7.殿下が王国の食文化を満喫しているようです
殿下は色とりどりの品々にいたく感動されていた。
皇国では皿は大体無地だし、こんなに選択肢があるなんてはじめてだとのこと。
あれもこれもと選ぼうとして自分の腹具合と相談している様子は、大層微笑ましかった。
ちなみに殿下が食べられる量は一人前程度であるらしい。
結局何を選ばれたのだろう、と見てみたら、メインのハンバーガーにサラダの小皿、そして揚げ芋というラインナップだった。
ストレートな学生メニューだが、サラダがそっと添えられている辺りにキュンとする。こう、ちょっと悪ぶってみてもお上品さが隠しきれていない感じが、いい……。
「ぼく、これしか食べられないんだ……」
なんて恥ずかしそうにおっしゃっていたので、わたくしのトレーをお見せする。
惣菜パン一つ、菓子パン二つ。申し訳程度の野菜ジュース。
以上だ。
「シャンナ……あの、お腹痛いの……?」
「いつも通りです。あ、この菓子パンはおやつ用ですので、お昼はパン二つですね」
「えっ……大丈夫? 午後、倒れない?」
「食べ過ぎるとかえって眠たくなってしまいますし」
もしかしたら皇国では「人の上に立つ者、より多く食べねばならぬ」という風潮があるのかもしれない。
王国では量に特別なこだわりはない。
それよりテーブルマナーがしっかりしているか、食べ終えた後の食器は美しいかなどの方が採点対象だ。
……まあわたくしが王国人にしては貧相に過ぎる昼食を送っていることは事実なのだが、そこは気にしないでいただくとして。
ちなみにわたくしが小食の割にきちんと人並み程度の大きさに育ち、大きな怪我や病気もなかったことについて、「経済的な体だ」と両親は評した。
殿下に話したら、静かにツボに入ったようで、トレーを持つ手がぷるぷる震えていた。
悲しい顔をされるのは本意でなかったから、楽しい気持ちになっていただけたなら何よりだ。
ちなみに殿下のお食事メニューだが、その後そっとデザートのチーズケーキが追加された。
「チーズがお好きならいかがですか? ちょうど一つ余っているようですし」
と、お会計の係の人が教えてくれたのだ。
殿下は一際まぶしい笑みで、好物のデザートをお迎えしていた。ちょっと重ためかもしれないが、まあデザートは別腹というものなのだろう。
(でもこれ限定人気メニューだし、わたくしたちが食堂に来たときにはとっくに売り切れていたような……?)
と思って厨房の方をふと見ると、いつもは黙々と仕事をしている料理のプロ達がぐっとわたくしに親指を立ててきた。
(萌えた礼だ。受け取りな)
何か……声なき声を受け取った気がする……!
その後、初めて現金会計にちょっと苦戦する殿下を見て、さらに和んだ。
もうこれだけでお昼はいいんじゃないかな。いや駄目だ。空腹で倒れるわけにはいかないから、パンはちゃんと食べよう。
メニュー選びにかなり時間をかけたせいか、普段は争奪戦の激しい学生食堂のテーブルはまばらに空いていた。
窓際の席を確保すると、殿下は早速、メイン料理に手をつける。
「サンドイッチは食べたことがあるけど――他の国では学生が食べるものだと聞いたから」
とはにかむようにおっしゃりながら、ナイフとフォークであっという間に一口サイズに切り分けていく。とろりとしたチーズは希望通りたっぷり増量されていて、すっかりご満悦の表情だ。
ハンバーガーをこんなに優雅に食べる人、はじめて見た……。
ずっと眺めていたかったが、殿下のお食事の邪魔をしてはいけないし、ぼーっとしていて食べ終わった殿下をお待たせするようなことがあってもいけない。
わたくしも惣菜パンにかぶり――つこうとして、今日は申し訳程度に小さくちぎってから食べるようにする。
そういえば確か、皇国の食事は、作るのも食べるのも効率的な物が好まれるのだ。
素材の味そのままというか、焼くか煮るかして塩を振りましたみたいなメニューが王道なのだそうだ。
だからお肉類も、ステーキで出てくることが基本だ。挽肉を他の材料と混ぜて……という工程を踏むハンバーグは、そもそも目にかかる機会が少ないらしい。
一方我が国では、食に手間をかけることはむしろ好まれている。何かと保守主義でお堅いのだが、美食の追求という点においては、結構先鋭的でもあった。
伝統的でおもてなしが評判に関わったりする国だからこそ、歓待の一部である料理文化が花開いたのかもしれない。
「…………」
殿下がふと手を止めて、わたくしの方に顔を向けた。
そわそわと、何度か自分の手元とわたくしの食べ物で視線を往復させる。
ピンときたわたくしは、一度断ってから席を立ち、ナイフをもらってきて菓子パンの端を小さく切る。
「殿下、毒味は済ませておりますので」
「……!」
途端にぱあっと表情が明るくなる。
そうですよね、「自分の食べてるこれちょっとあげるから、それ少し味見させて」も庶民食の王道ですよね……。
なお、ご褒美にはチーズケーキの一口目をいただいてしまった。
良かったのかな、せっかくの好物なのに……と思ったけど、殿下は始終ニコニコしていらっしゃったので、まあいいか、と思った。
無事に二人とも完食した。
庶民文化をまだまだ堪能したいらしい殿下は、わたくしの申し出を断り、トレーの片付けまでご自分でなさるおつもりのようだ。
「殿下、そこにゴミ箱があるので、燃える物燃えない物を分別して捨ててください。それから、使った食器をゆすいでいただきます。生ゴミも流してください。お皿がある程度綺麗にできたら、そこの運搬装置に返却を……」
「シャンナ、食器が流れていくよ! 彼らはどこに行くんだい?」
「厨房の……皿洗いする所じゃないですかね……?」
「うわあ、話に聞いたことはあったけど、実物は初めて見たなあ……!」
殿下は本当に、なんでもないことにもいちいち喜んでくださる。
庶民と大差ない生き方をしてきた自分を、この日はじめて肯定的にとらえられるような気がした。
ほっとして次の授業に移動しようとした瞬間――背後でガシャンと嫌な音が鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます