曲がり角の狙撃手

 アーカムは考える。


(人狼が相手の時は……)


 かつての師匠の講義を思いだす。


「吸血鬼と違って比較的、再生能力の低い厄災さ。私の感覚からすると、それなりに戦いやすいイメージはあるねぇ」

「なるほど。雑魚と」

「そこまで言ってないさ。その分、他の生物から命を吸い取って身体を癒したり、腹を満たしたりする者だから余計にタチは悪いんだけどねぇ」

「クズじゃないですか」

「厄災は皆、クズばかりさ。人狼の吸魂領域きゅうこんりょういきの射程は個体差が激しいが、おおよそ20mくらいと思っておけばいい。この領域に足を踏み入れると、だいたい数十秒であの世へ逝ける」

「嬉しくないんですけど。それ無敵すぎませんか?」

「そうでもない。狩人は長いこと人狼と戦って来たんだ。攻略手段はおおむね確立しているさ。まあ、その分、狩人を知る人狼は対策をしてくるけどねぇ」

「手段……そんなものがあるんですか?」

「思い出すんだよ、アーカム、狩人には怪物たちを退ける武器があったはずだ」

 

「アルドレア様、ネズミが!」


 エレントバッハの声に回想から引き戻されるアーカム。

 見れば、足元にネズミにいた。


「ネズミがいるなんておかしいと思いませんか!」

「……おかしいですかね?」


 そう言ったあとに、アーカムの直感がネズミを叩き潰すことを推奨して来た。

 ゆえにアーカムは本能のままにネズミを思いきり蹴り飛ばし、壁に叩きつける。


「あ、アルドレア様?」

「おかしいです。ネズミがいるなんて」

「で、ですよね!」


 直感が告げてくる。

 

「エレントバッハさん、どうやら僕たちは敵に見つかったようです」

「え?」



 ────



 ──フローレンスの視点


「ああ、見つけたのね」


 微笑むフローレンス。


「デスタ、お願いしますね」

「ゥ! ゥゥ! フロー、レンス、ウゥ、ゥ!」


 フローレンスが杖の先端でデスタの首筋を優しく撫でる。

 すると、黒い模様が浮き出て、蛇ように皮膚の下を這いずって蠢いた。


 デスタの人体変態が始まった。

 ガキガキ、ゴギゴギ、骨格が変形していき、筋肉の体積が増していく。

 肌を焼くほどの熱い蒸気とともに、身体の各部位から豊かな剛毛と、鋭い牙と、尖った爪が生えてくる。


 変身が終わった。

 そこにはもう線の細い青年はいない。

 いるのは身長3mの筋骨隆々の獣だ。

 背中が酷く曲がっていて、口からは獰猛な唸り声が絶えず漏れていて、とても不気味である。


 フローレンスはデスタの背中の毛に掴まる。

 デスタが猛スピードで駆けだした。

 曲がり角をいくつか経て、眷属がアーカムたちを見つけた元へ、たどり着く。


「おかしいですね。ここにいるはずですけれど」


 壁に血の模様を描くネズミの遺体。

 肉塊から復活して、再び動きはじめ、フローレンスの体に戻って来て、腕の肉の一部となった。


「もう一度、探しますか──」


 そう言いかけた瞬間。

 曲がり角をナニかが高速で曲がってくる。

 ソレは空気を斬り裂き、狙い違わずにフローレンスの身体を弾き飛ばした。

 

 ちいさな身体がゴロゴロと。

 ふかふかの絨毯のうえを転がっていく。


(い、痛いっ! なんて、容赦がないの……っ。これはエレンの魔術じゃない、あのボロ雑巾のですね……というか、魔術師だったの、あのボロ雑巾……)


 フラフラと立ちあがり、フローレンスは脱却した肩をハメ直す。


(今、曲がり角を曲がって飛んできたように見えましたけど──)


 2発目。

 フローレンスは目を見開く。

 本当に曲がり角を曲がって、風の玉が飛んできていた。


 フローレンスは飛び込むようにして、慌てて絨毯に伏せた。

 風が頭上を通りすぎていき、背後の壁に穴を空ける。 

 穴は数センチの深さに達していた。


(さっきより高威力……食らったら良くて骨折、悪くて即死ですね……)


「信じられませんが、あのボロ雑巾の実力を改める必要があるようですね」


(撃っているのはおそらく《ウィンダ》。私も使えるから分かります。ですが、コントロールが異次元の領域ですね。3mの幅しかない曲がり角を通すなんて、正気とは思えませんね。1発目の威力が弱かったのは、おそらく自信がなかったから。つまり、調整用の初撃。二撃目は感覚を掴んだ証拠。恐ろしいセンスですね……おそらく、三撃目が二撃目より威力で劣ることはない。いえ、むしろ威力を上げてくる可能性のほうが高い……)


 フローレンスの想像通り、三撃目は二撃目よりも速く、鋭く、それでもって形状も玉ではなく、小さな槍のようになっていた。


 殺意の高すぎる攻撃だ。

 これで運が良くても致命傷確定コースだ。


「デスタ!」

「ゥゥ!」


 人狼デスタは手で風槍を叩き落とす。

 

(見えてないのにどうやってこんな正確に)


「っ、あれは!」


 フローレンスは廊下の曲がり角の近くに光るものを見つけた。

 ふかふかの赤い絨毯のうえ、壁に立てかけるようにして置いてある。

 それは歪な形をしている。

 光沢があり、表面には曲がり角の向こう側の景色が見えた。


(あれです! あの反射する金属を使ってこちらの位置を見ているのですね!)


 だとすれば、曲がり角の向こうにボロ雑巾とエレントバッハはいる。


 そう確信して、フローレンスはデスタの背に捕まり、反射する金属へ突貫させると、イライラの感情のままに叩き潰させた。


 そして、角の向こうに潜んでいる嫌らしい戦術家を八つ裂きにしてやろうとし──


(え?)


 いなかった。

 曲がり角の向こう側。

 ボロ雑巾はいなかった。


 代わりにあったのは、床に置かれた


 それを見た瞬間、フローレンスの頭に疾風が突き刺さり穴が空いた。

 


 ────



「アルドレア様どうですか?」

「感触はありました。次は当てます」


 アーカムは左手に銀食器を叩き潰して作ったをもって、右手のコトルアの杖で狙いをつける。


 曲がり角を経由しての狙撃だ。

 それぞれの角には、チャップリンがケーキを食べていた机からくすねてきた銀食器を潰してつくった鏡を置いて来てある。

 それによって、風の玉を3つの曲がり角の先へ撃ち込む離れ業が可能になっているのだ。


(厄災と正面切って戦うのはハッキリいって自信ないし、普通に嫌だ。だから、悪いけどあの可愛いお嬢様の脳みそぶちまけることに全集中の呼吸を使わせてもらいますよっと)


「ここ」

 

 放たれる二撃目。

 

(避けられたんだけど)


「ここ」


(うわ、人狼にははたき落とされた。見えてんじゃん、やばいって。見えるなら先に言ってよ、話違うじゃん)


 曲がり角を曲がって来た。

 

「当てました」


 アーカムは顔色ひとつ変えずに告げる。

 エレントバッハはアーカムの肩にから身を乗りだし、彼の手元の鏡に見た。

 恐ろしい獣の背中から、フローレンスが落下する。

 血がたくさん出ている。当たった個所を考えれば即死だ。


「アルドレア様……流石です……」


(本当にこの人何者なんだろう……)


 エレントバッハはアーカムへの尊敬を募らせると同時に、神業を連発しすぎて、すこし恐くなりはじめるのだった。

 

 

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