第二章 怪物殺しの古狩人

船の再調査



 新暦3054年 冬三月


 アディが魔導書を買いにクルクマを出立してくれた。

 まずは隣町のバンザイデスへ。そこで見つからなかったら王都まで行く覚悟だと言って、余裕で30日以上になる旅に出てくれた。

 異世界では本を手に入れるだけでも一苦労だ。

 それなのに労力をいとわない我が父には頭があがらない。


 アディを早朝に家族全員で見送ったのち、俺はエレアラント森林へもぐる。

 フィールドワークで歩きなれた足腰で獣道を進む。


 エイダムの墓の付近まで来た。

 ハンモックやら小屋やら──雨風しのげる程度の物──を設置して、ちょっとした秘密基地みたいにしている。


 とはいえ、ここは真の秘密基地ではない。

 先日、墓の近くの巨木の根っこに穴を掘った。

 この長い長い穴は螺旋状になっていて、地面下70mほどの地点まで続いている。


 穴の行きつく先は──異世界転移船だ。

 今日はこの船を再調査しようと思う。

 緒方の封印棺がある通路には、なんとなく近づかないことにする。


 ──しばらく後


 使えそうな物がごろごろ出て来た。

 陶器のマグカップ、コーヒーメイカー、蛍光ペン、白い紙、ホワイトボード、クリップ、白衣、乗組員たちの服、靴etc


 日用品はあふれるほどある。

 異世界環境下での滞在を予測していたのなら、あってしかるべきものだろう。


 俺は緒方が銃を使っていたのを思い出して操縦室を調べた。

 だが、残念なことに銃は壊れてしまっていた。

 弾の補給が見込めない以上、使えない武器だ。

 役には立たないだろう。


 武器庫を調べてみた。

 ただ銃の類はすべて壊されていた。

 緒方がやったのだろうか。しかし、動機が不明だ。

 たしか呪いによって乗組員が発狂する事件があったらしいが……その時になにかあったのかもしれない。


 倉庫では、タイプライターなどの明らかに意図的に持ってこられたアンティークなアイテムが多数置かれていた。

 電子機器の類が故障する事態を想定していたのかもしれない。賢い選択だ。


 船の故障の原因も調べてみた。

 どうにもエンジンが怪しかった。

 この船のエンジンはマナニウム発電炉だ。

 俺の知っているモノより、幾ばくか小型化に成功しているが原理は同じだ。

 となると、こいつが暴走した結果として、強烈なサージ電流が船を襲った可能性が高い。


「電子機器全滅ってことはサージ電流対策してなかったのか?」


 強烈な電流を感知して、回路を守るサージアブソーバが搭載されているはずだが……なんらかのであらかじめ劣化させられていたとしか考えられない。


「どうにもおかしな点があるな。船のなかに裏切者がいて転移を邪魔してたみたいな……何かあったんだろうな」


 とにかく、考えてもしかたないことだ。


 結論、やはり船の電子機器は使えない。

 紙媒体の資料がゼロなので2111年当時の情報を抜き出すことも不可能。

 さらに、そのせいで実は開かない扉が多数存在する。

 電子ロックがかかったまま壊れたせいだ。


 ただ、ところどころ扉のまわりに、サイコキネシスで捻じ曲げたとしか思えない不自然極まりない損傷が多数あった。

 船の多くの扉は緒方が、超能力で強制的に開通させたのだろう。

  

「となると、閉まってる扉は用事がない部屋ということか?」


 船のメインデッキに船内地図があったので確認してみる。


「冷凍室……第3住居区画、研究区画、第4倉庫……ってまだまだいっぱいあるな」


 緒方はこの船の限られた空間で活動していたらしい。

 ほとんどの区画には役立つ物がないと知っていたのだろう。


 俺は閉じられた扉を≪アルト・ウィンダ≫で吹っ飛ばそうと試みた。

 だが、無駄だった。特殊合金製の扉はかなりぶ厚い。

 恐らくは異世界側の脅威が、船内侵入してきた場合を想定して、籠城用の防壁としてつくられているのだろう。


 仕方がないので、緒方がやったようにサイコキネシスでの扉破壊を試みる。


 しかし、ここで重大な問題が出て来る。

 俺は緒方との一戦以来、超能力を使えなくなってしまったことだ。

 原因は不明だ。


 サイコキネシスがないと扉をこじ開けられない。

 俺の調査はここで一旦停滞を余儀なくされた。


 ただ、たくさんの収穫があった。

 俺はそれらをメインデッキに並べてみることにした。

 この船は死蛍で満たされているため、電気がなくてもどこでも明るい。

 そのため、居住空間としては大変優れている。


 ちょっと遊ぶ。


 低反発ベッドに寝っ転がり、タイプライターでこれまでの魔術に関する研究レポートを白い綺麗な紙に打ち直したり。

 ついでに煙草も吹かしてみる。

 クソほどまずい。


 ひとり大富豪。

 ひとりババ抜き。

 ひとり七並べ。

 ひとりトランプタワー。

 ひとりチェス。ひとり将棋。

 ひとりマジック・ザ・ギャザリング。


 食糧庫からもらってきた缶詰も食べてやる。

 ミネラルウォーターだって飲んでやる。


 ひとしきり豪遊した。

 

「果てしなく虚しいな……」


 缶詰とミネラウォーターは美味しく感じたが、だからどうってことない。

 味の濃さは、流石科学調味料の世界から来た食品だけあるが、それをプラス査定しても、エヴァの作ってくれる飯の方が普通に美味しく感じる。


 タイプライターを打つ手をとめて大きなため息をつく。

 俺は結論をだす。


 未練がない。

 ひとしきり地球文明のなかに自分を置いたら、なにか懐古的な感情になるかと思ったが、びっくりするぐらいどうでもいい。

 俺は追放されたあの時に、あるいは再び目覚めたあの時に、すべてのアイデンティティをこの世界に移したのかもしれない。


 俺はもう伊介天成ではないのだ。

 

「しかし、ここの物品を魔道具として行商人に売ったらいい商売になりそうだな」


 タイプライターは俺が使おう。

 手書きでレポートってしんどかったんだよね。


 とはいえ、今の俺には金稼ぎやレポートよりも優先事項がある。


 ただいまの急務は超能力の再覚醒だ。

 戦うにはあの力が必要不可欠だ。

 

「もう一度、あの力を使えるようにならないと」


 俺は考える。

 なぜ、俺は超能力を再び失った。

 

「というより、なんで使えたのかって話か」


 ひとつの答えを見出す。

 

「念……そうだ、超能力の基本は人の願い、それを実現させようと強く念じることか」


 緒方を本気でぶち殺そうとした時の気持ちを思い出す。

 来た。来た。あの時の感覚だ。


 この感覚。

 全身に満ちるエネルギー。

 すべてを可能にできそうな万能感。


 気分が高揚してくる。

 最高にハイってやつだ。

 

「はははははっ! ぶっ壊れろッ!」


 俺は全エネルギーを体放出してメインデッキをめちゃめちゃに吹き飛ばした。

 直後、気を失った。


 ──しばらく後


 目が覚めた俺はひどい頭痛と倦怠感に襲われていた。

 同時にさっきの自分の狂った行動に、恐怖を感じていた。


「俺……なにしてん、だ?」


 破壊されたメインデッキを見渡して絶句する。


 超能力者化には成功した。

 だが、明らかに冷静ではなかった。

 衝動のままにサイコキネシスを全ぶっぱして気絶。


 最高にアホだし、最強に危険人物だ。


「最悪の気分だ」


 超能力者化の副作用のせいだろう。

 もう魔力が残っている感じがしない。

 おそらく俺の体に貯蔵されている魔力──マナニウムを使い切ったのだ。

 たった一撃で。


 燃費が悪すぎる。

 でも、これをどうにかしないと超能力者の力を使えない。


 物事を理解するには、潜む法則を見つけるのが大事だ。

 法則の理解は試行回数を稼ぐことからはじまる。

 繰り返すことで必ずこの力をモノにしてやろう。


 超能力者化──仮称『ハイパーモード』のトレーニングがはじまった。

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