フローレンス・ルールー・ヘヴラモスという少女


 フローレンス・ルールー・ヘヴラモス。

 15歳にして、継承戦へ参加させられる少女の名前だ。


 彼女の人生はこれまでいっぺんの曇りなく幸せだった。

 裕福な司祭家の娘として生まれ育ち、彼女にしか見えない特別な友達といつでも一緒だった。


 ただ、フローレンスは知らなかった。

 みんなが彼女の友達を見えていないことを知らなかった。

 その事を知った時、はじめて彼女は悲しんだ。

 一度、悲しみを知ると、すべてが悲しいことのように思えて仕方がなかった。

 だから彼女は、悲しみを忘れるために友達を本当にしてあげようと思った。


 彼女の友達の名前はデスタ。

 いつでもフローレンスを守ってくれる優しい青年だ。


 デスタがフローレンスの『守護者ガーディアン』になった経緯は、いたから、だ。

 デスタという異質な青年は、この継承戦のために用意されたものではないのだ。


 フローレンスは継承戦の準備などまるでせず、デスタを現実の存在にするために、初めて魔術というものを勉強してみることにした。


 フローレンスは神に愛されているかと思うほどの天才だった。たった2ヶ月で魔術の何たるかを理解し、そして、暗黒にみそめられた。

 闇の魔力が彼女を誘惑した瞬間だった。

 彼女は選んだ。普通の魔術ではデスタを現実にするのは難しいと思った。

 だから、選んだのだ。

 闇の魔力を選んだのだ。

 堕ちたのではない。

 

 闇の囁きに耳を傾けて、彼女はドリムナメア聖人国を渡り歩いた。

 そして、闇の力を注ぎこむにふさわしい器である怪物の血を引く青年を見つけた。

 幸か不幸か、偶然か必然か、呪いか運命か、目立たずに、ちいさな幸せを選んで生きてきたその青年をを見た瞬間、フローレンスは「あ、デスタだ!」と叫んでいた。


 それから、人狼の血を引く青年はデスタとなった。


 もし青年の祖父が人狼でなかったのなら、フローレンス&デスタのペアは、どこかの誰かに、簡単に撃破されていたのかもしれない。


 だが、なんの宿命か、人狼の血を引く青年は、アーカムの運命に交差してきてしまった。


「これでいいですよ、デスタ。『聖刻』は手に入りました。ああ、焼ける。闇の力を焼こうというのですね、こんなに素晴らしいのに」

「ゥ、ゥ、ゥ、フロー、レン、ス、ゥゥ、ゥ」

「ああ、本当に大好きです、デスタ。デスタに獣の耳と尻尾は似合わないと思って取ってしまったけれど、付けておいてもそれはそれで可愛かったかもしれませんね」

「ゥ、ゥ」

「はい、そうですね、エレンを倒して、溜め込んでいる『聖刻』を束ねて完成させましょう」


(デスタはわずかでも人狼の血を引いています。それによる、吸魂の射程は20m。能力をかけながら歩いているだけでエレンもその『守護者ガーディアン』も倒せますね)


 というわけで、フローレンスとデスタは能力を最大にかけながら、階段を降りて歩きはじめた。


(少なくとも10秒くらい、さっき生命力を吸ったので、あとは20秒で仕上がりますね)


「さあ、エレン、出てきて。正々堂々、ルールー司祭家の者として誇りある戦いをしましょう」


 フローレンスが大きな声で言う。

 廊下の奥を見つめる。

 曲がり角までの長さはせいぜい10m。

 そしたら、その先はまた10m進んで曲がり角。

 実用性のない迷路のようになっているのが、この異空間と化した屋敷の特徴だ。


「来ませんか」


(戦いを急ぐ必要はありませんが、よくよく考えてみれば、別に長引かせる理由もありませんね。エレンとその『守護者ガーディアン』は少なくともチャップリンお兄様と戦い、消耗してるはず。魔術師ならば、魔力の消耗は、継続戦闘力に直結するのですし、ここで追い詰めたほうがアドバンテージを活かせますね)


 フローレンスは杖を手にとり、風の魔術で自分の左腕を肩口から切り落とす。

 闇の魔術で腕を無数のネズミに変える。

 

「さあ、探してきてください」


 索敵がはじまった。

 

 

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