終わらぬ怨恨
人気のない夜の寂しい通り。
馬車が一台、静寂の間にひっそり停車している。
中をのぞきこめば、瞳を怪しく光らせる若い少年と少女がいる。
とてもよく似た顔立ちで、ともに可憐な顔立ちだ。
銀色の髪に水晶のような瞳。わずかに桃色にそまった頬。
13歳くらいの子供なのに大人でも見ほれるほどに美しい。
雪の降る夜のことであった。
気品ある服を着た、貴族風の男は蒼白の表情で「酒場にいけば騎士がいるだろう、酔っていればなおよしだ……」と双子へ震えた声で告げる。
双子はニコリと微笑み、雪道を歩き、馬車をおりバンザイデスの地に降りたった。
協力者の言いつけをまもり、可憐な双子は最初に酒場をたずねた。
「ここに騎士さまがいるのかしら」
少女は氷のような声をかなでる。
「おおお、こりゃまた可愛い子たちがやってきたな」
「がはは、こんな夜に酒場になんかきちゃいけねえよ。さあ、お母さんところへ帰りな、それともなんだ、ここにいる飲んだくれのひとりが、ろくでもねえ父親なのか!」
酔った騎士はポーカーをする仲間たちへ話しかけ馬鹿笑いをした。
「いいえ、実はひいおじいちゃんを探しているの」
「へえ、ひいおじいちゃんっつてもなあ……そこまでのじいさんはここにはいねえよ?」
「名前はテニール・レザージャック」
その名が酒場に響いた瞬間。
騎士たちの顔から酔いが抜けた。
「え……せ、先生の、ご子孫の方で、すか?」
「そうよ。ひいおじいちゃん会いに来たのよ。遥々遠くからやってきたの」
「そ、それは、それは……おい、お前たち、ど、どうすればいいんだ……先生、絶対狩人だろ、こういうの関わらないほうがいんじゃ……」
「馬鹿野郎、ご案内するしかねえだろ」
「駐屯地か? でも、先生どこ住んでるかしらねえしよ……」
「フェルナンドさんに任せりゃ勝手になんとかしてくれるんじゃねえのか?」
「天才殿はもう奥で酔いつぶれてるよ」
「ああ、そうだ! いいことを思いついた! アーカムかアンナに任せときゃなんとかなんだろ!」
「おう、そいつは良い考えだ!」
普段から天才組と仲良くしている彼らならではの発想だった。
「では、お二人とも、ついて来てください。駐屯地へお連れします」
「ええ、そうしてくれると助かるわ。行きましょ。お兄ちゃん」
騎士たちはポーカーで負けが込んでいたひとりに重要な任務を押しつけると、さっさと双子を追い出してしまった。
大先生の子孫がいたとあっては、どれだけ飲んでも酔えるものも酔えなくなってしまう。
「お二人はどちらから?」
「遠くよ。ずっと遠く」
少女の不思議な言いまわしに騎士は首をかしげたが「あのテニール先生の子孫の方だしなぁ」と勝手に納得してしまった。テニールもたいがい変わり者だ。
20分掛けてしんしんと雪の振るなか、駐屯地に到着した。
「え、テニール先生? なんかあの高い店にいたけど、ほら、あの、あれ」
門の前ですれ違った仲間から情報を拾えた。
これでアーカム&アンナを頼らなくても直接届けることができる。
とはいえ、もう駐屯地についてしまっているのだが。
知ってしまった以上、届けるしかない。
「私はここでいいのよ」
「え? でも、テニール先生の場所はわかってますよ。それほど遠いわけでもないのでお連れしますが?」
「ここがいいわ」
変わった少女だ。
「僕はテニール・レザージャックのところまで連れて行ってください」
少年が綺麗な声でつぶやく。
騎士は、喋れるんかい、と思った。
「はい、それは構いませんが……でも、お姉さんはいいんですか?」
「連れて行ってください」
こっちも変わった少年だ。
騎士は仕方なく、双子の片割れだけを連れて夜の町へまた戻っていった。
門の当番である番兵は、じーっと駐屯地を見つめて、立ち尽くす少女を見やる。
なんでこの子はこんなところに残ったのだろう。番兵は首をかしげた。
少女はおもむろに歩き出した。
黒いローファーで門を踏み越える。
「だめだよ、お嬢ちゃん、一応規則だから、部外者は入っちゃだめ」
「私は部外者じゃないわ」
「そんな言い訳は通りませんぞ」
「言い訳じゃないわ。あなたたち全員の死にかかわる重要な関係者なのに、なぜ部外者あつかいされなければならないの」
「え? それってどういう──」
少女が細腕を横に振る。
すると番兵の上半身が飛散した。
臓物と血が雪を残酷に染めあげる。
温かな紅色が白のうえで湯気をたちのぼらせていた。
「久しぶりのディナーの時間ね」
少女は鼻歌を歌いながら駐屯地へ入っていった。
──────
─────
────
───
──
─
血と炎で満たされた修練場。
雪化粧の静謐はとうに失われた。
あるのは屍と恐怖の蔓延だけだ。
「一斉にかかれ!」
22名の騎士が真剣を手に本気で斬りこむ。
敵は幼さ残る少女だ。
大の大人たちは本気の危機感と殺意でもって、彼女を殺そうとていた。
「もういいわ~十分遊べたし」
少女はとろけるな声でそう言うと、指先から赤い糸をだした。
細い。しかし、確かな死が編み込まれていた。
練りだされたような濃密で残酷な一撃を見る者に抱かせた。
少女は躊躇なく、血の硬線を水平に薙ぎ払った。
宿舎もととも、騎士たちの体が真っ二つにちぎれ飛んだ
雪のうえでブシャッと原型をとどめない肉たちが散らばる。
「このバケモノめええ!」
教官は怨嗟に咆哮をする。
心を鬼にし、未熟だった騎士たちが戦場で勇敢に自分の命を守れるよう一から育てあげた。
皆、厳しい訓練に耐え立派になった。
若造だった頃から面倒を見てやり、先日、家庭を持ったと惚気ていたやつもいた。
誰も彼も、こんな死に方をしていい者たちじゃない。
教官は全身に剣気圧纏った。
鎧圧をまとわせて刃を強化する。
全身全霊、精強なる一閃でもって少女の首を落とす。
差し違えてでも殺してやるッ!
「人間の力を舐めるなぁあああああ!」
白刃は狙い違わず、少女の細い白首をとらえた。
鋼の刃が砕け散る。粉々になって折れた刃が宙を舞う。
少女の白い肌には、かすり傷すらついていない。
「馬鹿な……これが、怪物……厄災だと、いうのか……──」
「10年? 20年? ──無駄な修練おつかれさま」
少女が腕をもちあげた。
教官は両腕でガードし鎧圧も最大化して耐えようとする。
少女はデコピンを喰らわせた。
あまりの怪力に、鍛え上げられたベテラン騎士の肉体はたやすく破壊されてしまった。
口から大量に吐血し、熟達の戦士がまたひとりゴミのように殺される。
「ああ、嘘だ……嫌だ、こんなの嘘だ……!」
「あんなの、人間が、倒せるわけがない……!」
「厄災だ、厄災だぁぁあ!」
たまらず敗走する騎士たち。
深紅の厄災がそんなことを許してくれるはずもない。
バンザイデス駐屯地は吸血鬼の襲撃からわずか30分たらずで壊滅させられた。
「本当に人間ってよわーい」
少女は満足げな表情で駐屯地をあとにしようとする。
正門で番兵の死体を見下ろす少年の姿を発見した。
駐屯地の周辺は夜になると人気がなく、虐殺をしても、敵襲をしらせる鐘さえならされなければスマートに事態は運ぶ。
しかし、目撃されれば話は別である。
騒がれたら面倒だ。
吸血鬼の少女は血の糸を展開した。
40mで届くわね。
腕を振って、正門で固まっている少年の首を刎ねる。
どんなに細くても、触れてはいけない。
もし触れれば吸血鬼に直接殴られたのと同じ被害を受けることになる。
正門が赫糸の一撃ででバラバラに破壊された。
目撃者はこれでいなくなった。
と、思ったその時のことだ。
土煙のなかから少年が飛びだしてくるではないか。
大きく跳躍して吸血鬼の少女のそばに着地する。
赫糸を避けた? それとも私が外したのかしら?
少女は首をかしげる。
「ちゃんと当てたつもりだけれど……なるほど、あなたも人間の戦士なのね。面白いわ」
「……」
「ねえねえ、私、吸血鬼って言ったら驚いてくれるかしら」
「……そうか」
「ねえ、聞いてもいい?」
「なにを?」
「あなたは今の跳躍をするためにどれだけ修練したの?」
少年は黒い髪をかきあげて、薄紅色の瞳で惨劇の現場を見渡す。
「人間って強くなるために何年も、何十年も努力するのね。どうしてそんな無駄なことをするのかしら。結局、弱いままなのにね。私たち吸血鬼は産まれた瞬間から最強を約束されているの。一生懸命努力しても、このとおり全部無駄。あなたたち人間は服従こそが正しい姿なのよ」
「そう思うか、吸血鬼。だが、それは間違いだ。お前たちが闇にこそこそ隠れ、狩人におびえている現状がその証拠だ。お前たちは人間に負けたんだ。1,500年前からずっとずっとお前たちは負け続けている」
「あら、歴史に詳しいのね。でも、ちょっと頭は足りないようだわ。だって、目の前に上位者がいるのに煽ってどうするの。従順だったらすぐ殺してあげるつもりだったけど、もうあなたで遊ぶしかなくなっちゃったわ」
「遊ぶ?」
「私たち吸血鬼の血は人間にとって猛毒なの。貴方の四肢を引き裂いたら私の血を流し込んで、一晩中ビクビク震わせ、死よりも恐ろしい地獄を味合わせながら、あなたを食べてあげる」
少年は瞑目し、ゆっくり目を開ける。
「美少女にやられるにしても、流石にハードコアなプレイだ。どんな変態紳士もたまらず逃げだすだろう」
軽口を叩きながら、少年は腰から杖を抜き放った。
少女は「魔術師だ」とほくそ笑む。
今まで魔術師と戦ったときほど楽な戦いはなかった。
ちんたら詠唱をしてるあいだに爪でひっかいてやれば即決着だ。
今回も楽勝だ。少女はそう思った。
「俺は狩人、これよりお前を滅殺する」
「ふふ、強いつもりなの? なら教えてあげる。本当の強さってものをね」
少女の姿が風となって一気に少年へ肉薄する。
さあ、のろのろおまじないでもしたら。
血の一撃が少年へ迫った瞬間。
少女は風の槍に胸を穿たれ、修練場の端までふっ飛ばされていた。
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