聖獣の上澄み、カイロ・カトレア



 アンナは襲ってくる聖獣に苦戦を強いられていた。


「どうした、抵抗する者よ、逃げてばかりでは子犬すら殺せないぞ……わん」


 アンナは目をスッと細める。

 アーカムにはわかる。長年一緒にいるからわかる。

 ちょっとプッツンした、と。


「アンナ、僕は放っておいていいです」

「っ、まだ無理に決まってる、ひとりにしたら噛まれておしまい。さっき腹に穴を空けられたの忘れたの」

「まあ見ててください」


(アンナがまともに戦えないのは俺が足手纏いになってるから。いや、それ以上にひどい。さっきからお姫様抱っこされて、手を塞いでしまっているんだから)


 アンナはタイミングを見計らって地面にアーカムをおろす。

 アーカムは風霊の指輪に魔力を通して、軽くひざを曲げて、とんっと地面を蹴り、素早く飛びあがった。


 そのまま高さ30mほどまで達すると、遺跡のひびわれた壁の隙間にすぽんっとおさまり、アンナに手を振った。いい感じの避難場所を見つけたようだ。


「人間の身で空を飛ぶか。つくづく身の程知らずな男だ」

「これで相手はあたしひとりになったわけだけど……。ちゃんと殺してあげるよ。死にたがりの狼」

「女剣士、貴様だけが戦うというのか。ならばよかろう。力を見せてみろ」


 両手を空いたことで、アンナはここ最近のマイブームである変則二刀流を解禁できた。


「ゆけ」


 聖獣の一声。

 まわりの狼たちが反応して勢いよく駆け始めた。

 獰猛なる牙がうなり、地を駆けて、疾風の如く、アンナへ喰らいつく。

 

 襲い掛かる獣の猛攻を、アンナは巧みな剣さばきでかわしていき、頭部ごと斬り落としいく。


 わざわざ頭を切り落とす必要はないのに、斬首を選ぶあたり、ちょっと怒気が漏れているが、それもまたアンナ・エースカロリの強さの秘訣だ。


 この狩人は冷静沈着だが、誰よりも短気でもある。かつては師匠に痛い目にあわされたり、ルームメイトのちょこざいな魔術によって苦しめられた。


 長い鍛錬は、先進的に彼女を成長させ、怒りを内包し力に変える術を身につけさせた。つまるところ、この少女はアーカムとよく似て、怒るほど強くなるタイプとなった。


 実に20頭もの狼の生首を生産したあたりで、アンナはキリがないと思い、大将首を獲りにかかった。

 

「舐めるな、女剣士」


 そう言って大頭をぶんっと叩きつけて、狼の群れを飛び越えて、突っ込んでくるアンナを潰そうとする。

 アンナはたくみにかわし、聖獣の鼻頭を駆けのぼり、走る勢いのままに、刃をを肌のうえで滑走させて斬り開いていく。鮮血があふれだす。

 

 3等級の剣でも傷ひとつとしてつかない聖獣の体表であるが、アンナの練り上げられた剣気圧があればダメージを与えることは難しくない。

 恐るべき剣の冴えに、聖獣はこの剣士の高められた実力を感じ取り、同時に自分が殺されるかもしれない、という恐怖を覚えることになった。


「こざかしい、剣士だ!」


 頭をブンブンと振りまわす。

 耐えかねて、とびのくアンナ。

 聖獣は口をガバッと開き、そこに魔力の粒子をためていく。


「凍てつく世界の冷たさを教えてやろう」


 聖獣がしめしめと神秘攻撃をしようとする。

 と、その時、


「不死鳥の魂よ、

    炎熱の形を与えたまへ、

           我らが叡智よ、

   燎原の片鱗を導きたまへ

       ──《イルト・ファイナ》」


 完全詠唱火属性三式魔術。


 火炎が滝のように降ってきて、聖獣を頭から飲み込んだ。


「うがぁあああああ?!」

「隙を見せちゃだめじゃないですか。わんわん」

「ッ?! あ、あの、クソガキがきゃあ!」

「もふもふなのでよく燃えそうですね。わんわん」

「ッ、わんわん、じゃないッ! ぶち殺す! まずはお前からだ!」


 もふもふなので実によく燃える。

 アーカムの勘どおり、火属性が弱点だったようだ。


「もらった」


 大炎上する聖獣へ近づき、アンナは刃にまとわせる鎧圧の比率をあげて、2mほどまで疑似的に剣を拡張、鋭い一撃で前足を切断した。


「風の精霊よ、力を与えたまへ、

     大いなる息吹きでもって、

  我が困難を穿て、

   風神の力で持って、天空を調停したまへ

        ──《イルト・ウィンダ》」


 機動力を失った聖獣は、完全詠唱の風の暴威にさらわれて、遺跡の壁へ突っ込んでいった。


 アンナは自慢げに鼻を膨らませる。


「やったかな?」


 そんなことを言った。


(アンナっち、だめだって。それフラグだから。言ったら復活しちゃうから……)


「貴様たち……悪くない、悪くはない、だが、とてもイライラする……わん」


 瓦礫の向こうから声が聞こえる。

 しかし、先ほどのような低い声ではない。


 土埃が晴れる。

 

 美しい少女がたっていた。

 羽衣のような物をまとい、青白い毛で覆われている。

 肩口に浅く傷を負い、血を流している。

 ついでに、ちょこっと毛先が燃えている。


(まさかの第二形態……もう、アンナさんフラグ立てるから)


 アーカムは再度、火属性式魔術の詠唱を開始した。

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