仲間かもしれない


 新暦3057年 春一月


 駐屯地に来てから2カ月が経った。

 すこし芝生は青くなってきたがまだまだ寒い。


 果敢に走り込み、二連撃を放つアンナ。

 軽くいなすテニール師匠。


「喰らえ、じじい!」

「違う、全然違う。そうじゃない、アンナ」


 アンナの斬り返しをたやすく受け流し、テニール師匠は足を払って転ばせる。

 トドメとばかりに彼女の綺麗な顔を蹴り飛ばす。ひでえな。


 その隙をついて、背後から斬りかかる俺。


「隙ありッ!」

「失望させないでくれ、アーカム」


 顔面に肘打ちを喰らう。痛ぇ!

 ひるんだところを木剣で叩かれ、数メートル飛ばされる。


 俺もアンナもぼろ雑巾のように芝生に転がった。


「アンナは不死身体質を過信してやや足運びが雑だねぇ。刺し違えても、自分は生き残るという意識が水面下にあるのが手に取るようにわかる。洗練を諦めれば、君は永遠に二段どまりだよ」

「は、はい……直します……」

「うむ。で、アーカム」


 俺にはどんな厳しい言葉が待っているんだ。


「君の”超直感”は人類最高の才能のひとつだ」


 超直感。

 テニール師匠に指摘されて自覚した俺の才能だ。

 たぶんパッシブの超能力の一種だと思われる。

 向こうではシックスセンスと呼ばれていた超稀少な超能力だ。

 2101年の時点では事例が世界に1件あっただけだ。


 これのおかげで俺はあらゆる物事に対してハイセンスを発揮する。

 剣術も魔術もすぐにコツを掴める。

 初見の剣技も見切れる、敵に対してなにが有効な攻撃かも勘でわかる。

 ちなみにギャンブルでも効果を発揮することが昨晩のトランプ対決でわかっている。


「その力があれば不可能はない。君が大天才である由縁のようなものだねぇ」


 めっちゃ褒められんじゃん。

 

「だが、才能を持て余している。君はそれを御することができていない。だから、私の反撃を避けれない。だから、なにも守れず、すべてを失うことになる」

「……」

「迷えば敗れる。励め、アーカム」


 俺は黙したままうなづく。


「それじゃあ、またあとで来るからねぇ。休憩しておくんだよ、ふたりとも」


「は、はい」

「……うい」


 俺はアンナのそばに行き、手を差し伸べる。

 彼女は俺の手はとらず、むくっと起きあがった。

 逆にポーションを差し出されたので、ありがたく受け取る。

 ポカリだったらもっと絵になったのだろうと思いながら飲む。

 苦い。これが青春の味か。


 そうして、俺たちは背中あわせで芝生に座りこんだ。


「師匠、厳しくなってないですか」

「ありがたいことよ。あたしたちみたいなひよっこを本気で相手にしてくれてる」

「本気にされたら死ぬだけでは?」

「本気で強くしようとしてるってこと。きっと期待してるのよ。あたしたちの才能に」

「へえ、確かに、それはありがたいことですね」


 世界にわずか数人しかいないと言われる狩人流五段。

 そのすべてを吸収出来れば、あるいは緒方以上の超能力者にも対抗できるかもしれない。


 訓練が終わり、俺たちは宿舎の一階にある大きな食堂へ向かう。

 だいたい10日で一周するローテーションの飯をプレートにべちゃっと置いてもらい、おばちゃんにお礼をいって席を探す。


 あいにくと2人並んで座れる場所がなかった。

 アンナは大股開いて席を占有する騎士のもとへ近付く。


「少し席を詰めてもらってもいいかしら」

「これはこれは! おい見ろよ、天才ちびっこ剣士のアンナちゃんが席ゆずれって言ってきたぞ!」


 食事の乗ったプレートを持ったままのアンナに、背の高い屈強な騎士がつめ寄っていく。

 またかよ。


「んん、どうしたんだい、そっちの天才仲間のアーカムぼうやといっしょに食事デートかな? 楽しそうでいいなあ、お子様はぁ、テニール先生に甘やかされるのも天才だから許されるのかぁ」


 へらへら笑う屈強な騎士をじーっと見上げるアンナ。

 彼女はこちらへ視線を移し「別の場所を探しましょう」と言って歩きだす。

 彼女がそう言うなら俺は別に構いはしない。

 

 才能は結果を生む。

 結果は嫉妬を生む。

 嫉妬は動機を生む。


 天才だって楽じゃない。


「おい、待てよ、ガキ。大人にシカトこいてんじゃねえよ」


 アンナの夕食の載ったプレートがはたき落とされる。

 

「あーごめんねっ! おにいさん間違えて腕があたっちゃったよ!」

「拾え」

「……あ? 俺さ、いまアンナちゃんと話してるんだよ。それともどうした、彼女のまえでカッコつけたいお年頃かなアーカムくん」」


 俺のプレートをアンナに押しつけるように渡す。

 屈強な騎士は「おいおい、まじかよ」と笑いをこらえて、仲間たちと視線を交換している。


「この際はっきり言っとくぜ、アーカムくんよお」

「言うだけならタダだ。言えばいい」

「前から思ってたんだけどさぁ……てめえ本当に上等な野郎だなッ!」


 デカい拳が降りて来る。

 かわして、足を蹴り、ひざまずかせる。

 背後にまわり、羽交い絞めにし、抜杖して頭に突きつけた。


「ぁ……」

 

 一瞬の拘束劇に驚いているのか、騎士は抵抗することもできていない。

 野次馬たちがどっとざわめく。


「以前は我慢が得意でしたが、あいにくと今は短気なんですよ。……あんまり俺を怒らせるな、三流騎士」

「うぐっ! 舐めんな、ガキぃいい!!」


 もがこうとする騎士。

 俺は解放してやる。

 すると、相手はたたらを踏んで振りかえり、喜んでまた殴りかかってきた。

 ので、≪ウィンダ≫で吹っ飛ばしてやった。

 床をツーっと滑っていき、騎士は白目むいて気絶した。

 

「え、今なにしたんだ……」

「噂に訊くアーカムの魔法だろ?」

「無詠唱とかっていう?」

「まじで詠唱してねえじゃん……」

「それヤバくね?」


 動揺と恐怖と驚愕とが入り混じったようなわざめきが広がっていく。


「泡拭いて痙攣したい方はほかにいますか? 手をあげてください」


 俺がそう訊くと騎士たちは沈黙した。

 お互いに顔を見合わせている。


「お前たちィィイ! 一体なにをしているゥウ!」


 騒ぎを聞きつけた鬼教官が修羅の形相でやってきた。

 騎士たちは「やばッ!」と言って蜘蛛の子のように散っていく。

 鬼教官は気絶する騎士を見つけるなり、足蹴にし「状況を説明しろこの腐った陰茎野郎ォ!」と叩き起こすのを見て、見つかれば面倒な予感がビシビシとした。


「行きましょう」


 茫然と立ち尽くすアンナを連れて食堂をあとにする。

 喧騒を離れて、静かな宿舎裏にやって来た。

 俺は腰を下ろして、ポケットに入れてたパンを取りだしてかじる。

 アンナは遠慮がちに隣に座った。


「最近は騎士たちも厳しいですね」

「先生があたしたちの訓練に時間を割くから、不満が募ってるようね」


 騎士と言っても全員がくだらない輩なわけじゃない。

 ああいう手合いはほんの一部だ。

 

「これ返すよ」

「いいです。僕はパンがあります」


 アンナがプレートを差し出して来たので押しかえす。


「いらない」

「食べてください。もったいないです」

「あたしこれ嫌いだから」

「いつも嬉しそうにパクパク食べてるの知ってますから。大好物でしょうに」

「……なんで知ってるのよ」


 ここに来てからずっと一緒だからです。

 

「さあ、食べて。冷めちゃいますよ」


 アンナは諦めたようにフォークで、とろとろの卵をつつき始めた。

 静かな時間が流れていく。

 星が綺麗な夜だ。夜の空気はひんやりしている。

 月もちゃんと3つうかがえる。


「あたし昔からああいう感じだったのよ」

「ああって。さっきのですか」

「天才だったからね。エースカロリ家があたしを先生のところに送ってから半年経つかな。その前は別の駐屯地で。その前は騎士団の訓練学校にいた」

「家には帰ってないんですか」

「4年くらい帰ってないかもね」

「へえ、それはまた凄い境遇なことで。流石は天才アンナ・エースカロリ」

「からかわないで。大天才さん」


 アンナが自分を語るのは珍しかった。

 初日に決闘で勝った報酬として聞かせてもらってから、久しぶりに彼女の概要が更新された気がする。


 俺はふと、初日にした質問を思い出した。


「僕たち友達って呼べますかね」


 聞くとアンナは目を丸くした。

 夜空を見上げて、しばらく沈黙する。

 俺も空を見上げていると、


「友達じゃないと思う」

「……そうですか」

「でも、仲間かもしれない」

「仲間ですか?」

「苦難を共に乗り越える……みたいな」


 首を横に向ける。

 アンナは頬を染めてあっちを向いた。

 おや……これは──


「ごめん、やっぱり忘れて」

「なるほど……仲間、ですか。それはいいものですね。仲間。うんうん、最高の響きです」

「……お願いだから忘れて」

「嫌ですよ。だって仲間じゃないですか」

「……今から怒る」

「え?」

「あんたを殴る。左フックを上下に打ち分けて、レバーに効かせつつ、反射神経の限界を試しながら死ぬまで殴る」

「死ぬまで殴るということは、つまり死ぬまで殴られても文句は言えないってことですけど、大丈夫ですか?」


 その後もたびたび俺は仲間発言を掘り起こした。アンナが色香を仕掛けてくることへの、ある種のカウンター攻撃として重宝するようになった。


 ちなみにその晩のボクシングはしっかり俺が勝った。超直感を舐めるな。

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