青い絵
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第1話 青い絵
1
十七をむかえた。それを、わたしは学生寮のベッドで知った。まるで時間のほうが足音をたてて、歩いて来るように思えた。時間のほうに、「きみは人生のあいだの十七を生きたんだ」そう言われても「はあ、そうですか」と口で言うだけで、心のほうでは「本当なのかな」と思うばかりだった。
「とにかくきみは十六を通過した。これからは十七を名乗りなさい」と頭ごなしに言われた気がした。
「まだ十六で、やり残したことがあるんだけどな」
「待てないからね。ぼくは風のように、きみのもとへやって来る」と時間は言った。
「十六にとどまることは可能だろうか」とわたしは言った。
「きみは変な場所で立ち止まるな。十七の体をもっている。それで終わりさ、歩きな、同い年においてかれるよ」と時間は言った。
「だって動きたくないんだ」とわたしは言った。
「安心しなよ。きみの心が動いたことなんて一度もないから」と時間は言った。「体がうごいている間は、心が止まるんだ」と時間は言った。「ぼくには関係のないことだ」と時間は言った。
わたしがここで横たわっている。始まりは母親だった。
母親は、わたしに生活がないのを認めていた。図書館で本を読む以外は眠るだけだったわたしに「お金を払ってまで価値があると思うものを見つけなさい。欲しいものが無ければ、大人になってから働く気がおきない」と母親は言った。
「私がまだ若かったとき、どうしても絵をかく時間がほしくて、じぶんの体にたくさんのラクガキをした」
母親は全身にある青いタトゥーをながめて言った。
「芸術家に何てなるものじゃない」
母親は売れない画家だった。そんな自分を不憫におもい、彼女の絵には苦しみが剝きだされて感じられた。
「間違ってるのは分かってる。でも間違っていても歩きだしていたから、なぜかとても正しいことのように思えた」
そう言って高校のパンフレットを渡された。
「でもね、それは茨の道なの。それをあんたは分かってない。大量生産の、時代にあったものを作りたいなら、べつに止めないわ。むしろその方が幸せだから、親としてはそれがいいの」
「幸せになりたいと、思えない」
「そんな訳ないでしょう」
母親は鼻で笑った。
「天国と地獄があるなら地獄に行きたい」とわたしは言った。「自分の中には幸福はなかった。不幸もなかった。つまり他者との関係が必要だった。不幸な人がいるとわかっていながら、極楽にはなれなかった。それは薬漬けで、人ではないよ。だったら苦しんだほうが楽だ」
「そんなに考えなくても、あんたも私も地獄におちるわ。天国からきて、地獄に落ちるの。人生に起こるのはその間のことなの。そう思うとしっくりこない?」
「だから楽しむべきなの」と母親は言った。
「それは違う気がする」とわたしは言った。
母親が見つけた、その私立高校は長野県にあった。普通科と美術科があった。
「本心を言うとね、しばらくの間、わたし一人になりたい」
「絵はかきたくない」とわたしは言った。
「かまわないわ」と母親は言った。「興味ない勉強をがんばってね」
「うごいているものを目にする、その度に興味を失う、そうやってゆれる眼球」
「誰の言葉?」
「たぶんジェイムズ・ジョイス辺りじゃない?」
「私の記憶では、あんたが熱心に読んでいた小説は、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」だった気がしたんだけど」
「あんな長い小説は読めない。何が書いてあるのか、全然わからなかった」
「ジョイスの「ユリシーズ」は読めるの?」
「読んだのは短編だけ。素晴らしい作品には戦慄がある。とてつもなく怖いんだ。長編は、魅力はあるが、恐ろしくて逃げてしまう」
「新しいものはどれもそうよ」と母親は言った。「あんたには才能がない。私の子だから。村上春樹は十六でドストエフスキーとか読んでたらしいじゃない。あんたは読めないでしょう?」
「勉強ができない、それでドストエフスキーなんて読んだら許されないと思うんだ。あんな精神病としか思えない奴ばかりが出てくる小説」
「あんたは回避性パーソナリティ障害」と母親は言った。「小説はいい逃げ道になった?」
「このまま逃げようと思ってる」
「へえ」と母親は言った。「私には関係のないことね」
母親のわたしを子ども扱いしないのは好きだった。あなたのために、何て言われるのは心外だった。
ヒステリックな気分屋に少なからず悪い影響をうけていたわたしは、自分のことを誰も知らないような、あたらしい生活を手に入れたいと思えた。小説さえ読めれば、どこにいたって同じで、東京での生活には飽きていた。うごくもの、かたちあるものが、それらは関節のように一定の方向でしか曲がらないのをしってから、興味が失せた。わたしの興味はかたちのないもの、映像ではない、言葉と音にあるようだった。
学生寮は、いくつかの小さな部屋に分かれていた。わたしは初め自分の与えられた部屋を見たとき、まるで独房のようだと思った。規則で決められた、置いて良いものと、悪いものがあり、わたしの部屋には数冊の本を置いた。とくに携帯は夜の九時になると、指定のロッカーに鍵をかけ、一切さわってはならないという決まりがあった。そして十一時以降には部屋の明りを消し、眠らなくてはならないという決まりもあった。
後から気がついたのだが、ある者は携帯をそのまま部屋に持ち出していた。また、ある者は時間になっても部屋の明りを点けたままにした。
規則を守っていたのは、わたしの知る限りはわたし一人だった。みな、何らかの違反を犯していた。
そして夜ねむる時間が来て、わたしが寮の仲間に「部屋にもどる」と言うと、まるで幼い子どもを寝かしつけるように、彼らは優しくふるまった。それが気に入らなかった。そんな時にベッドで布団をかぶり横になっても眠れなかった。普段は仲の良いはずの友人の顔が、頭の中にひたすら思い浮かび、その表情は不快だった。それをわたしは殴って消していた。ぐったりと疲れたら本も読めなかった。
「死にたい」とわたしは声に出ている。何気ない生活に潰れそうだった。
明日になって疲労が消えれば、ふつうに授業にも出る、本もよめて、食事もとる、それなのに「死にたい」はわたしの頭にこびりついて離れなかった。まるで、わたしの体に初めからあって、何らかの不具合により取り外す必要があったものを見るみたいだった。食用の冷凍保存されたマウスみたいで、少なからず後ろめたい気持ちがあった。
2
ある休みの日に、わたしは学校の裏にある森のなかで、大きな木に隠れながら小説を読んでいた。ヘルマン・ヘッセの「ナルチスとゴルトムント」を読んでいた。邦題で「知と愛」という名の小説で、その翻訳をわたしは好まなかった。わたしは自分に外国語を習得する素養がないのを認めていた。英語の成績はいつも下から数えた方が早いくらいで、英単語の日本語の意味をおぼえる事が出来なかった。例えば、「見る」という日本語を英語にしたとき、See,Look,watchなどの英語に訳すことができる。わたしは中学のときに習って、それを頭に一応入れたが、まるで肌に馴染まなかった。いくら覚えてもすぐに忘れる。頭がよくなかった。それに悩んだ。スマホで辞書をひらいて、意味を調べながら、一文づつゆっくりと読んでいく。たいていは途中で辞める。読み終えたことはない。だから小説は終わりから読んでいた。
小説を読む人なんていなかった。漫画を読む人はいる。沢山いた。漫画はおもしろい、でもべつに怖くなかった。得体の知れないものがない。漫画は、社会に必要なコミュニケーションツールだと思っている。わたしの時代では、それは必要なもので、怖いものはいらなかった。「ダンス・ダンス・ダンス」と聞いて、村上春樹を思いうかべる同年代なんて存在しなかった。だから小説は終わりから読んでいた。どうせ一人だった。森のなかで読むとしっくりくる。ナルチスとゴルトムント。わたしはゴルトムントに似ていると思う、でもナルチスのように生きるしかない。でも頭がよくない。魅力もなかった。どうしようか、ドイツ語の意味も響きも、知ったらすぐに忘れてしまう、わたしはどうしようか。
そんなときに、鉛筆でかく音がきこえた。そのほうを向いてみると、ひとりの男が木にもたれながらスケッチブックをもっていた。立ち上がった風のように。なぜ今まで気がつかなかったのか、不思議なくらい彼は自然とそこにいた。
「なにを見ているの」
彼はそう言った。
「いや、とくには」
「特には無い?」と彼は言った。
「あの、鉛筆が、うごく音がしたから、反射的に目がいった、それだけで」とわたしはしどろもどろに言った。
「そうか」と彼は頭を下げて言った。「悪いことをしたな」
休みの日なのに学校の制服を着ている。長髪で、目の下に黒いクマがあった。
「ドイツ語」と彼は言った。「読めるの?」
わたしは首をふった。
「勉強は苦手で」
微笑んでこたえた。彼はこちらに近づいて、開いていたページを眺めた。それを流暢に音読した。その響きは心地よかった。
「すごい」とわたしは言った。「どうやったら、そんな風に出来るのでしょうか」
彼は首を横にふった。
「きみには出来ない」と彼は言った。「頑張ってはいけない。やりたかったけど、出来なかった。それで終わりだ」
そう言って彼は消えてしまった。そんな風に言われると、わたしは辞書で調べながら一語、一語、意味を訳している自分が嫌になった。どうせ忘れるものなのに。
一週間後に同じ場所で、わたしは彼をみつけた。今度はこちらから近づいていった。
「絵を描いているんですか?」
「そうだよ」
彼はそう言って、わたしの頬をさわって、スケッチブックに目を向けさせた。そこにある白黒のデッサンが、いったい何が描かれているのか、わたしには知れなかった。
「これはいったい何ですか?」とわたしはきいた。
「きみの髪は綺麗だね」
彼はそう言って、頭を撫でてきた。わたしはどう反応すればいいのかわからなかった。そうやって黙ってされるがままにされてる。耳にはまだ彼のドイツ語の発音がのこっている。
「整髪料とか、つけないの?」と彼はきいた。
「めんどうなので」
「さらさらだね」
そう言ってしばらくのあいだ、彼と話した。
「好きな画家とかはいる?」と彼はきいた。
「シャガールかな。ちゃんと知っているのはそれだけ」
「シャガールか」と彼は言った。「みんな好きだよね」
「彼の絵をみて、どう感じる?」
「失われた、なつかしい故郷をみている感じがする」
「ハハッ」と彼は乾いた声で言った。「記憶から失われた?」
「シャガールの絵をみたら、いつも帰りたいって思う。「彼女をめぐりて」がいちばんのお気に入りなんだ」
嬉しそうな顔をみせた。「ぼくも同じ」と彼は言った。
「これは何ですか?」とわたしはスケッチブックを指さしてきいた。
「生き物は描けないんだ」と彼は言った。「色を塗って、完成したらきみにも見せるよ」
「どうして描けないんですか?」
「自分の目が嫌いだから。見えたものは好きになれない」
わたしはその後も彼と会話をしたが、何もおぼえてなかった。森のなかで、辺りが暗くなると、わたしのほうから「さようなら」と言って消えた。そんなつもりはなかったのに。
わたしはどうして彼があんな事を言ったか、考えていたが、分からなかった。授業中や眠るとき、お風呂に入るときにも、頭から離れなかった。
(わたしのことも嫌いなのかな)
時間がたつごとに気持ちは、坂道に落ちるようで、どこかで止まらなくては耐えられない。
順番が逆なんだ。彼が見てくれたら、わたしはどんなに辛いことも乗り越えられるのに。
彼は、評判のよい生徒ではなかった。授業中にとつぜん教室からでたり、カンニングや盗難をしたこともあるという噂がたっていた。わたしにはどうしても評判通りの人だとは思えなかった。そう思えた自分は会いにいってもよい気がした。わたしの足は森のほうへと向かっていった。
森の中に寝転んでいる人がいた。太陽がまぶしいのか、右手をおいて顔を隠している。それでも一目で彼だとわかった。違うとしても好きになってしまう位だった。わたしが恐る恐る近づいていくと、
「絵は描けなくなった」と彼は言った。「ごめんね。嘘をついた」
見てみれば彼のそばには何もなかった。
「一年のときに財布を盗んだって本当なんですか?」
「ああ」と彼は何となしに答えた。わたしはあらかじめ用意しておいた言葉で話した。
「なにか理由があったんですよね」
「無いよ」と彼は言った。「気づいたらやってた」
わたしが納得のいかないような顔を見せると、
「ぼくはそういう人間なんだ」と彼は言った。「きみは正しく生きている」
「違う」とわたしは言った。
「たまたま正しい場所にいただけなんです。そんな性格にあるだけで、好きなものが好かれるものだっただけで……きっと自分の臆病が正しく見えるだけなんです」
「それは良かった」
それを最後に、彼と会うことはなかった。
3
九月になってから、わたしはある男と仲良くなった。彼は美術科の生徒だった。彼はわたしより一つだけ年上だった。
現実ではあまり話さないが、メッセージでのやり取りをする仲だった。
「ママが全身タトゥーだらけ? それは凄いね。聞いたこともないよ」と彼。
「自分のことしか考えていないタイプです」とわたし。
「きみは違うの?」
「そう在りたいと思ってます」
「なるほど。いつも大人しいのは、そのためか」
わたしは、それが、どういう意味だかわからなかった。
「大人しく見えます?」
「自分のことを話すとき、極端に怖がっているように見える」と彼。「何かについて話すのは問題ないけれど、自己紹介は苦手なタイプでしょ?」
「確かにそうです」
「それじゃあ、小説家には向いてないかもね。なれたとしても、それは相当の時間と労力を使わないといけない。きっとつらいよ」
「なんで小説家になるんですか」とわたし。
「君はよく小説を読んでいる、それを知ってる」
わたしはすこし迷った。考えるのにも、書くのにも、送るのにも、いちいち立ち止った。
「小説家になりたいと思えます。でも自分が書くべきじゃないとも思う」
「優れた作品は既にあるから?」
「それもあります。でもそれだけじゃない。だれかの特別な人でありたいと思う気持ちです。そればかりなんです」
「きみはみんなと仲良くしていると思うけどな。きみだって友達が嫌いじゃないだろ」
「はい」とわたし。「でも足りないんです。もっと愛してくれないと怖くて夜も眠れない」
「だから作品をつくる?」と彼。
「それだけじゃないけれど、それが最も大きいのは確かです」とわたし。
「というか、最近では、小説なんかよりも漫画でかいたほうが良いのではと思ってます。小説なんて誰も読みません。美術科に転向しようかとも。普通科の人は良い人が多いけれど、馴染めないんです。親が画家だからなのか、魅力的ではないけれど一応それなりの絵は描けますし」とわたし。
「辞めた方がいい」と彼。
「なぜ?」
「きみは、美術科の生徒のあいだで嫌われている」
わたしは彼が何を言っているのか、よくわからなかった。
「わたし、嫌われるようなことしました?」
「絵を破った」と彼。
まるで記憶になかった。
「誰の絵を? いったいどこで?」
「美術室にあった、一番右にある、僕の描いた絵だ」と彼。
(美術室にある、一番右の絵……)とわたしは思い浮かべた。
「青いやつですか?」とわたし。
「そうだ」と彼。
「でも美術室に飾ってあるのって、すべて習作ですよね。見ればわかりますよ」
「それはそうだ」と彼。
「じゃあ破っていいじゃないですか」
「そういう考えが嫌われるんだ。自分勝手だと思わないか?」
「思いません。あらゆる芸術は自己を棄てるものです。破られたり貶されたりして、落ち込むのは、それが単なる日記やラクガキであるからです」とわたし。
「それが君の答えか」と彼。「作品をかく苦労をしらないんだな」
(だから、なんだ)とわたしは思った。
「あんな程度のものを描くのに苦労するなんて、才能がないのを自分で証明してるようなものじゃないですか」
「批判するのは簡単だよな」
そう言って彼のメッセージは途絶えた。それから、わたしのモノが無くなったり、わたしの写真がネットでばらまかれたりした。グループで悪口しか言われなくなった。
部屋のなかにあった、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」や、カフカの「変身」が捨てられる。
くしゃくしゃな紙が丸められており、それを開くと「お前がやったことだ」と書かれていた。全然ちがう、とわたしは思うのに、自分が信じられなかった。はじめは、絵を破るのが悪いことだと、思ってなかったのに、だんだんと人から嫌われるにつれて、悪いのは自分だと思うようになった。
どこかに逃げたい。小説もまともに読めなくなった。わたしは歩くことはできた。夜になったら、窓から外にでていた。そのまま歩いて、森のほうにむかった。山になっている、その森を歩きつづければ、やがて体力も無くなり、帰ることも出来なくなる。世界がよくわからなくて死にたかった。そのまえに人影があるのを、わたしは認めた。それはきっと絵が描けなくなった彼だ!
「いま、とても不思議な感情なんです。死にたいと思っていながら、あなたが来るのを期待していました。でも、あなたが目の前にいるのが分かった途端に、どこかへ行って欲しいと思ったんです」
彼は人影のまま、何も答えなかった。
「絵を破ったのはあなただ」とわたしは言った。
人影は何重にも見えた。べつに彼が何人いたっていいのに、どうして一人として、わたしは彼を見ていたのか。
「きみには現実をみて欲しかった。考えていることが、じっさいに行動にうつしたら、どうなるのか、放っておいても自分で破りそうだったからね」と彼は言った。「それで、どうだった?」
「誰にも愛されない、自分にやっと気がつきました」とわたしは言った。「消えます。大嫌いなんです。何もかもすべてが」
「死んでは駄目だよ」と彼は言った。
「死ぬことだけが救ってくれる」とわたしは言った。
「だからこそダメだ。自分のことが嫌いだったら、自分の意志をつかって死んでしまえば、かならず後悔をするからね。きみは死ぬことに自己の意識を入れたいのか。かたちのないものが、好きなんじゃなかったの?」
「理屈みたいなことは、もういいんだ。自分の嫌いな人間がいる世界で、そんな時代で、生きてること自体が嫌なんだ。うごくのが嫌なんだ」
「ダンス・ダンス・ダンス」と彼は言った。「ぼくの描いた絵の題名だ」
彼は絵を見せたはずだか、わたしには暗くてよく見えなかった。
「ぼくの目には見えないよ」
「ぼくの目にも見えないよ」と彼は言った。「未完成なのさ、森のなかで作るんだ。好きなように、好きなように、自分のためだけにね」
「ぼくはそれを燃やしたいな」わたしは更につづけた。
「みんなから嫌われて、作品に自分を見出して、創作まがいのことをして、やっと気がついたんだ。ぼくは影響をうけやすく、ものを作るのに向いていないことを。好きなように作れなかった。世界に嫌われてる自分がイヤで、好かれるように作ってる。気持ち悪い。あんな奴らに好かれたくないのに。矛盾してる、気持ち悪い。でも壊すことはできる。というより寧ろ、モノを壊したほうが、独特の誠実さが生れることに気がついたんだ。そちらのほうが、気持ちが健やかなんだ」
「死にたいんじゃなかったの」と彼は言った。
「できることはやろうと思えた。生きることはできることだから」
森のなかには何人いようともよかった。だれも気にしてなどいなかった。
(了)
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