暗躍者


 少年の祖父は世にも恐ろしい厄災、人狼であった。

 いかなる経緯があって、この世に人狼と人間の子供が生まれ、さらに代を重ねるに至ったのか、その真相を少年自身知らなかった。


 ただ、彼が知っているのは、3つ月の夜には、決して外には出ないようする。

 そういう教えを、育ての親である孤児院の修道士に言いつけられていたことだ。


 ある晩、彼はどうにも寝付きが悪くて、ベッドを抜け出し、孤児院の仲間たちを起こさないようにしながら、夜の空気を浴びに外へでた。


 それは、月の夜だった。

 次の日、孤児院の29名の孤児と修道士の死亡が確認された。凄惨な現場だった。


 トニス教会は干からびたような死体の状態から、その事件が、厄災指定されている怪物──人狼の仕業だと断定し、宣教師を派遣し、事態の収拾をはかった。


 少年はすぐに見つかってしまった。

 自分がやったことが恐ろしくなって町に隠れていた。

 だが、宣教師の目はごまかせなかった。


「さあ、お祈りの時間です」


 そう言って宣教師は、3kgもある聖典で少年をくりかえし殴り、尋問した。

 爪をはがし、煮え湯をあびせ、神に許しをこわせた。

 宣教師は人狼のことをよく知らなかったので、どうすれば、少年が真の姿を表すのかいろいろと試した。


 知り合いの狩人から人狼の情報を収集し、ある月の夜、少年を獣の姿に変えることに成功した。


 少年は宣教師を殺して逃げようとした。

 だが、教会の宣教師は強かった。

 ほぼ一方的に、うちのめし、その聖職者は満足して怪物を屠ろうとした。


 その晩、宣教師は死んだ。

 少年は生き残った。

 なぜ生き残ったのか、少年にもわからなかったが、数日後に命の恩人を自称する黒い服を着た奇人が現れたことで疑問は晴れた。


「我輩が貴方を助けました。いつか恩を返してくださいねぇ〜」


 奇人とはこの後、たびたび会うことになる。

 

「ちゃんと、貴方にも聖人の素養が受け継がれてますねぇ〜」

「聖人……でも、僕は司祭様の血は継いでません」

「私が歴史の隙間から引き抜いたんですよぉ〜。いつか使えると思いましてねぇ〜、プランCくらいで、ですが、あーはっははははは!」


 少年が青年になってからしばらく。

 彼のもとに、フローレンスという少女が現れる。

 美しい少女だった。

 青年は恋をした。


 すべては奇人の手筈通りだった。


「僕を使うんですか」

「ええ、もしかしたら、これが最後の儀式になるかもしれませんからねぇ〜。教会が勘づいていますのでぇ〜この仕事を片付けたら我輩は一旦離れなければぁ〜」

「僕はなにをすればいいんですか」

「貴方は調整役ですぇ〜、プランCですからねぇ〜、

「勝ってはいけないんですか」

「えぇ、勝者はじゃないと困りますのでぇ〜、ええ、そうですねぇ〜、オマクレールか、チャップリンがいいですねぇ〜。貴方の仕事はほかの参加者を蹴散らすことですねぇ〜」


 すべてを奇人の指示通り進めようと思った。

 フローレンスの闇の魔術にかかったふりもした。


 だが、予想外だったのは、彼女の才能が奇人を上回っていたこと。

 青年は自分がデスタだと思い込むようになり、当日の計画は狂い始めてしまった。


 そして、エリザベスが想像を上回る速さで開戦し、そのせいで「ああ、これくらいの速さで継承戦って進むんやな」と、勘違いした某イレギュラーのせいでさらに展開は加速してしまい、気がつけば8時間経たずに、決着が付こうとしていた。


「まさか、オマクレールとチャップリンが死んでしまうなんて思いませんでしたねぇ〜。彼らには怪しまれない程度に勝てるだけの強い手札を配ったつもりなんですがねぇ〜。というか、貴方、なにしてくれてるんですかぁ」


 奇人はプランCへ移行した。

 プランC。それは、この戦いの最終的な勝者をデスタとし、彼にすべての『聖刻』を集めるだ。


「ああ、なるほどぉ~、貴方は本当の心までもフローレンスに奪われしまっていたのですかぁ〜」


 奇人はに、目を閉じたフローレンスを必死に体内にかくまおうとする青年を見つめる。


 哀れな青年だ。

 呪われた血を継いで生まれ、悪に翻弄され、愛を盲信させられ──。


 だが、奇人はそんなことで心を痛ませない。

 むしろ、逆だ。全部、楽しい。

 全部、面白い。全部、奇人の幸福だ。

 人を指先でコントロールしていると、言い知れぬ多幸感で満たされる。

 それが、魂に刻まれた使命であるかのように。


「最後の懸念はあのアルドレアとかいう少年ですねぇ〜。デスタが勝てればいいですがぁ〜」


 奇人はすこし心配だった。

 理由はもちろん、異分子として紛れ込んだ謎の英雄アーカム・アルドレアだ。

 恐らくいくつもの修羅場を潜ってきたであろう。

 彼の精神力は並大抵のものではない。

 剣で斬り結んでも、人を殺しても、暗殺から危機一髪で逃れても、命の危険にさらされても、決して顔色が変わらないのだ。


 奇人が恐れるのはそこだ。

 怪物を倒せるのは英雄だ。

 だが、怪物を真に恐怖させるのはイカれた奴だ。

 人間の中には時として、どこかネジの外れたやつが生まれるものなのだ。

 

 アーカム・アルドレア。

 実力はいわずもがな非常に高い。

 ある意味では狂人だ。

 まるで、今、目の前にある状況なんかよりも、遥かに恐ろしいものを見たことがあるかのようだ。それを乗り越えた者でなければ、こういう精神力には辿り着けない。

 高度な訓練で、どうこうなる話ではない。


「……ふむ、狩人、の可能性が高そうですねぇ」


 奇人は正体を推察する。


「狩人だとすると、デスタでは勝てない可能性が高いですねぇ〜、その場合、我輩が介入して仕留めるのが確実ですがぁ〜……ええ、そうした方がいいですねぇ〜」


 奇人はどこからともなく黒い大杖を取りだす。

 暗色の木製ロッドだ。

 頭には赤い球体が付いている。


 ぶつかり合うデスタとアーカム。

 両者の戦いは終盤へ。勝者はほとんど決まった。

 奇人はタイミングを見計らって、壁のなかからヌッと不意打ちを仕掛けた。


(これで死んでくださいねぇ~)

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