異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家

第一章 再誕者の産声

失敗率98%



 学生時代やたら残酷にいじめられていたことをよく思い出す。


 俺は太っていたし、顔もブサイクだった。

 学生という生物にとっては容姿がすべてだった。


 よく私物がなくなっていたし、不良に目をつけられ、なぜか体格のいい野球部の連中に囲まれるのはよくあることだった。

 彼らはいつも俺に土下座か、靴舐めか、脱衣を求めた。

 俺はこれら3つを三種の神器と呼んでいた。これをすればたいてい助かるからだ。

 今思えば情けなくて、醜くて、目も当てられない。

 

 語るまでもなく、俺は暗澹たる青春をすごした。

 友達なんてひとりもいない。彼女に関しては36歳になった今でもできたことがない。


 しかしながら、時間というのはよくできたシステムで──あるいは人間がよくできているというべきか、時がたてば、過去などどうでもよくなるものなのだ。


 例えるならそれは、過度な精神的負担を受けたとき、脳が記憶の封印を選ぶかのように、苦痛と悲しみ、悔しさと屈辱は、忘却の彼方へと消えうせる。


 実に合理的に人間をデザインした神へ拍手を送ろう。

 もっとも、あの時、俺を助けてくれていればそれこそ、全裸になって土下座して靴を舐める三種の神器フルコースで感謝してやったのだが。


 最悪の時期は高校までだった。

 俺にプライドがないおかげか五体満足で卒業できた。


 デブでブサイクで特別頭がよくもなかったが、大学に入ることはできた。

 まあ、大学生の間、一度も飲みに誘われなかったけど。


 幸か不幸か、友達がいないおかげで俺には時間があった。

 理不尽な世の中へ一矢報いるための時間だ。


 大学生という生き物はたいていは野望をいだくものだ。

 俺も例にもれず、野望をいだいた。おおきな野望だ。

 

 それは異世界開発事業の未来を切り開くことだった。

 俺の手で異世界にたどりつく。

 自分の足で踏みしめる。

 

 西暦2085年の冬、20歳の時に俺は超能力に目覚めた。

 人類全員に覚醒チャンスのチケットがある。

 10万人にひとりが超能力に目覚める時代だ。

 外科手術による後天的なものではない。

 自然に覚醒した。いわゆるナチュラルと呼ばれる類の超能力者だ。


 とはいえ、手も触れずにダンプカーをひねりつぶすような強力な能力者ではなかった。

 せいぜい、毛抜きを使わずにムダ毛処理ができる程度の【念力使い】だった。

 クソくだらない威力のサイコキネシスだ。

 あの頃は「俺やっぱり負け組だよなぁ……」と、鼻毛をぬきながらよく悲嘆したものだ。


 大学を卒業後は、一流大学の名を冠する大学院へ進学した。

 学歴ロンダリングである。最終学歴を映えさせるためだ。

 我ながらこざかしいことをしたものだ。

 

 28歳で博士課程を無事修了し、俺は晴れてドクターの称号を手に入れた。

 世界最大にして最先端の超能力事業と異世界開発事業を手掛ける『イセカイテック』に入社できた。俺の野望はひとつ前進した。


 純粋な努力は苦手だったが、他人を出し抜く努力をするのは好きだった。

 大学の恩師が教えてくれたのだ「Outwit──それがあなたをすごい人間にします」その言葉を信じて俺は社会にでた。


 同期の仲間と群れることなんてしなかった。

 上司にこびを売る事もしなかった。


 というか、俺がブサイクでデブなものだからみんなに避けられていた。


 三十路にしてはじめて社会にでたという経歴も、彼らの印象を悪くしていた。

 常にムダ毛処理だけは怠らずに清潔にしていたつもりだったが、それ以前の問題だったらしい。世の中見た目って大事だと、改めて痛感したものだ。


 配属された研究室では、3日でいじめがはじまった。


 みんなの妹的立ち位置の女の子は、俺だけにコーヒーを入れてくれなかった。おみやげのシュガーラスクも俺だけにくばられなかった。空の箱だけ置いてあったことはある。ちょっと嬉しくなってフタを開けたあと、研究室に笑いがあふれたの、忘れてないからね(ニチャァ)……こういうところがいじめられる由縁だろう。


 でも、仕方ないじゃない。

 笑顔がキモイってどうしようもないんだから。


 でも、俺はそれでよかった。

 いや、全然よくはないんだけど。仕方がないとは思っていた。

 誰にも好かれた経験なく、三十路になるまで生きてきたんだから。

 俺の世界では、俺をぬきで人々が関係を構築するのが常識だった。


 それに、馴れ合いなんて必要ないと思っていた。


 真の実力は正当に評価される。そう信じてたからだ。

 天才とは孤独な者だと、自慢げに語っていたからだ。野良猫に。

 ええ。ぶっちゃけ、かなり調子に乗っていたましたね。はい。


 俺は究極の内弁慶だった。

 でも、侮ることなかれ。外見は油汗キモオタマスク曇り眼鏡でも、実績はちゃんと武蔵坊弁慶だったのだ。


 言葉で自分を飾らなかった分、黙々と実績を積みあげていた。

 寡黙なる仕事人のごとき精神でだ。

 俺の能力が高いかは定かじゃないが、他人とのなれ合いを断ち切っている分だけ、体力的にも時間的にも研究に没頭できたんだと思う。


 そんな、わりとまじめな勤続8年目の俺に、つい先日、名誉ある任務があたえられた。

 

 その任務におもむくため、ただいま俺は半透明の容器に身を横たえている。

 特別なポットである。世界が注目する新素材マナニウムでできた世界にひとつだけの超強化プラスティック製ポットだ。

 

 たぶん人類では俺がはじめて乗った。

 というかめちゃ狭い。さては、これデブ用じゃないね?


伊介天成いかいてんせいくん、なにか言い残すことはあるかな」


 半透明の超強化プラスティックの向こう側で、白衣を着た男がニヤついた笑みをうかべている。いやに上機嫌だ。

 彼は主任研究員の緒方だ。俺の上司で、仕事の邪魔ばっかりしてくる。

 クソ野郎である。否、ほとんど人間の皮をかぶった生ごみと言っていい。


「ここから出してください、主任」

「おや、君にしてはえらく素直な命乞いじゃないか、天才くん」

「失敗率98%の人体実験なんてただの自殺命令では」

「なにを言ってるんだ。このマシンは君が設計考案した世界で1台しかない異世界転移装置じゃないか。自分の発明が信用できないのかい?」

 

 何年もかけて、無機物から有機物、植物、動物、そして、人間へと段階的に実験と調整を繰りかえすことを想定してブループリントを作ったんだ。

 まだ、石ころひとつすら異世界に送れていないのに、いきなり人間で試すなんて正気の沙汰ではない。


「イセカイテックは私を選んだ。君じゃない。世界ではこの転移装置は私の発明とされるだろう。開発協力者のほんの片隅にすら、君の名前はありはしないのさ!」


 着実に時間をかけ、予想して、検証して、そうやって一歩ずつ歩いてきた。

 俺に妬まれるほどの才能はない。超能力者ではあるが、研究者としての能力に大きな恩恵をもたらす能力規模でもない。どちらかというと容姿で差し引きマイナスまである。うるせえ。


 どいつもこいつも、本当にふざけた野郎ばかりだ。


 俺はな、人生と言うコストをかけたから正当な報酬を手に入れた。

 没頭して、集中しつづけたから、俺より才能があるやつを出し抜いたんだよ。


 楽しい青春を送って、友情を味わった者どもとは違う。性の悦びを知りやがって。


 イセカイテックもこいつも、俺が実らせた成果物に飛びつきやがって。


「……果実を腐らせ群がるうじ虫野郎ばかりです。そうは思いませんか、緒方主任」

「一流大学を首席で卒業し、一流大学院で博士号までとった。真にエリートたる学歴を持つ天才な私をコケにするからこうなるんだ。見ればわかるだろう。私とお前、どちらが人々に名前を覚えられ、栄誉を与えられるべき優れた研究者か」


 また容姿か。てか、全然コケにしてないだろうが。

 なんなら俺から話しかけるのなんて1年に10回も無かったまである。

 コケにするどころか、まだ知り合いレベルだぞ俺たち。お前ただの知り合いにさっきから口利いてるんだぞ。その言葉遣い大丈夫ですか? コミュ力問題ありませんか? それは俺か。


「とにかく、貴様のその態度が私をイラつかせているのは事実だ。お前のような才能のない木っ端は、もっとペコペコして私の機嫌をとっておけばよかったんだ」

「そのような非生産的なことに何の意味が?」

「うるさい! 黙れ、上司になめた口をきくな!」


 無情。無能。不毛。

 なるほど、これがお前の三種の神器か。


「はあ……」

「まったく手を焼かせてくれたな。いつもそうだ。そもそも、お前のような無能が足を引っ張りさえしなければ、私だって今頃は学会に認められていたんだ」

「……それは違うと思われますが。主任が認められることはないと思います」

「なにを言ってる。負け惜しみかね」

「ロジカルにこれまでの傾向を考えて、あんたは他人と比べないと自分の位置を把握できない性質をもった人間だ。主任、あなたは自分の抱いた野望を覚えていますか」

「なんの話だね」

「俺は覚えてる。……夢だ。人生を賭ける価値のある夢。異世界への扉を開いて新天地に到達する。あわよくば最初の到達者がいい」

「ははは、残念だったな。歴史はお前など忘れるよ。それに異世界へもたどり着けない。だが、安心したまえ。私が君の夢はしっかり叶えてやる。もっとも、私の功績としてだがね。はっははは!」


 本当に残念だよ。……本当に、本当にな。


「まあ、いいさ。野望を忘れて死ぬよりずっといい」

「なんだと?」

「あんたはもう死んでるんだ。人は夢を失った時死ぬ。これからもそうだ。だれかを蹴落とすことに夢中になるあまり、きっと自身の志すらも見失う。惨めに生きろ。そして、いつか振り返って自分が積みあげた不毛・無意味を見て絶望しろ。くだらない人生だったと泣き喚いてくれ」

「ッ、貴様、喋らせておけば図にのるなッ! 誰がそんなことをするものかッ! 私を小物のように言うのもいい加減にやめろッ!」


 緒方主任は、激昂したまま俺の搭乗したポットに拳をたたきつけた。

 が、そのせいで彼は拳を痛めたらしい。すぐに膝を折って、苦痛に顔をゆがませる。


「ああくそ! 貴様のせいだ……、ぁあ! いってぇえ……!」

「なにをしている、そこの研究員。加速シークエンスが始まるからポットを離れるんだ」

「は、はなせ! 私は主任研究員だぞ! 貴様のような突っ立ってるだけしかできない低所得者とは身分がちがうんだ──」


 騒ぎ出した緒方主任は、4人くらいに武装警備員に睨まれ静かになると、そのまま連行されていった。


 俺は荒く息をつく。

 久しぶりによくしゃべったな。

 

 俺は人生最後の数分に突入していた。

 まもなく死ぬだろう。


 世界は変わった。前時代の国家はすでに形骸化した。

 

 俺はイセカイテックの社宅に住み、イセカイテックの作ったレトルトを食べ、イセカイテックの作ったベッドで眠り、イセカイテックの病院で治療を受け、イセカイテックの映画を見て、イセカイテックのSNSでつぶやき、イセカイテックのゲームを遊び、イセカイテックの書籍を読み、イセカイテックのために働いている。


 そんな世界で俺は不正を見つけた。

 ほうっておけば、必ず人が死ぬ無謀な人体実験が行われるのを知った。


 別に正義の心なんて持ち合わせてはいない。

 高尚な理念なんて知ったこっちゃない。

 神がいないのも、この世界が汚れだらけなのも嫌と言うほど知っている。


 だから、俺も汚く──内面的にだからな──犠牲になる他人なんて見捨てればよかった。そうすれば、社内での立場がこれ以上悪くなることも無かった。研究部部長から「じゃあ、開発者である君が異世界転移者になればいい! そうすれば年内の有人転移成功事例をつくれるじゃないか!」なんて馬鹿な提案をされることもなかった。


 ただ、それはできなかったんだ。


 自分の発明で人を殺したくなんかなかった。

 俺はそんなことのために夢を追い続けたわけじゃないのだ。


 いよいよ半透明のポットが動き出した。


 俺を搭乗させたポットが、専用の円環加速機に乗せられる。

 この巨大なドーナッツ型装置の内部トンネルで、ポットを光速まで加速される。光速に到達したらトンネル内に超粒子エネルギーの膜を出現させる。周波数は我々が狙いを定めている異世界『剣と魔法の世界』に合わせられているはずだ。その状態で、ポットがエネルギーの膜に光速でつっこむと、遥かなる異次元への扉が開き、人間に時空を跳躍させることができる。

 

 理論上はこの装置で人間を異世界へ送りこめる。

 だが、今はまだ……無理だ。圧倒的に試行回数が足りていない。

 

 本当は逃げだしたい。泥水すすっても生き延びたい。

 だが、イセカイテックの私兵部隊は決して俺を逃がさない。

 俺に残された活路は──もう、なにもない。

 

 生きる道があるとすれば、2%の確率を越え、虚無の海を抜け、15次元の先の新天地へたどり着くことだけだ。


 加速装置によってポットはあっという間に音速を越えていく。

 円環加速装置の一周は37,447m。山手線の一周よりも長い。


 トンネルの中は真っ暗でなにも見えない。


 やがてすこしずつあたりが明るくなっていく。

 プラズマが発生しているせいでそう見えるのだ。


 どんどん加速していく。

 体にかかる負荷で光速が近づいてくるのを感じる。


 いよいよ、人類がたどり着いた宇宙の法則に俺という存在が同期する。


 意識が遠のいてきた。

 視界が真っ白に染まる。


 ふと、ある思いが胸に浮かんできた。

 

 異世界に行ってみたかったな────


「……まったく……だ…………──」


 次の人生では必ずたどり着こう。

 理不尽、卑怯、欺瞞、不幸、いじめ……全部乗り越えて勝つ……。


 そんな叶わぬ夢を思いながら俺の魂は異次元へ飲まれていった。


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