14.お忍びショッピング、出発!
「結局こうなるのか……」
「殿下はけして引かぬお方ですので……」
次の休日、ロジェ=ギルマンとわたくしは、学園に続く商店街でため息を吐いていた。
今日はお互い私服だ。
わたくしは紺色のシンプルなワンピースに、つばの広い帽子を被ってきた。普通にしているとにらんでいるように見えるという目を、少しでも隠すためだ。
ロジェはシャツにズボンと、シンプルな装備である。鞄は相変わらずボロボロなのだが、着ている服は小綺麗だった。
いつもの制服はつぎはぎだらけだったけど、あれはもしかして、誰かから貰ったお古を大事に使っているのかもしれない。ちょっと赤髪が目立つ、ごく一般的な普通の男子学生休日仕様、という出で立ちだ。
「ですが、ロジェくん。わたくしは眼鏡が必要なのですし、殿下はそれについて行くと言って引かなかったわけですけど、あなたは無理に同行しなくてもよかったのですよ? わたくし、一応買い物ぐらいはできますし――」
「アホか? あのどこをどう間違っても忍べないキラキラ皇子と、目力あるだけのぽわぽわなあんたを、二人きりで街に解き放てだと? 関わっちまった以上、俺が面倒見るしかねーだろうが!」
おお……なんと責任感に満ちあふれた言葉……!
そしてわたくしが頼りないことは、はい、なんかこう、申し訳ございません。
ちなみにロジェは、上にお姉さん、下に兄弟がいるご家庭なのだそうだ。
道理で面倒見がいいわけです。あと文句が絶えないのは、もしかすると照れ隠しだったりするのかもしれないなって、ちょっと思うようになってきました。
「シャンナ、ロジェ! 待たせちゃったかな?」
そして満を持して本日のゲスト登場です。
「殿下……!」
わたくしは思わず息をのんでしまった。
殿下はわたくし同様帽子装備で、流行のベストがよくお似合いだ。
派手すぎず地味すぎず、きちんと庶民の王道コーデを着てきている。
ただね、中身がね……かっこよさが段違いだから、どうしてもね……!
「……まあギリギリ及第点、か。庶民には見えないが、浮きまくって悪目立ちってこともなさそうだ」
吟味するように上から下まで視線を移動させたロジェが、そんな風に唸った。
「ロジェも来てくれてありがとう! きみも一緒に案内してくれるなんて、心強いな」
「お、俺は別に……あんたが変なことしないか、王国民として見張る義務が……」
殿下のまばゆいスマイル攻撃に、ロジェは早速たじたじとなっている。
微笑ましさに思わず笑みがこぼれると、ロジェににらまれてしまう。
「……ほら、さっさと済ませて帰ろうぜ」
「ぼくはのんびりしても構わないけどね」
並んで休日の買い物に出かける学生たち……まさか自分がこんな青春を体験する日が来るなんて、思ってもみなかった。
楽しくて、殿下の笑顔がまぶしくて。
……だけど、この時間はずっと続くわけではない。
(皇子殿下は高嶺のお方。わたくしとは本来、接点のない人。今は仲良くしてくださっても、必ず別れるときが来る)
だってわたくしは――。
「――つーか、せっかく一応はそれっぽい格好してるのに、あんたが殿下呼びだと台無しだろうが!」
「え」
「シャンナ、ハインツって呼んでもいいんだよ」
お忍び遊びですもの、確かに殿下と呼んではせっかくの準備の意味がない。
とは言え、いきなり愛称でお呼びするなどと……。
「……ハインリヒ、さま」
「うん」
「俺は呼び捨てするからな、ハインリヒ」
「ありがとう、ロジェ」
うわあ、お名前を呼ぶだけだけどドキドキする……。
ロジェがいてくれて良かった、と改めて苦学生の面倒見に感謝するわたくしなのだった。
さて、まずは本日の本命、眼鏡屋に足を踏み入れる。
わたくしが本当にほしい眼鏡は、この見えすぎてしまう精霊眼とやらを抑制するものだ。ただ、このオプションつきが簡単に見つかるとは思っていなかった。
「はあ、見えすぎる魔力を見えなくする……? 申し訳ございません、当店ではそのような品物の取り扱いはございません」
ですよね。ダメ元での問い合わせだったので、全然大丈夫です。店員さんにぺこりと頭を下げる。
たぶん侯爵家から送られてきたのは、こういった街頭のお店に並ぶ既製品ではなくて、屋敷に呼びつけるお抱えの職人に作らせたりするものなんだろうなあ。
「残念だったね、シャンナ。別のお店を探しに行く?」
「いえ、ここで買っていこうかなと」
「単純に目を隠す用の奴ってことか?」
「はい。このお店が一番大きいですし」
仮にこの後目当ての特殊眼鏡が奇跡的に見つかったとしても、オーダー式の特殊眼鏡だった場合、わたくしのご予算で足りない可能性が高い。
ロジェは眼鏡に用事も興味もなさそうだが、殿下は興味津々の様子でずらりと並ぶフレームを眺めている。
「シャンナにはどういう形が合うかなあ。丸めの方がいいの?」
「そうですね、四角に近いような形をしていると、やっぱりピリッとした印象になるようなので」
「だからって瓶底はやめろよ、本当に」
「わかりましたってば……」
わたくしはできるだけ地味で無難な丸形眼鏡を選ぼうとするのだが、殿下があれこれ試着するだけでもと持ってくるので随分時間がかかった。
まあわたくしのことはどうでもいいのだが、ついでに殿下もかけてみて「似合う?」なんて聞いてくる場面があり、「お似合いです!!」と食い気味に返してしまう。
いやあ、何をつけてもかっこよく着こなしてしまう方ですねえ……惚れ惚れする……。
ちなみにロジェは、彼的に大不評らしいまん丸黒フレームを殿下につけさせて、「やっぱりダセえ!」と爆笑していた。こらこら、お店の人の迷惑になることをしてはいけませんよ。
わたくしは結局当初の予定通り、シンプルな楕円ベージュのフレームを選ぶことにした。
「……どうですか? 多少はましになりました?」
「んー。そうだな、レンズが光を反射するし、多少目元が隠れそうだ」
「ぼくはシャンナの目、可愛い形をしていると思うけどね……」
気のせいだろうか、殿下はわたくしが眼鏡を装備したらちょっぴり残念そうだ。
しかしこの全方面から「目つき悪い」と不評な目元を可愛いなんて表現する御仁がいらっしゃるとは……。
「皇国はつり目の方がモテるんだっけ? 王国は垂れ目の童顔が美人の条件だからな。女だと特に」
「そうだね、全体的にきりっとした見た目の人が好まれると思うよ」
二人の会話を聞きながら店を出ると、ふわっと何か良い香りが風に乗ってきた。
近くで屋台が出ているようだ。
「シャンナ! 立ち食いができる!!」
「いや皇子サマはともかく、そっちは一応令嬢なんだけどいいのか……?」
「わたくし、毎日のお昼ご飯は惣菜パンと菓子パンですのよ、ロジェくん」
「今すぐ悔い改めろ」
なんだか怒られてしまった。
ロジェくん、食事ネタでは結構厳しい人なのかもしれない。
皆で一つずつ、あつあつの揚げパンを買って、食べながら歩く。
「こういうこと、一度はやってみたかったんだ」
ロジェはあっという間に食べきってしまったが、殿下は大事に一口ずつ味わっている。
わたくしも幸せな気持ちになりながら、あつあつがちょっと冷めるまでを待った。
……猫舌だから、仕方ない。
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