291話 ファミレスと寝たふり

 思う存分海で遊んだ俺達は、海辺近くのファミレスへとやってきた。

 今日は午前中からずっと遊んでいたせいもあって、さすがに四人とも疲れてぐったりしている。

 このままでは帰るパワーもないということで、休憩がてらファミレスで軽く食事をしていくことにした。


「そういえば、前もみんなでファミレスに来たよな」

「ああ、プールのあとだっけ」

「そうそう、あの時はまさかあかりんとYUIちゃんに会えるなんて思わなかったよなぁ」

「あーうん、たしかに」


 孝之の言葉に、俺もうんうんと頷く。

 あれはちょうど、一年前の夏休み。

 みんなでプールへ行ったあとに、ファミレスでまさかのあかりんとYUIちゃんとご一緒した日のことを思い出す。

 あの頃はまだ、俺としーちゃんは彼氏彼女の関係ではなかったし、あかりんやYUIちゃんとは決して交わることのない雲の上の存在だと思っていた。


 でも今では、相変わらず雲の上であることに変わりはないのだが、同時に身近な友達だとも思っている自分がいる。

 だからそう考えると、この一年で本当に色々あったよなと実感できる。

 客観的に考えれば有り得ないことだろうし、どうやら感覚というのは麻痺していくものなのだろう。


「あ、今の話で思い出した。あかりんとゆいちゃんだけど、また遊びに来るんだって」

「「えぇ!?」」


 俺と孝之の会話を受けて、まるで他愛のない世間話をするようにビックリニュースを思い出すしーちゃん。

 慣れてきたと思っていた矢先に、俺も孝之も清水さんも同時に驚きの声をあげてしまう。

 特に孝之は、YUIちゃんというワードに分かりやすく食いついている。


「な、何しに?」

「え? 普通に遊びにだよ?」

「そ、そうだよね」


 清水さんの質問に、首を傾げながら答えるしーちゃん。

 やっぱりしーちゃんにとって、普通に友達が遊びにくるだけという感覚なのだろう。

 それはその通りだけど、その通りじゃないというか……。

 しーちゃん以外の三人は、いい加減こういうのに驚くのはやめようと頷き合う。


「でね! ゆいちゃんがまたみんなにも会いたいって言ってたよ!」

「「えぇ!?」」


 やめようとした矢先に、またしても同時に驚く俺達を見て、しーちゃんはおかしそうに吹き出す。


「みんな反応が面白いね! だからね、来週の水曜日は空いてるかな?」

「あー、俺はその日部活は休みだから、空いてはいる、かな?」

「わ、わたしも……」

「俺も大丈夫」

「よしっ! じゃあ水曜日は空けておいてねっ!」


 奇跡的に、その日はみんな予定なし。

 こうして俺達は、今度の水曜日に特大イベントを迎えることになったのであった。


 ◇


「ん~! 今日も沢山遊んだねぇ~!」

「そうだね」


 帰りの電車の中。

 気持ちよさそうに伸びをするしーちゃん。


 孝之と清水さんは向かいの席に座っていて、清水さんは孝之の肩へ頭を預けながらスヤスヤと眠っている。

 そんな清水さんを可愛がっていた孝之だが、気付けば孝之もウトウトと舟を漕いでいる。


「二人とも、おねむだね」

「あはは、まぁずっと遊んでたからね」

「そうだねぇ……あ、待って、やばいかも」

「え? やばい?」

「うん、こ、これはちょっと、わたしも……うぐぅ」


 突然挙動不審になったしーちゃんは、謎のうめき声とともに俺の肩へ頭を預けてくる。

 どうやらしーちゃんは、清水さんに触発されて自分も同じことをしたくなったのだろう。

 そんな、素直だけれど不器用なしーちゃんに、俺は思わず吹き出してしまう。


「スー、スー、今笑った?」

「あれ? 寝てるんじゃないの?」

「そうだった。スー、スー」


 うん、無理がありますね。

 そんな、謎の寝たフリをするしーちゃんの寝言と会話を楽しみながら、地元の駅に着くまで電車に揺られるのであった。

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