変質者



 突き刺さるように爪先がめりこみ、ゴロゴロと地面を転がった。

 昨夜雨が降らなかったことに感謝しつつ、俺が加害した少女へ顔を向ける。

 

 俺よりいくらか年上で歳は17ほどだろうか。

 艶やかな黒髪を肩に流し、色の濃い碧眼が凛とこちらを見てくる。

 すぽっと覆う地味な色のマントを羽織っており、折り畳まれたフードからのぞく表情は、感情を宿している感じがしない。


 ただ俺の勘は言っている。

 この少女は俺を軽蔑している、と。


「とんだ変態がいたものね。昼間から盛るなんて度し難い低俗さよ」

「いきなり変質者扱い……」

「だって、変質者そのものでしょう」

「窓から足を滑らせて落下したっていう可能性がまだあるのでは」

「あの角度、滑らせたにしては勢いが突ありすぎだわ。つまり、あなたは速さをもって窓から飛び出した。助走をつけたという事。助走をつけたということは、自らの意思で目的をもって飛びだした。タイミング的に考えて私へ上方から襲い掛かろうとしたのは明白よ。死になさい」


 言い訳ができない。

 

「直観に従った可能性は」

「なにを言っているのかさっぱり不明ね」


 ワイトもそう思います。


 はて、超直観くん、俺の行動は正しかったのでしょうか。

 キサラギを救えると君が言ったから、四の五の言わずに行動したんですが。


『知らん』


 えぇ……嘘だろ……いきなり無責任になったのだが……。


「ついて来なさい」

「え、どこへ」

「王立魔術騎士団」

 

 たいーほだ。

 これは間違いなくたいーほコース。

 俺にはわかる。

 この少女の眼は世の悪を見過ごさず、か弱い少女に不埒な卑猥なことをする悪漢がいようものなら構わず斬り捨てる正義を持っている。あれそれ俺の事じゃね。


「拒否します。絶対についていくわけにはいきません」

「抵抗するつもりかしら」

「もちろん」

「わかったわ。ならば決闘デュエルをしましょう」


 いきなり闇のゲームがはじまった。


 少女はマントのめくり腕を出す。

 手には魔術を小杖が握られている。


 顎をクィっと動かすと、少女は歩き始めた。


「アーカム、あの女は」


 窓の上からアンナがスタッと降りて来る。

 俺と少女の会話を聞いてたらしい。


 だとしたら、アンナっち、助けてほしかったよ。


「わかりません。正体不明の怪しい女の子です」

「向こうからしたらアーカムこそ怪しい男の子だけど」

「おっしゃる通り」


 返す言葉もありません。


「とりあえず通報さえて憲兵が出てきても面倒なのでついていきます」

「放っておけばいいのに」

「あの子、杖を持っていました」

「だからなに」

「魔術師ですよ。この国で、こと王都で魔術師。そしてあの若さ、ドラゴンクランの学生かも。そうなると金持ちの可能が高いです。畢竟、バックに力がある人物かもしれないです」

「……なるほど。流石アーカム。よく見てる」


 俺も貴族と言う肩書をもっている手前、アルドレア家の家名に泥を塗るわけにはいかない。面倒ごとは避けないと。


 アンナにはキサラギの面倒を見てもらうために宿屋に残ってもらうことにした。


「巧くやっておきます」

「わかった。アーカムに任せるよ」


 というわけで少女のあとを追いかけた。


 公園のような場所に来ると、テニスコートみたいなものを発見。

 少女はそのなかへ。

 

 広々としていて、真ん中には魔法陣が描かれてます。


「この魔法陣はなんですか」

「知らないの? とんだ田舎者が王都へやってきたものね」


 あ、ちょっと、カチンっと来ちゃった……。

 このガキ……。


「これは決闘魔法陣。魔術師どうしの紛争を解決するための最も手っ取り早く、そして覆らない法廷判決。よく覚えておきなさい、変質者くん」


 少女は高飛車にそう言うと、肩にかかった黒髪を払った。

 視線が氷のように冷たい。

 

 よくわからないが、決闘を制したものが正義ってことか。

 アーケストレス。なかなかにファンキーな国だ。


「硬貨は持っているかしら」

「持ってますよ」

「あなたのような田舎者でも持っているのね。驚きだわ」


 コインくらい持ってるだろ。どこまで馬鹿にしやがる。


「それを弾きなさい。落下した瞬間、あなたが冷たい檻のなかで余生を過ごすことが確定するわ。当然、私があなたを負かし、憲兵につきだすという意味よ」

「はは、面白い冗談をいいますね。では、僕が勝利したらなんでも言うことを訊いてもらいますよ」

「どうしてそうなるの。気持ちが悪いわ」

「だってペナルティは釣り合いが取れてないと……」

「ああ、そうね、あなたは都へやってきて夢を叶えようとする手前、通りかかった美少女への肉欲を押さえられない理性のカケラもない獣だものね。あなたが住んでいた田舎ではどういう風習があったのか知らないけど、文明に生きる人間は暴力で勝ったからと言って相手のなにもかもを掌握できるわけではないのよ。この機会に勉強をするといいわ」


 もうすっごいバカにされる。

 口を開くたびに悪口が止まらねえよ、この女。

 嫌なやつだ。


「それじゃあ、僕が勝ったら無罪の証明ということで」

「ええ、そこらへんが妥当でしょうね。もっともあなたが条件を提示するのはおこがましいと言うものよ。こと目上の者に対しての礼節、この場合、あなたができるのは賠償、それと謝罪。あとは……首を吊る、とかかしら?」


 かしら? じゃない。

 死んで詫びろってことかよ。


「僕はこれでも貴族なんですけど」

「そうだとしたら、きっと名も知らぬ辺境貴族なのね」

「なんでわかるんですか。さては超直観もってますね?」

「顔を見ればわかるわ。あなた風格がないもの。それと教養もない。知性も感じない。あと理性も」

「お嬢さん、可愛い顔ですね。でももう見れないのが残念です。なぜなら今からもうその顔はボコボコにされるんですから」

「面白い子ね。勉強させてあげる。命乞いのやり方とか、ね」


 少女はそう言って杖を構え、蔑んだ眼差しを向けて来た。

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