吸血鬼、幼体
すべての生物を統べる生物として混沌がデザインした究極の怪物。
神に近しい者のいたずら心で生まれた破壊と暴力の化身は、アーカムの強力な《アルト・ウィンダ》を喰らうおうとも、まるでダメージを負っていなかった。
瓦礫の中なかぴょんっと飛びだして肩を鳴らす。
少女はニヤリと笑い、肩にかかった銀色の髪をバサッと払った。
「速いのね。手の動きも、発動も。あなたみたいな魔術師ははじめてよ」
少女への返答は圧縮した
こっちで砕けろ。
「あはは、どこを狙っているの?」
アーカムの放つ風を少女はたやすく避けてしまった。
諦めずに連射力重視で動きをとめるべく《アルト・ウィンダ》を撃ちまくる。
かする気配さえない。
秒間2発以上の連射だ。
通常ならありえないほどの魔術の発動速度である。
だが、それでもってしても怪物を捉えるには足りない。
アーカムは内心で思う「速すぎでは?」
暗闇と血の舞踏会場を少女は踊りながら、すこしずつアーカムへ近づいていき──10mほどの近さになった時、姿が掻き消えた。わずかに舞う砂埃。
アーカムは目を見開いた。速いッ!
敵を見失ったことへの恐怖がわきあがる。
と、同時に、超直感の告げるままに、上体を大きくそらす。
少女の腕が空を切った。
先ほどまでアーカムの体があった空間を、手刀で、超速で薙ぎ払っていたのだ。
余波で向こうの建物が崩れはじめる。
少女は驚愕に目を丸くする。
まさか魔術師ごときに、自分の攻撃を避けられるとは思っていなかったのだ。
「なんで避けれるの?」と疑問だらけの眼差しを、目の前のアーカムへ向けていた。
隙ありだ。アーカムは大きく上体を反らしたまま、《イルト・ウィンダ》でゼロ距離射撃を行った。
少女が夜空へぶち上がり、血の雨がボタボタっと降ってくる。
ちいさな体は修練場の芝にべちゃっと落ちた。
「死んだか」
「すごいわ、こんなに動ける魔術師は初めてよ」
「……生きてんのかよ」
完全に死んだ流れだったろ。アーカムは眉根をひそめる。
吸血鬼の少女は何事もなかったかのように起きあがると「服が汚れちゃったわ」と言って、モノクロなドレスをパンパンっと手で叩いた。
「それじゃあ、私本気出しちゃうわね」
瞬間、少女の瞳が真っ赤に染まり、皮膚には赤い血痕模様がうかびあがった。
アーカムは息を呑む。
知っていた。吸血鬼のこの
テニールに受けた講義がアーカムの脳裏に蘇る。
「血脈開放。吸血鬼の奥の手だねぇ」
「血脈開放ですか」
「この状態になると吸血鬼の化け物じみた速さと腕力は飛躍的に向上する。特に最初は血脈開放を使わずに狩人に速さを覚えさせ、後から血脈開放に入ることで、速さの緩急を生みだす。これにより経験が少ない新人狩人は格下の吸血鬼に一撃で殺されることがままある。それくらい別物になるってことさ」
「どうすればいいんですか?」
「簡単な話だよ、アーカム。こっちも本気を出せばいい」
「……」
つまり攻略法はない。
ただ、全身全霊で迎え撃つのみだ。
「さようなら、ちいさな狩人さん」
少女の足元が爆発する。
怪物の脚力が地面をえぐったのである。迫る
芝生が弾け飛び、影も音もなく、濃密な死の気配はアーカムの首へ迫る。
頸動脈をちょっと撫でてやればおしまいだ。
それで人間なんてみんな死ぬ。狩人だって殺せる。
少女の黒い爪先がアーカムの喉に突き刺さった。
ちいさなピンクの唇が勝利に歪む。
「──あれ?」
だが、不思議なことに細腕が動かなかった。
これでは血管を擦って破裂させられない。
少女は目を見張る。
今しがた攻撃をしかけた生意気な人間のガキ。
彼は別人になっていた。
体にまとうのは青紫色の濃密なオーラ。
青白い雷がビヂリっと空気を焼く。
神々しい姿だった。
瞳の色は蒼く染まり、冷たい炎のように揺れていた。
誰? さっきのガキ?
なんでこんなに様子が変わっているの?
と、その時。
吸血鬼は気がついた。
突き刺さんと下り出した腕は、アーカムに手首を掴まれ、握りつぶされていたことを。
少女にはまるで意味がわからない状況だ。
何一つとして理解できる要素がない。
「お前に俺は殺せない」
「こん、な、バカなことが……」
アーカムはへし折った手首を掴んだまま、少女を地面に叩きつけた。
地震が発生し、宿舎の窓が一斉にパリンッと割れ、地面が砕け、少女の身体は芝にめりこむ。
人類では到底考えられないパワーであった。
「ぁ……ぁ……そ……ん、な……」
アーカムは銀の剣を手に取ると、地面に埋まって動けない少女の心臓を突き刺し破壊した。
少女は苦痛に泣き叫び、やがて、静かになると蒼炎が永遠の命を焼きはじめた。
怪物の身体が朽ちていく。
「10秒使ったか」
ハイパーモードを解除して、深くため息をつくアーカム。
蒼炎を見下ろす。
勝てはしたが、ハイパーモードが無ければ危険だった。
その結果にアーカムは冷や汗をかく。
触られただけで肉片となる怪力。
風より速く動く敏捷性。
吸血鬼、たしかに恐ろしい怪物だ。
「ん、あれは?」
戦いを終えると遠くの方から轟音が聞こえて来た。
アンナと別れテニールに誕生日を祝ってもらった食事処のある方角であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます