コートニー・クラーク
決闘魔法陣。
それは古き魔術師が考案した傑作魔法陣のひとつ。
おもに魔術師同士の紛争解決に使われ、それは伝統となり、今日でも王都の日常を彩る景色の一部となっている。
もっとも決闘が得意な魔術師が決闘を不得意とする魔術師を丸め込むための手段であるのだが、それゆえに決闘力を高めようという若い魔術師のモチベーションになっているという側面も持つ。
この魔法陣内で放たれる魔術は、人間にあたる直前、すべてが《ウィンダ》に変換される。
また、魔法陣を破壊しうる魔術を使用することはできない。
属性式魔術は基礎詠唱式『集積』『生成』『操作』『発射』からなるが、例えば地面を操作しうる土属性式魔術などは『集積』『操作』のプロセスで大きな制約を受けることになる。
アーカムは少女から軽い説明を受け、いざ魔法陣のなかに足を踏み込んだ。
少女は肩にかかった艶やかな黒髪を払う。
アーカムはコインを指で弾いた。
くるくると回転し、空中で一瞬静止、すぐのち落下し、そして地面でピンっと小気味よい音を鳴らした。
それが決闘開始の合図である。
「大地よ、大いなる力の片鱗を──」
少女の高速詠唱。
アーカムはその速度に目を見張る。
だが、どこまでも行っても高速化されてるというだけである。
詠唱プロセスを完全にスキップしているわけではない。
アーカムは唇を少しも動かさず、手首のスナップを効かせて杖を振る。
少女は思わず目を見開いた。
次の瞬間、彼女は決闘魔法陣の外まで勢いよく吹っ飛ばされていた。
決闘はここに決着を見た。
────
──アーカムの視点
冤罪少女を吹っ飛ばして10分ほど。
俺は少女を木陰に横たえて、その横で彼女が目を覚ますのを待っていた。
超直観くんいわく、彼女がうちのキサラギを救う鍵なので、どうにか敵対状態を解除することに努めたいところ。
そのうえで協力的な姿勢を引き出す必要がある。
20分ほど経過。
まだ目覚めない。
近くに露店があったのでパンを購入。
少女の分は必要ないだろう、と思ったが、ここは施しを与え、歩み寄る姿勢を見せるための交渉材料として買っておいた。別に優しさとかではない。
30分ほど経過。
まだ目を覚まさない。
そんなに強く撃ったつもりはなかった。
もしかして死んだのだろうか。
残念だ。
「……襲ってこないのね」
目を覚ました。
開口一番になにを言っているのだろうか。
少女はむくっと顔を上げ、こちらを見てくる。
色の濃い碧眼でまじまじと品定めするように。
なんだろう。いったいどんな悪口を放つつもりだ。
「どうやら保身能力は多少あるみたい。どこの馬の骨とも知れない田舎魔術師でも誰に手を出してはいけないのか、冷静になればわかるというものね」
「もしかして僕は試されていたんですか」
「ええ、そう言っているわ」
「それじゃあ、もしかしてとっくに意識があったと。気絶したふりをしていたと」
「皆まで言わなくては理解ができないとは嘆かわしい思考力ね。言葉の裏、言葉の外、レトリカルな表現に触れてこなかったのね。あなたの周囲のレベルの低さが垣間見えるようね。可哀想」
おいおい、こいつはとんでもない女だ。
聞きましたか、超直観さん、どうすれば初対面の人間にこうも悪態の応酬を浴びせれるんですか。どんな教育を受けて来たんだ。
「でも、僕に保身能力があるということを認めたってことは、僕が宿屋の二階からあなたを襲うために降りたわけではないということを、あなた自身が認めたってことじゃないですか」
「気持ち悪い」
「?!」
シンプル悪口です。
だめだめ、それ効きすぎる。
「本当に腹立たしいことね。この私が決闘で遅れをとるなんて。それも田舎からあがってきたばかりの凡骨魔術師に……」
「勝ちは勝ちなんで」
「……いいわ。あなたを疑ったことは謝る。…………くっ……」
「? 謝ってくださいよ」
「…………申し訳ないと思っているわ」
うーん、まあ、いいでしょう。
本当は『ごめんなさい、許してきゅぴるん』くらい言ってもらわないと気が済まないけどね。
そこまで求めたら関係のさらなる悪化は避けられまい。
ゆえに寛大な心で許そう。
「僕の名前はアーカム・アルドレアです」
「そう」
「……あの」
「なに」
「名前をうかがってもいいですか、ミス」
「どうしてあなたごときに名を言わなければならないの。私が納得できる理由を簡潔に説明しなさい」
「……。わかりました、もういいです。では、僕が決闘で勝ったら名前を教えてもらえますか」
「……。コートニー・クラーク。私の名前よ」
また負かされるのが恐いと。
ビビってますよっと。
「コートニーさん、僕が決闘で勝った報酬として、ひとつお願いがあるんですが」
「変質者、ついに本性を現したわね」
「いや、違いますって」
だめだ、俺の容疑というか、根本的な疑いがなくなってない。
「もういいですよ。これと同じものは王都で手に入りますか」
俺は懐からマナニウム電池から取り出したマナ導体をとりだす。
白く透き通った直方体の物質だ。
「これと同じ性質の物質が必要なんです。心当たりは?」
コートニーさんは俺の手に触れないようにそっとマナ導体を手に取る。
まじまじと見つめ、感嘆の息をもらしている。
「これは……これほどの純度の魔力結晶をどうやって手に入れたの」
異世界から送り込まれたオーバーテクノロジーアンドロイドの体内から取ってきましたって言っても仕方ないだろう。
「教えることはできません。コートニーさんとは今ここで出会ったばかりですから」
「会ったのはふたつ通りを挟んだ向こうの宿前だけど」
「揚げ足を取る人は好きじゃないです」
減らず口を!
「でも、いいわ。あなたに興味が湧いた。だから、教えてあげる、魔力結晶体の精製を行える魔術師を」
「魔力結晶体……」
マナニウムとはすなわち魔力のこと。
高純度のマナ導体とは、すなわち高純度の魔力結晶体ということになる。
ならば魔力結晶体の精製技術があれば、あるいはマナニウム電池の重要パーツであるマナ導体の代替品を見つけることができるかもしれない。
なるほど。
コートニーさんとの出会いは、魔力結晶体へアクセスするために必要だったのか。
冴えわたっております、俺の勘。やるじゃないか。
「さっきの魔術といい、この魔力結晶体といい。どうやらあなたは普通の魔術師ではないようね。あなた名前は」
「さっき言ったんですけど」
「聞いてなかったわ。覚える気なかったもの」
「この女……!」
「なんか言ったかしら」
澄ましております。
俺の拳がでないか心配になってきました。
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