さよなら、クリスト・カトレア



 俺の父・伊介林音が残したまさかの妹キサラギが同行することになった。

 

 キサラギと露店をまわり、適当な場所で食事をする。

 今回買ったのはケバブ的な料理だ。

 パン生地に削ぎ肉が挟んである肉感たっぷりである。


 アンナが横で食事をする一方、キサラギは料理に口をつけていない。

 布で包まれたブラックコフィンをいい子いい子している。


 アンドロイドなので有機的な食事は必要ないということはわかっているのだが、こうしてみると普段、彼女はどうやってエネルギーを獲得しているのか不思議になる。


 充電するための設備があるわけでもないだろうし。


「キサラギちゃんはどうやって動いてるんですか。電気じゃ供給が難しいような気がしますけど」

「キサラギとブラックコフィンはマナ電池を搭載しています」


 マナニウム電池。

 まったくの専門外でもないが、よくは知らない技術だ。

 

「戦地で補給が断たれた場合でも、マナニウムさえあれば活動を継続できるようデザインされています。マナニウムを使ったエネルギー兵器の多くには同様にマナ電池が採用されていることが多いので、キサラギはそれらの兵器を撃破したのち、マナニウムを補給することができます。超能力者から直接摂取することも可です」

「異世界なら補給には困らないってことですか」


 やるな、あの親父も。


「ごはんは済みましたか。キサラギには行きたい場所があります」


 キサラギについていくと、噴水広場へとやってきた。

 大きな狼の遺骸はなくなっていた。

 潰れた噴水の近くには、たくさんの花束がつまれていた。

 おそらくは聖獣へのお供え物だろう。


 人々はもうとっくに忘れて信仰を薄れさせていたが、ここ数日の間に起こった超常的な現象の数々のせいで、神の存在を思い出したのだろう。

 いまや大地から天へと伸びる氷の柱が、この古い大地クリスト・カトレアの底に神が確かに住んでいることの証左であるのだから。


 キサラギは先ほど露店で買ったケバブを花束のなかに添えた。

 どうやらケバブは聖獣の上澄みフェンロレン・カトレアのお墓参り用だったらしい。


 かつて同僚とAIに心があるのか、という議論をしたことがあった。

 その時、俺は同僚に対して「機械に心が宿るはずがない」と鼻を膨らませて言い切ったものだ。

 

 今の俺には、かつてと同じ主張をすることは難しいことのように思えた。

 冷たい月の下、キサラギの細い背中に心を感じた。



 ──翌日



 アンナとキサラギと町を出る準備をはじめた。


「キサラギも馬に乗りたいです」


 うちの妹はなかなかにわがままだった。

 資金にはだいぶん余裕がある。

 銀行ギルドに預けていた金も返してもらったし、カトレア家から聖獣とクリスト・カトレアを守ったことへの報奨金ももらうことができた。


 なので、長旅で疲れているキサラギに馬をプレゼントすることにした。

 

「アンナ、ちょっとキサラギちゃんと馬を探してきます」

「ん、わかった」

「南のほうに冒険者たちいる通りがあったんでそこらへんから見てきます」


 行先を伝えて、コートを羽織り「行きますよ」とキサラギをうながす。

 

「その子は置いてってください」

「キサラギは拒否します」


 俺はキサラギの背後のブラックコフィンを指して言う。

 頑ななキサラギだ。昨夜も露店に行く時にこのことで拒否された。

 なのでもっていってもいいが、布をぐるぐる巻きにする条件を付けた。

 人目を引いて仕方のないブラックコフィンの異物感を抑える役割を期待してのことだ。


「キサラギはJapanese Kawaiiを置いていけません」

「はぁ。それじゃあちゃんと隠してくださいよ」

「キサラギの交渉術により、兄さまを説得することに成功しました。あるいはお人好しなのでしょうか。キサラギは兄さまが悪い人間に騙されないかを心配します」


 兄さまはキサラギちゃんのほうが心配です。しみじみ。


 宿屋の受付まで降りて来る。

 ロビーには出発前の旅人がいたり、宿の主人の奥さんが掃除をしたりしていた。

 一日の始まりにままよく見る光景だ。


「失礼する」


 雑然とした空間に張りのある声が響いた。

 入り口を開け放ったのは体躯の逞しい騎士であった。


 見覚えのある顔である。

 晩餐会に呼ばれた一昨日、俺とアンナを王城の地下へ案内してくれた騎士だ。


「ご主人、こちらにアルドレアという御仁がいるはずなのだが」

「え……あ、その、そちらにいらっしゃいます、騎士様」


 階段の中腹で足を止めていた俺に気が付いたようなので、ぺこりと頭をさげる。


 カイロさんの使いだろう。

 今度はなんの用だろうか。


「アルドレア殿、ご無沙汰しております。我が主があなた様をお呼びです」


 というわけでキサラギともども王城へやってきました。

 騎士といっしょに歩いてると、道中かなり目立ちました。


「よく来たわん」


 やってきたのは騎士団の駐屯地です。

 奥まったところにある人払いされたテントに通されました。

 そこに狼フォルムのカイロさんがいました。

 狼フォルムと言ってもデカいのじゃなくて、ちいさな可愛らしいサイズです。


「これはIsekai Kawaii」

「むっ、貴様、どうしてアーカムと……ってやめろ、持つな!わん!」


 キサラギ、可愛いものに目が無いです。

 

 カイロさんに俺とキサラギの関係をすべて説明するのは難しかったのでかいつまんで俺の妹であるとだけ伝えました。


「そうだったのか。だとしたら、謝らないといけなくなる。わん。我はこの娘を地下牢に閉じ込めていたのだ。わん」

「僕も話は聞いてます。本人も気にしてないですし、カイロさんもお気になさらずに」


 悪いのは全部『神々の円卓ドゥームズ・ソサエティ』だ。


「ところで、どうして僕たちを呼ばれたんですか、カイロさん」

「うむ。実は渡し忘れていたものがあってな。わん」

「渡し忘れていた物?」

「お前たちがまだクリスト・カトレアを出て居なくてよかった。わん」


 カイロさんは目配せで騎士に指示を出す。

 騎士はうなづき、テーブルのうえの手紙をスッと差し出して来た。

 

「どうも」


 受け取る。

 封蠟がされた手紙だ。


「蝋の紋章はブラスマント家のものだ。わん」

「はあ。これは?」

「お前たちこのまま東へ向かい、ローレシア魔法王国へ帰るのだろう。長い旅もそろそろ終わり、ようやく故郷へと帰還できるわけだ。わん」


 そうだな。

 本当に長い旅だったが、あと少しでそれも終わる。

 ペグ・クリストファ都市国家連合を東に進めば、そこはローレシア魔法王国の隣国であるアーケストレス魔術王国だ。

 魔術王国を越えれば、そこはもうローレシア。

 絶滅指導者の血の奥義に巻き込まれて以来、帰ることを望んだ大地だ。


「その道中、アーケストレス魔術王国に寄り、王都へと至るだろう。そこでソレが役に立つ」

「これがですか」

「それは推薦状だわん。魔術王国が誇る名門ドラゴンクラン大魔術学院のだ。わん」

「推薦状……」

「我はお前の才能には先があるように思う。さらなる魔術の深淵を求めるなら、きっと学院の門を叩くことは、お前の糧になると思う。もちろん、必要なければ捨ててもらって構わない。わん。落ち着いてみたら、考えてみるといい。我はそのための選択肢を弟子に与えるのだ。わん」


 ドラゴンクラン大魔術学院。

 そこへ至れるとわかった時、ひとつの期待が生まれた。


 魔法学校にいけば、もしかしたら彼女のことが──ゲンゼディーフのことが何かわかるかもしれない。

 かつてバンザイデスでそんなことを思った。

 いろいろあったせいで心落ち着かせる余裕なんてなかったけど……そうだな、確かにこの旅を終えてからのことを考え始めてもいい頃合いかもしれない。


「ありがとうございます……師匠」

「ふん……お前に師匠に呼ばれると首裏あたりが無性にかゆくなるわん」

「それじゃ掻いてあげますよ」


 わしわしと毛並みを撫でる。

 無事にカイロさんに怒られました。

 

 

 ──しばらく後


 

「それじゃあ、行きますか」

「ん。準備は万端」

「キサラギは新しい旅にわくわくします」

 

 俺たちは東門から外へ出る。

 荷物持ちをいれて4頭の馬と共に俺たちはちいさな都市国家を出発した。

 ちらっと振り返れば、城壁のうえに狼が一匹お座りしていた。


 さよなら、クリスト・カトレア。

 

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