158話「卒業式と来訪」

 三月――。


 期末テストを終えると、すぐに卒業式がやってきた。

 部活に所属していないため特に上級生と関わりを持つ事は出来なかったのだが、それでも孝之と同じバスケ部の先輩方とはあの日をキッカケに廊下ですれ違えば挨拶をするぐらいの仲にはなっているし、そんな先輩方が今日で卒業しちゃうんだなと思うとやっぱり寂しい気持ちになる。


 夏の最後の大会、確かに孝之の活躍があったから勝利できたと言っても過言ではないだろうが、それでもバスケ部の先輩方一人一人の努力あってのものだったのは間違いないだろう。

 だからこそ孝之も、この高校に来て良かったと笑いながら言っていたのだ。



 ――先輩方、ご卒業おめでとうございます


 俺はそんなバスケ部の先輩方、それから今日卒業されていく先輩達にそう心の中で言葉を送りながら、卒業式に参加した。

 涙を流す先輩方の後ろ姿を前に、自分が卒業する時も同じ気持ちでいられるように頑張ろうと思いながら――。




 ◇



 そして卒業式が終わり、三年生が卒業していく。

 残された俺達は来月から二年生となり、そして一つ下には高校で初めての後輩ができる。


 そんな、この高校生活において一番の変化がいよいよ訪れるという実感と共に、いつもより少し教室内の雰囲気は浮足立っていた。

 もうこのクラスでいられるのも少しなんだなという実感が、みんなの心の中にも湧いているのだろう。


 このクラスになって最初にみんなが思った事は、やはり国民的アイドルであるしおりんがまさかの同じクラスにいるということだろう。この事態には俺も驚いた。

 いつもテレビで見ていた美少女が同じクラスにいる時点で、驚くなと言う方が無理な話だ。

 でもそんなしーちゃんも、今では同じクラスメイトの一人としてみんなも受け入れてくれている事が俺は嬉しかった。

 何目線だよって話だけど、それでも嬉しいものは嬉しいのだから仕方が無い。


 だから俺は、出来るならずっとこのクラスのままで居られたらいいのにと思ってしまう。


 そんな事を一人考えていると、隣の席の錦田さんがこっそりと様子を伺うように横目でこちらに視線を向けてきていた。

 それに気が付いた俺は、何事だろうとそんな錦田さんを見返してみたのだが、慌てて向けられていた視線をすっと逸らされてしまった。

 今のリアクションからして、どうやら錦田さん的にはこっそりと俺の事を見て来ていたのだろう。

 だからこそ、バレて恥ずかしがっているようにしか見えなかった。


 理由は分からないけれど、何か俺に言い辛いような用事でもあったのかなと思った俺は、自分から声をかけてみる事にした。



「えっと、錦田さん?どうかした?」

「え?な、何でもない」


 すると、俺に話しかけられるとは思っていなかったのか、明らかに俺の事を見ていたにも関わらず何でもないと誤魔す錦田さん。

 まぁ本人が何でもないと言うなら俺はそれ以上言及する事は無いのだが、結局何だったのか少し気になるところだった。


 錦田さんを見ると耳が真っ赤に染まっており、やっぱり何か言いたい事があったのだろうと思いながら――。




 ◇



 そして、帰り道。


 今日は部活も休みという事で、ちょっと久しぶりに孝之と清水さんを交えた四人で一緒に帰る事となった。

 せっかくだからという事で、今日はこのあとみんなで駅前のハンバーガーショップへ寄って行く事になっている。

 ハンバーガーショップと言えば、そこでもしーちゃんが初めてのハンバーガーを食べた時は面白かったよねと笑いながら思い出話をしつつ校門へ向かっていると、何故か校門前には結構な人集りが出来ていた。


 きっと卒業生が在校生と思い出作りでもしてるのだろうと思っていたのだが、近づくにつれてそうではなく何やら様子がおかしい事に気が付く。


 俺だけでなく四人とも何事だろうと思いながらも校門へ近付くと、そんな俺達に気が付いた一人の男が片手を挙げながらこっちに向かってブンブンとその手を振ってきた。


 何事かと思いながらその男の顔をよく見ると、それは本来この場にいるはずがない一応知っている男の顔だった。



「――え、白崎?」

「あー、ちゃんと覚えててくれたかい。久しぶりだね一条くん」


 そこにはなんと、俳優の白崎剣の姿があった。


 なんでうちの高校に?と戸惑いつつも、俺は無視するわけにもいかず小さく手を振り返す。

 すると、その様子に集まっていた人達全員の視線がこちらへと向いた。


『何?知り合い?』

『三枝さんと付き合ってるし、実は有名人だったとか!?』


 なんて声が聞こえてくるが、残念ながら俺は至って普通の高校生だ。

 だから俺自身、何故この有名人がこんなところに現れたのか不思議でしょうがないのだが、多分用事があるのは俺ではなくしーちゃんの方だろう。


 しかし、近づいて来た白崎は嬉しそうに微笑みながら俺の手を両手で取ると、「久しぶりだね一条くん!」と話しかけてきたのであった。


 久々に見る白崎はやはり超が付く程のイケメンぶりで、そのあまりのイケメンに視界が眩しくなりつつも「久しぶり」と返事をすると、満足そうに頷いた白崎は他の三人にも久しぶりと挨拶をした。


 そのいきなりの白崎の登場に、俺だけでなく孝之と清水さん、それからしーちゃんまでも少し引きつった笑みを浮かべながら返事をする。



「あっれー?久しぶりなのにみんな嬉しそうじゃないなぁ」

「そりゃそうだよ、いきなりどーしたの?」


 お道化る白崎に、しーちゃんが代表してくれてみんなの言いたかった事を伝えてくれた。



「冷たいなぁ紫音ちゃん。ちょっと近くで仕事あったから顔出してみただけだよ」

「ふーん――とりあえず、紫音ちゃん呼びはやめて?今後は三枝さんって呼んでね

「え?なんでさ?」

「変な誤解されたくないので。それからたっくんから早く手を離して貰ってもいいかな?」


 白崎スマイルを前にしても全く興味無い様子のしーちゃんは、ぷいっと横を向いて白崎を寄せ付けなかった。

 オマケに、白崎が俺の手を握っている事も不満なのか、早く手を離すように言ったのはちょっと意外だった。


 もしかしたらしーちゃんは、あの日の遊園地で俺に変な誤解を与えた白崎の事を毛嫌いして遠ざけているのかもしれない。

 そんなしーちゃんを前に、ヤレヤレといった感じで微笑んだ白崎は、言われた通り俺の手を離した。



「あれー、嫌われちゃったかなぁ。でもそっか、二人は付き合いだしたんだよね?おめでとう――っと、ちょっとここだとギャラリーも多いから、良かったらどこか行かない?」

「剣――白崎くんといるとろくな事にならないもん。そのせいであの時だって――ごほんっ、悪いんだけどわたし達これから行く所あるから」

「えー、せっかくここまで来たのに混ぜてくれないの?」

「 駄 目 で す 」


 この人気若手俳優のイケメンを前に、ここまでキッパリと拒絶するしーちゃんもまた大物だった。


 そんな超が付くほどの有名人二人が会話しているだけで、『二人知り合いだったの!?』『仲良さそうだし、二人ってもしかして……』と周囲が本格的にざわつきだしてしまったため、流石にそれはしーちゃんも望まない状況のため仕方なく白崎も交えてここから足早に移動する事となった。


 そして、結局最後まで俺達の輪から外れるつもりの無い白崎も交えて、そのまま一緒にハンバーガーショップへ行く事になってしまったのであった。


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