狩人流剣術三段
新暦3057年 夏一月
バンザイデスに来てから5カ月が過ぎようとしている。
一年を通して本心から熱いと言える時期になった。
「狩人流剣術三段になるためには剣気圧の習得が不可欠だ」
俺はテニール師匠と芝生に座り込み休憩しながら、向こうで木剣を振り回してるアンナを眺めていた。
彼女はただいま、アンチ天才派の騎士100人斬りチャレンジと言う名の報復をしている最中である。容赦なく顔面傷だらけにされる騎士たちを見ていると心がスカっとする。圧倒的じゃないか我らが剣姫は。いいぞ薙ぎ払え。殲滅しろ。
「気を落とすことはない。彼女の方が剣に親しんでいる時間は長いからねぇ」
アンナは狩人流剣術三段になっていた。
俺はまだ三段の保有を許されていない。
「ただ、不可解ではあるねぇ。アーカムほど動けて剣の理を知っているのなら、剣気圧の習得はすでに済んでいなくてはおかしい」
剣気圧。
2種類の圧からなる”剣士の気”のような力。
見た目は青紫色のオーラである。
・
身体能力強化。体内に剣気圧を流す技。
・
耐久能力強化。皮膚表面をオーラで包み外界からの攻撃を塞ぐ。
体外のオーラには重さがあり、密度を調整することで体重操作も可能。
俺の推論ではおそらくこれらは魔力の働きによる技巧だ。
中国武術の達人が、修行の果てに目覚めるとされる気功と感覚レベルでは同じものだろう。
「なぜ、君は剣気圧が目覚めないんだろうねぇ」
思い当たる節はある。
魔力の作用で生まれる剣気圧。
すなわちマナニウムによる作用ということになる。
アンナの剣圧や鎧圧を見るに、その働きは超能力者のサイコキネシスと似ている。
正確には『
あくまで気体なので弾性に優れ、衝撃を吸収し、なおかつ硬いゆえ生半可な重火器では突破できない。超能力者のバケモノっぷりを象徴する能力と言えよう。
かつてエイダムが大口径銃で撃たれても無事だったのは、鎧圧のおかげだったのだろうと今ならはっきりわかる。
「アーカム」
「なんですか、師匠」
「私は君に隠し事をしている」
「僕も同じですよ。気にしないでください」
「私の秘密を打ち明けたら、君の秘密も教えてくれるかい」
テニール師匠はなかなかの秘密主義者だ。
例えば、俺やアンナに突っかかって来た嫌な騎士が、いつのまにか姿を消していたりすることがある。
だれもその後の消息を知らない。
しばらくしたら、近くの湖で水死体が発見されたりする。
それはマフィアの消し方なんよ。
テニール師匠に訊いても、もちろん何も答えてはくれない。「雑魚に構ってると時間はあっという間にすぎてしまうからねぇ」と恐い感じにつぶやくだけだ。
こんなものは序の口だ。
どこで寝泊まりしているのかも知らない。誰も知らない。
訓練後、あとをつけても誰も尾行を1分として継続できない。
いつ寝ているのかも知らない。いつご飯食べてるのかもわからない。
家族について不明。
年齢も相変わらず不明。
前職は何をしていたのかも不明。
俺がテニール師匠について知っていることは、彼について何も知らないということだけだ。
「まあ、師匠の秘密主義はひどいですからね、その情報には価値あるでしょう」
「これからはもっと情報開示できるよう努めよう。わざとじゃないんだ。いろいろとあるんだよ。職業病と言ってもいいかもしれないねぇ」
秘密ごとがクセか。
前世はCIA諜報員かな。
「もう隠すこともないんだけどねぇ。一応の保険かねぇ」
「もっとわかりやすく言ってくれれば僕も秘密を明かそうと思っていました」
「ほっほほ、そうかそれじゃあ、ひとつヒントを。まことしやかにささやかれる噂がある。私についての噂だ。その噂は良い線行っているんだよ」
「え、そうなんですか?」
「秘密にし過ぎて逆に怪しいからさ。みんなピンと来てる」
「なるほど」
あとでアンナに訊いてみよう。
秘密主義者の尻尾をつかめそうだ。
「それじゃあ、アーカムの番だ」
「僕には特別なチカラがあります」
「超直感のことかい」
「いいえ。お見せしますよ」
俺はハイパーモードに入る。
ほのかに青紫色のオーラが漂いはじめた。
今ではコントロールも慣れたものだ。
テニール師匠は眉根をひそめて「おお……」と息をもらした。
「剣気圧に似ているが、すこし違うねぇ」
「純粋な魔力の層です。圧と似たような働きをもっていると思います」
「それで剣気圧を代用できるなら、三段以上の剣術も修められるだろうねぇ。どんな原理か大変気になるところだ。どうしていままで隠していたんだい?」
「これはとっておきですよ。切り札みたいな物なんです」
実際3分で魔力を全放出してしまう。
そのあと動くことを考えれば、実質の持続時間は1~2分と言ったところ。
それが超能力者アーカムの活動限界だ。
もし剣気圧を習得できるなら、そちらを使いたかった。
だが、俺の体は異常にすぎる。
魂の年齢、肉体の年齢、再覚醒した超能力。
不具合で剣気圧が平常時で使えないくらいのことは想定してしかるべきだろう。
「わかった、その言い訳で納得してあげよう。で、漲るパワーで何ができるのか見せてくれ」
木剣を持ち、向かいあう。
残り時間1分40秒。
俺は力強く芝生を踏みきった。
地面と水平に飛び、刹那の後に師匠に肉薄する。
振り降ろす木剣が、師匠の木剣を叩く。
ゴォンッ! と重たい金属のぶつかる音が響きわたる。
まわりがざわめき、修練場の全員がこちらを向く。
「こ、これはッ!」
師匠の足は地面に突き刺さり、寸前で踏ん張っている。
芝生にどんどん深く埋まっていき、俺の力に耐えかねているようだ。
こんなもんじゃない。
俺は腕力に物を言わせて思い切り押し込む。
「──悪いが腕力の強い相手はやりなれてるんだよ」
テニール師匠の細目がわずかに開き、灰光が瞳に宿る。
なんだ、この感覚は。力が逃がされる?
瞬間、俺の体はふわりと浮いた。
そして──思い切り横っ面をぶっ叩かれた。
「うぐあああ!?」
あまりの痛さにハイパーモードを解除して、のたうちまわる。
頭がもげたかと思った。
首の骨ごきゃって言ってたし。
「君の力を利用して投げさせてもらった」
「うぐうあああ!」
「迷えば敗れる。すこし考えてしまったようだねぇ、アーカム」
「う、ぐへぇ」
「でも、おめでとう。君を狩人流剣術三段にしてあげよう」
「……へ?」
「その力はとても貴重だ。ほっほほ、久しぶりに肝が冷えたよ。厄災の恐ろしさを思い出してしまうくらいにねぇ」
テニール師匠は冷汗をぬぐっていた。
手に持つ木剣は内側から破裂するように壊れていた。
「君の特別な剣気圧はとてつもない潜在能力を秘めているねぇ。ほっほほ、思ったより追い越されるのは早いかもしれないねぇ」
そう言うテニール師匠の顔はとても嬉しそうだった。
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