エレアラント森林へ

 

 新暦3054年 冬二月

 転生から7年と60日ほど経過


 アディは冒険者として実戦経験から、戦闘の指南をしてくれるようになった。


「杖は振りすぎないことだ。狙いがぶれるようだったら両手で固定しろ」

「こうですか?」

「良い感じだな。ちょっと格好はつかないが、台に乗せて安定させてもいい。とにかく、外さないことが何より大切だ。魔術の発動は詠唱をはさむから、一発外せば、それだけ前衛の負担が重たくなる」


 そこまで話してから、アディはハッとする。


「お前は発動詠唱式を読まないんだったな」

「ええ、まあ。威力は落ちますけど、いちいち読むのも面倒かなって……」

「そんな魔術師はいないぞ。みんなちゃんと読んでる」


 魔術は詠唱なしで発動できるが、無詠唱だと出力が落ちる。

 完全詠唱との威力の差は50%減くらいだ。


「そもそも、お前以外の魔術師には無詠唱っていう選択肢はない」

「でも、モンスターと戦う時に、いちいち詠唱してたらパクってされません?」


 俺は右手を大きな口にみたてて、左手を食べるジェスチャーをする。


「そうだな。だから、どれだけ速く詠唱できるかも魔術師の実力のひとつだ。ちなみに噛んだ瞬間、すべてが終わる。白い目で見られる。夕食のおかずが一品少なくなる」

「つらすぎません?」

 

 メモにとっていく。

 噛んだら詰み。パーティメンバーにいじめられる。と。

 

「冒険者に向いてるのは大杖だ。威力も高いから、モンスター討伐をする冒険者の魔術師はたいていはコイツだな。ちいさいとやっぱりパワーの面で劣っちまうから」

「対人だったら話はかわりますか?」

「おいおい、物騒なこと訊くなよ」

「すみません」


 うっかり好奇心で訊いてしまった。

 普通に恐い野郎になってた。


「まあ、人間殺すのに、高威力の魔術なんて必要ないからなぁ……小さいほうが取り回しもしやすいんじゃないか? 別に対人ってわけじゃないが、俺だっていつも小杖は携帯してる。モンスターと戦うんじゃなければ、これでたいていは事足りる。とにも、かくにも、人を撃つような状況に落ちいったら最悪だ。そんな展開にならないようまずは努力しろ。もしその時がきたのなら……腹をくくったやつが生き残る」

「父様にも経験が?」

「冒険者してれば、いざこざはつきものさ。いろんな地域にいくしな」


 直接答えはしなかったものの、アディの瞳は遠くを見ていた。


 異世界でも人の死は身近なものなのだろう。

 俺も前世でイカれた暴力団に襲われた時、銃を撃ったことがある。

 その時の覚悟の具合と言ったら、イングランド旅行で罰ゲームでやらされたバンジージャンプ並みだ。バンジージャンプやべえな。

 ちなみに、降りたら同期のだれも見てないというオチだった。

 あいつら本気で殺そうと思ったものだ。


「そういえば、アーク、お前はどうやって≪アルト・ウィンダ≫を覚えたんだ? あの魔導書には載ってなかったろ?」

「ゲンゼに魔導書をもらったんです」

「え……もうプレゼント贈りあう仲なのか?」

「2年前の話ですよ?」

「まじかよ、そんな前から親密な関係なのか?」

「そんなまさか。ただの友達です。昔、僕がゲンゼを助けたでしょう? その恩返しという名目でいろいろくれるんですよ」


 風属性二式魔術≪アルト・ウィンダ≫

 操れる風量が大幅に増えた≪ウィンダ≫の強化バージョン。

 俺が使える最高位の魔術でもある。

 ちなみに≪アルト・ファイナ≫と≪アルト・ウォーラ≫も、すでに習得した。

 やっぱり、風が一番得意だが。

 

「それじゃあ、今日の授業はここまで。俺は仕事にもどる」

「論文頑張ってください。僕のを自分名義で発表しちゃだめですよ」

「するか! そこまで落ちぶれちゃいないさ」


 俺たちはあの日以来、親子であると同時によき研究者仲間にもなっていた。


「んじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、父様」


 アディは穏やかに微笑むと出かけていった。

 我が父の職業は魔術協会の学者だ。

 仕事のための魔術工房が屋敷の外にあり、そこで研究をし、年に数回、隣町に成果を送っている。

 通勤せずに自宅オフィスだ。

 アディは相当に優秀な学者らしいと分かる。


 ──しばらく後


 リビングルーム時計に目をやると、午前14時になったところだった。


「俺も行くかな」


 アディが出掛けてから1時間くらい経った。

 そろそろ、待ち合わせの時刻だ。


「兄さま、どこへいくんですか?」

「おにいちゃん! えーらも連れてって!」


 双子が玄関へいく道をふさいできた。

 俺はがばっと2人いっぺんに抱き着いて「道を開けたまへ!」といいながら、ちいさな体をを両手にかかえて、エヴァのもとへ。


 エーラとアリスをエヴァに納品したらクエストクリアだ。


「では、母様、僕はすこし出かけてきます」

「ゲンゼちゃん、ね」

「はい?」

「ふふふ、今のはひとりごとよ。気にせずいってらっしゃい、アーク」


 エヴァの不敵な笑み。

 

「何も隠し事なんてないですよ、母様」

「私なにも言ってないもん~」

「……そうですか。夕食には帰ります」

「デート、ね」

「母様?」

「なにも言ってないもん♪」


 クソガキのようにしらをきるエヴァは、ニヤニヤ楽しそうに「お兄ちゃん彼女できたんだってー」とエーラとアリスに話しかけていた。


 エーラはぽかんとした顔で「まじで?」と目でこちらに問いかけてくる。

 アリスはなにもわかってない顔で「かのーじょ!」と言って楽しげだ。


「こほん! 行ってきます!」


 玄関をとびだした。

 門までやってくると、アディの声が聞こえてきた。


「いつもアークのことありがとな。あいつ、ほら変わってるからさ、村のこどもたちにハブかれてるって噂を聞いてな。心配してたんだ」

「お気になさらず、アディフランツさん。むしろ、わたしのほうが構ってもらっているんです。アーカムくんには恩がありますし。とても感謝されるような立場ではありませんよ」

「本当になんてしっかりした子なんだ……」


 アディとゲンゼが門前で話し込んでいるではないか。

 俺は「ずいぶん前に家を出たと思いましたが」と、アディにジト目をむける。

 てめえ、はやく仕事行ってこいよ。


 焦った様子のアディは「そうだそうだ。忘れ物をとりにきたんだ」と、ちらちら振り返りながら、家に入っていった。

 まこと視線がうるさい父親だ。


「こんにちは。元気そうですね、アーカム」


 ゲンゼディーフはにこやかな笑みをうかべる。

 

 彼女とは3日に1回のペースで規則正しく会うことになっている。

 この2年半変わらない習慣だ。

 

 しかし、この2年半さしたる進展はない。

 そもそも、なにをどうすれば関係が発展するのかわからない。

 男ですら友達がいた記憶がないのに、女子相手なんてどうしろってんだ。

 俺がへたれ? ほならね、自分がやってみろって話だよ。俺はそう言いたい。


「アーカム? 大丈夫ですか? なにか悩み事でも?」

「いや。特には。それじゃあ行きますか」

「はい、今日もよろしくお願いします!」


 俺たちは足並みをそろえて、エレアラント森林へと入っていった。

 穏やかな時間がつづくのを信じながら。

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