競争における必勝法は、競争をしないことです」


 コートニーさんは納得いっていない顔でじーっと自らが持つ直剣を見つめている。


 彼女はまだ若い。

 生きて来た時間なら俺の方がずっと長い。

 彼女の負けず嫌いな性格もわからなくもない。というか、俺も大概、負けるのは嫌いだ。

 ただ、不毛な闘争に全力を捧げるべきではないと思う。いつの間にか多くの見落としをしてしまって、大切なものまで見えなくなってしまうからだ。

 俺の存在はいわばバグ。俺の魔眼もバグ。超直観はもっとバグ。

 だから、俺なんかを指標に、若く才能あふれる彼女が意味のない迷い道に踏み込む必要はない。


「ねえ、アルドレア君」

「なんですか、コートニーさん」

「剣で一本取ったほうが勝ちと言うのはどうかしら。私は剣術道場で剣聖流を習っているのだけれど。ああ、もし怖いのなら逃げても構わないわ。負けるのは嫌だものね。時には逃げる勇気も、ええ、必要でしょうしね。もちろん、その場合は私の不戦勝とさせてもらうけれど」


 コートニーさんはそう言って、得意げな顔をすると、肩にかかった黒髪を払った。

 性懲りもなく煽って来るか。


「後悔しますよ。たぶん」

「見栄の張り方がとても陳腐なのね。ふっ。手加減はしてあげるわ」



 ──5分後



 コートニーさんは膝をついて、肩で息をする。


「アルドレア君、やっぱり、この勝負は……なかったことにできないかしら……」


 俺は木剣をふりぬき、コートニーさんの横顔を打ち、土のうえに転がした。


 我が旅路にはメスガキが定期的に現れる。

 理屈のわからない現象だ。

 いつか研究の題材にしようかな。

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