兄さまを発見しました
ブラスマント城での晩餐会に呼ばれた翌日。
俺は爽やかな朝を迎えていた。
洗面台で顔を洗い、タオルでしっかりとぬぐう。
ぴちゃぴちゃと雫のこぼれる音が、早朝の静けさを彩る。
思い返せば、超能力者との戦いは紙一重のものだった。
「カテゴリー5の超能力者……もう会いたくないな」
とはいえ、きっとその時は来る。
そんな気がする。勘だ。ゆえにたぶん確定的だ。
「アーカム、おはよう」
「ん、おはようございます、アンナ」
髪を雑にまとめたアンナがドアを押し開く。
「お客さんだよ」
お客?
アンナは一歩横にずれる。
代わりに背後から少女が出て来た。
シルバーの髪の美しい子であった。
黄色い瞳は精巧なガラス細工のようだ。
丈が足りてない上着なのか、そういうデザインなのか、お腹が丸見えで風邪ひかないか心配になる服装だ。
年齢はアンナよりも少しだけ年上に見える。
異様なのはオーバーテクノロジーを感じさせる機械的デバイスの数々だ。
片耳イヤホンにブレスレット、アンクレットにベルト。どれもが淡く発光していて、ただの衣服にしてはテクノロジーを感じすぎる。俺が地球出身なのでそういう風に認識してしまうだけかもしれないが。
この子は何者だろう。
そんな疑問より先に俺は洗面台のメレオレの杖を手に取っていた。
「キサラギは敵ではありません」
キサラギ。
少女は自分のことをそう呼んだ。
「アーカム・アルドレア。あなたがそうですか」
「……。そうですが」
素直に答えるべきか少しだけ迷ったが、嘘をついても仕方がないような気がした。
「グッド。では、現時点をもってキサラギは兄さまを発見したものと認識します」
「アーカム、この子はあんたの妹だって語ってるから連れて来たんだけど」
どうかな……俺にこんな妹いたかな……?
「うん、嘘ついてます、この人」
「キサラギは嘘をつきません。嘘はいけないこととキサラギは教えられました」
「僕にはふたりの妹がいます。ふたりとは、確かに長年会ってませんけど、あなたじゃないのはわかりますよ」
「エーラ・アルドレアとアリス・アルドレア。キサラギは外見的特徴において彼女たちとは似ていません」
「……なんでふたりの名前を」
キサラギは無機質な眼差しを向けて来る。
温度がない冷たい眼だ。
「キサラギがクルクマ村アルドレア邸で過ごしたからです」
「……。もう少し話を訊かせてくれますか」
俺はキサラギを部屋のなかに通した。
彼女は「失礼します……兄さま」と言ってベッドにぽふんっと腰かける。
距離があるのか、馴れ馴れしいのかわからない。
というか、その後ろに飛んでる黒いデカい箱なんだよ……さては、キサラギ、貴様もう絶対にこの世界の者じゃないな?
「この子はブラックコフィン。Japanese Kawaiiです」
「そうですかね……中に武器とか入ってそうであんまり可愛い感じじゃないですけど」
「いえ、これはKawaiiです。すごくKawaiiです」
「……そこまで言うならいいですけど」
キサラギさん、ブラックコフィンを撫でてます。大事にしてるのね。
「どこから話ましょうか。キサラギはどの時点からでも記憶を語るスペックを持っています」
「もしかして、キサラギさんは人間じゃなかったりしますか」
部屋の隅でアンナは壁に背をあずける。
腰に四等級の宝剣カトレアの祝福がさげてある。
重心を完全に壁に預け切ってない。つまり、キサラギが怪しい動きをすればいつでも応戦してくれるのだろう。心強いことだ。
「キサラギはイセカイテック社研究員如月はやと博士、伊介林音博士両者に企画設計していただき開発された汎用人工知能搭載型アンドロイドです。個体名をEve-Streika-Ikai-Kisaragi。世界初のマナニューロAIでもあります。キサラギはこのことを大変に誇らしく思っています」
キサラギはそう言って、薄い胸を張った。……可愛い。
「やっぱり、イセカイテック社の……って、伊介林音?」
「どうしたの、アーカム」
「いや、その……僕の父親、です」
「……前世の父ってことね」
アンナさん、正解。
「伊介林音博士と如月はやと博士の馴れ初めから話はじめます」
「え?」
そこからキサラギの語りがはじまった。
たぶん俺が「初めから」と言ったせいだと思う。
語りは止まらず、長編小説を朗読されているかと思うほどに長かった。
気が付いたころには日は落ちて、外は暗くなっていた。
俺とアンナは熱いティーを何度も入れ直し、カップを片手にキサラギの話に耳を傾けた。
話を要約するとこうだ。
超巨大企業イセカイテック社にて才能を発揮していた如月はやと博士に、俺の父は近づき、いっしょにえちえちJK美少女アンドロイドを開発、またしてもクズを発揮した緒方のせいで、如月博士は陥れられ、彼女はこの世界に逃げてくることになった、と。なお、俺の父も緒方に殺られたらしい。
俺は父とあんまり仲が良くなかった。
はやく死なないかなと、お互いに呪い会うくらい親子関係は悪かった。
別に珍しくもない話だ。親父は俺を愛していなかった。
だから、俺が親父を父親と呼ぶ必要もなかった。それだけのことだ。
でも、キサラギの話を訊いて、すこしだけ父・林音の気持ちを教えてもらえた。
大事なことはなにも語らない。そんな親子仲だったが……もっと話をしていれば、なにか変わったのだろうか。
そう思う程度には、親父の死を残念がることができた。
もう死んでしまったので何かしてやることもできないが……。
キサラギは異世界に来て、異世界転移船内にて目覚め、そしてエーラに出会い、そこで少しの時間を過ごし、俺の家族と穏やかな時間をすごしたらしい。それが2年前の話。つまり、俺とアンナ、そして師匠が絶滅指導者クトゥルファーンとバンザイデスで戦ったくらいの時の話だ。
その後、俺を探すために旅をはじめたらしい。
最初は魔法王国を練り歩いたそうだ。彼女は睡眠が必要ないので、一日30時間ひと月40日1年480日を放浪にあてたとか。常軌を逸したスケジュールである。
通常、旅は温かい季節に行うものだ。ローレシア魔法王国は一年のうち320日が寒い。そのうち半分は雪の降る日がつづく。
残る160日が春と夏、そして秋に該当するわけだが……語り部キサラギの話を訊いたかぎりだと、彼女の見た風景はだいたい雪景色で、吹雪のなかだったり、しんしんと降る雪原の真ん中だったりするので、やはり常軌を逸した旅をしてきたのだろう。
どんだけタフなアンドロイドなのだろうか。
ローレシア魔法王国の次は隣国アーケストレス魔術王国へ向かったらしい。
そのまま西へ西へ進んで、アーケストレス魔術王国をあとにして、ここクリスト・カトレアがあるペグ・クリストファ都市国家連合へやってきた。
そこで彼女は超能力者と出会った。
『
キサラギは初め、一員として迎え入れられたそうだけど、5秒で脱退、超能力者たちの首を刎ね飛ばして世界の平和を守ったらしい。
でも、超能力者は死ななかった。
キサラギは超能力者が操る大きな狼を倒した。たぶん、噴水広場で死んでたフェンロレン・カトレアの上澄みだろう。銃創があったから、てっきり超能力者たちが殺したと思ってたけど、どうやらキサラギが倒したらしい。
超能力者・神宮寺智久はカテゴリー4の【催眠使い】だった。
ボールペンみたいな金属の棒を対象に打ち込んでコントロールする陰湿な能力を持ってたけど、たぶんそれのせいでフェンロレン・カトレアの上澄みは操られてしまったのだろう。
だけど、フェンロレン・カトレアの上澄みを倒してしまったせいで、カイロさんの指揮の元クリスト・カトレア騎士団に拘束されてしまい、そしてなんやかんやあって身柄を解放されたあと、空を飛行する荒垣シェパードを発見、攻撃をしようと電磁加速して突っ込んだところ隣の都市国家まで飛んで行ってしまい、今朝ようやく徒歩で帰って来たところらしい。
「レールガンを撃ったせいでキサラギの内部電池は著しく消耗してしまいました」
「どちらかと言うとメンテナンスなしでいまだに稼働できてることの方が凄いと思うんですけどね」
イセカイテックのアンドロイド、凄まじい耐久性だ。
情緒も豊かで本物の人間とそん色ない。いや、それ以上かも。
自らで学び、進化するAI……それはもう新しい命と言って違いないのだろう。
「とにかく、荒垣シェパードの討伐で意図せずに共闘していたとは驚きです。なんで空へ逃げて行ったあいつが落下して来たのか不思議に思ってたんですけど、キサラギさんのおかげだったんですね」
日が暮れるまで話を訊いていればわかる。
彼女はとても純粋で、心の清いアンドロイドだ。
「キサラギは正義を執行したまです。先の戦を通して、イセカイテック社の邪悪な思惑を打ち砕くことはキサラギの使命だと認識しました」
「僕もいますよ。それにアンナも」
アンナと視線を交わす。
彼女はふんっと鼻を鳴らすと視線を逸らした。
「あたしは仲間だからね。いっしょに戦うのは当然だよ。それに狩人協会に伝えれば明確に敵として意識されるだろうし……今のうちに手柄を立てておくのも悪くない」
アンナさん、それはツンのデレということでよろしいのでしょうか。よろしいですね。
バンザイデスで喧嘩していたころが懐かしい。
あの頃は俺から仲間呼びしても無視されるかウザがられるだけだったのに、今じゃアンナのほうから口にしてくれるなんて……涙が出て来ちゃう。
「んぐぅー」
大きく伸びをする。
ずいぶん長いこと椅子に腰かけて話を訊いていたから、身体が固くなってしまった。
それにお腹もすいた。ぺこぺこだ。
「露店で美味しいものを食べにいきますか、アンナ」
「賛成」
「キサラギさんはどうしますか」
「キサラギのことはどうしてさん付けで呼びますか」
「え?」
「敬称を使い分けるということは、キサラギとアンナの間に明確な格差があるということを誇示する意味合いをもっているとキサラギは推測します。そこから導き出される答えは、キサラギは兄さまに歓迎されておらず『鉄くず風情が、この俺様の妹を名乗るなんておこがましい奴め……』と軽蔑されていることの証左であると推測できます」
できません。そうはならんやろ。
別に深い理由なんてないんだけど……ただ、今のところ、キサラギさん俺よりも外見年齢若干上なのよね……だから、妹というか、お姉ちゃん感があるというか。
「先の推測を否定するのなら、キサラギのことは”ちゃん”をつけてに呼ぶことを推奨します」
「……はい。すみませんでした。それじゃあ……キサラギちゃんも露店に行きますか?」
「行きます、とキサラギは返答します」
なんだかおかしな人、アンドロイドだけど……うん、まあ、仲良くやれそうだ。
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