25.そんなに白黒つけたいですか? ――いいでしょう

 まるでいつかの再来のように、彼女は勝ち誇った顔でわたくしに指を突きつけてきている。


 仕掛けてくることをある程度予想していたわたくしは、中庭でロジェと一緒に昼食を嗜んでいた。

 相変わらずわたくしの昼メニューは菓子パンだけなので、食事自体はもうとっくの昔に済んでいる。

 わたくしもロジェも、それぞれ離れすぎずくっつきすぎずな場所で適当な本を広げていた。


 ミーニャ=ベルメールに誘いをかけるのであれば、一人きりの状態を装うか、彼女が侮るような相手と行動を共にすることだろう。

 殿下の姿が見えている時は、彼女もこれ以上のことはできまい。けれどわたくしへの恨みが消えたわけではない以上、復讐の機会は窺っているはず。


 ロジェは特待生、平民の貧乏学生だ。殿下が声をかけてからはそういうこともなくなったようだが、以前はお金持ちの連中に、常習的にいじめられていたらしい。


 ミーニャ=ベルメールも平民クラスの学生である。ロジェが辛酸をなめさせられていた姿は、彼女も散々目にしたはずだ。


 というわけで、ロジェにはちょっと悪いが、わたくしの対ミーニャ精算劇に同行してもらう相手として、これ以上ないほど適任者だったのである。


「殿下が一度学園を離れるというのなら、わたくしもその間に済ませておきたい用事があるんです。ロジェくん、協力していただけませんか?」

「あん? まあ、別にいいけどよ……何すりゃいいんだ?」


 そしてご相伴をお願いし、今に至るということなのだ。


(で? 俺はどうすれば?)

(いったんそのままで)


 ロジェと目で意思疎通してから、わたくしはすうっと意識して大きく息を吸い、ミーニャ=ベルメールの方を向く。


 相変わらず愛らしい容姿の女学生だ。その表情が憎悪に染まってさえいなければ、彼女はとても魅力的な女性である。


 でも、そちらがあくまでわたくしにつきまとい、白黒決着をつけたいというのであれば……ええ、わたくしもその心意気に応じることにしましょう。


「断罪とは穏やかではありませんが、一体?」

「決まっているわ! 婚約者のいる身でありながら恐れ多くも皇子殿下をたぶらかし、その他にも男を侍らせてる! 不敬罪で姦淫罪よっ!!」


 困惑した以前と違い、思わず苦笑いがこぼれた。


 ミーニャが騒ぎ立てると、これまたいつかの再来のように、野次馬達がわたくし達を遠巻きに、好奇の目を投げかけてくる。


「婚約はもう、レオナールに破棄されていますが?」

「それ、口約束でしょ? デュジャルダン侯爵家から正式に断られたわけじゃないわ。だからまだ有効なのよ! それなのにあんたと来たら、手当たり次第顔のいい男を漁って……ふしだらだわ!」


 これはレオナール情報だろう。たぶん今の言葉は一部、いや下手をすると全部、レオナールに言われたことをそのまま繰り返しているだけと見た。いい加減ミーニャのことが鬱陶しくなったか、わたくしへの当てつけか……まあ、何でもいい。


 予想の範疇だったので、わたくしはすっと懐から封筒を取り出す。


「デュジャルダン侯爵閣下には先日、わたくしからこちらの書状をお送りしました。内容は、ご子息から婚約を破棄されたことをお伝えするものになります」


 ぽかん、とミーニャは口を開けて固まる。


 そう、今までは「格上の侯爵子息が男爵令嬢に婚約破棄をつきつけた」という話だった。

 ところがこれでは、「格下の男爵令嬢が、無謀にも侯爵閣下に婚約破棄のお願いをした」という話に変わる。


 レオナールは学園の生徒が見守る中、大声でわたくしに婚約破棄を宣言した。皇子殿下がそれを後押ししたため、やっぱ「今のはナシで」も無効になった。


 とは言え、この一月ほど、待てど暮らせど一向にわたくしの生活が変わる様子もなければ、便りの一つもない。


 あまりに何も変わらない日々。これはつまりどういうことか?


 そもそもわたくしとレオナールの結婚は、現侯爵家当主の鶴の一声で決まったことだ。わたくし達の婚約は、彼が最終的な決定権を持っていると言って過言でない。


 その侯爵閣下から今に至るまで何のアクションもないということは、そもそも話が伝わっていないか、耳に入ってはいるが聞かないふりをされているのか、という推測が立てられる。


 だからわたくしは腹をくくって、波風立てることにしたのだ。


 もはや、「侯爵家が破棄してくれるならラッキーだけど、格下のわたくしから申し出るのは角が立つよね」なんて生ぬるいことは言うまい。


 レオナールとは別れる。わたくしは新しい人生を歩みたい。

 たとえその選択が侯爵当主を失望させることになろうとも、構わない。


 ……いや、構うし、わたくしの性根は事なかれ主義者だ。

 だが、考えた。殿下に落胆されることと、侯爵閣下に落胆されること、一体どちらの方が嫌か? 迷うまでもなく前者だった。


 量で言えば、長い付き合いであるのは侯爵閣下の方だ。けれど質という観点では、殿下の方に分が上がる。

 だってここ最近ずーっと一緒だった。


 そして、認めよう。わたくしはこの短くも濃い一瞬の間に、すっかり殿下のことが好きになってしまったのだ。


 あ、その、もちろん敬愛という意味でですからね! それ以上特に深い感じではないですからね!


 ……とにかく、あの人は本当に素晴らしいお方だ。まっすぐで、思慮深くて、けれど行動力に溢れていて。そして何より、王国で価値がないと判を押された人間にも、価値を、そして居場所をくれる。どうして期待せずにいられよう?


 ――ひょっとしたら、わたくしの正体を知ってさえも、掌を返さないかも、と。


「――と、いうわけで。確かに今は非公式扱いですが、近々わたくしとレオナールの婚約破棄は決定事項となるでしょう。そもそもわたくしはご縁のあった方と親睦を深めさせていただいているだけです。誰にも恥ずかしいことも、罪と断じられるようなこともしていませんよ」

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